思い出の中で
十日後、ルシルはレオと一緒に母親のいる病院に来ていた。
「母様…!」
レオの計らいで日当たりのいい病室にしてもらったようで、窓辺で気持ちよく日光浴をしている母がいた。
「ルーシーは母親似だよね」
「そう?」
「髪色も顔立ちもよく似てる。後姿じゃ間違えそうだ」
レオの言葉に微笑みながら答えた。大好きな母に似ているというのは嬉しい。
「まあ、ルシル。貴方本当に来たのね。王宮勤めの者があまり出入りしていい場所ではないでしょう」
「いきなりお小言!?心配だったからに決まってるでしょ」
久しぶりの母は変わりなく、本当に生死を彷徨っていたのか疑問である。
「嘘よ、会いたかったわ。少し痩せたんじゃないの?」
「も~!」
横で所在なさげにこちらを見ていたレオを見て、母親が笑った。
「ご挨拶以来でしょうか。お久しぶりです、殿下。けれど一緒に来られるのは感心しませんよ。周りに止められたでしょうに」
「お久しぶりです、夫人。確かにそうですが、貴方はル…婚約者の母君なので私の義母も当然です」
「仲が良い事」
ちらりとルシルを見て言われたので、ふふっと笑っておく。
「けど本当に心配したのよ?一時期命が危なかったって聞いて」
「ええ、ずっと寝てたみたい。けどね、ふふっちょっといい夢見てたのよね。貴方の父親に会ったのよ」
「は!?ちょっと、縁起でもない事いわないでよ」
ルシルの父親は幼い頃に亡くなっている。それなのに生死の境に会ったなんて、いつ死んでもおかしくなかったのではないだろうか。
「あの頃のままのあの人、格好良かったわ~」
「ちょっと聞いてる?」
忘れてたが母はいつもマイペースだった。それは死にかけても変わりはなさそうだ。
「父様はそんなに格好良かったの?」
「ルーシーは覚えてないわよね。駆け落ちまがいの事したちゃったから、あの人が死んだ後は子爵家でも肖像画みたいなものは全て処分されたのよね。後々王家の機嫌を損ねたくないって」
「第七王子については記録はありますが、王家でも絵画は残ってないですね」
私生児だったからねと母がレオに向けて笑って言った。
母が積極的に父について話すのを初めて聞いた気がする。
久しぶりに夢に出たから嬉しかったのかしら
けれどルシルが聞けば答えてくれていたような気もする。結局自分が知ろうとしなかっただけだ。
「でも酷いのよ、やっと会えたと思ったのに帰れなんていうの。挙句の果てには突き飛ばされて、文句を言おうとしたら目が覚めたのよね。は~一発殴っておけばよかったわ、勝手に死んだのそっちでしょって」
「父様はきっと母様の為に止めてくれたのよ」
顔も覚えていない父様に感謝するわ…母様うっかりついて行ってしまいそうだもの
「あら、きっとルーシーの為よ。貴方を置いてまだ来るなって事でしょう。あの人娘を溺愛してたもの、僕の天使って毎日うるさかったんだから」
「…え?」
何となく聞いたことあるような台詞に気をとられて、動きをとめた。
「でも病気になってからは一切近寄らせなくて、毎日私に謝っていたわ。病気はあの人のせいじゃないのにね」
「うつる病気だったの?」
「いいえ、多分苦しむ自分の姿を幼い娘に見せたくなかったのが半分、もう半分はきっと自分を見て泣かれたりするのを見るのが怖かったんでしょうね。結構臆病な人だったから」
父は笑う自分の姿だけを残して、ルシルにトラウマを残したくなかったんだろうか。幼くても人が苦しんだり死ぬ場面は必ず心に残るだろう。
結局何も記憶に残ってないんだけどね
ただ、何となく心に引っかかるものがあった。それは何なのだろう?
「…父様は今の私となら会いたいと言ってくれると思う?」
「うーん、どうかしら。言ったでしょ、臆病な人だって。自分が死ねば妻子は苦労するのわかってただろうから、もし貴方から恨んだり嫌われたりされてたらと思うと、言わないんじゃないかしら」
本当にダメな人よねと言う母の顔は、それでもどこか愛しい誰かを思ってるように微笑んでいた。
「母様は本当に、今でも父様を好きなのね」
「そうね、だから貴方も本当に好きな人と結婚して欲しいと思っていたのだけど…心配ないかしら」
二人を見て意味深に笑う母に、ルシルは笑みを硬直させ、レオは少し赤くなった。
「最近同じような事を言われたの、そして世界で一番、私の幸せを願っているって」
そして私はその人が好きだった
その言葉にいち早く反応したのはレオだった。かぶりつく勢いでルシルに向き合った。
「はっ!?誰がそんな事言ったの!?ルーシーの幸せを一番願っているのは僕に決まってるでしょ」
これだけは譲れないと言わんばかりに必死に食い下がるので、ルシルは頷きながらレオを落ち着けた。
「ほら、よく図書室で会ってた変な人がいるって言ったでしょう?レオも…図書室に呼びに来てくれた時会ったと思うのだけど?」
レオは怪訝な顔をしながら、しばらく考えて口を開いた。
「図書室の話は確かに記憶に残っているけど、僕はその人を見たことはないよ」
「え?そんなはずない…?レオが母の容態を知らせに来てくれた時に一緒に居た人見たでしょう?」
納得できないルシルを余所に、レオは首を振った。
「僕がルーシーを旧館に呼びに行ったとき、君だけだったよ?何故か独り言のように話してるから、ちょっと不思議に思ったけど」
「え…?」
あの時確かにルイといたはずなのに、レオは見ていない…?どういう事?
食い違う二人の話を聞きながら、母が口を挟んだ。
「よくわからないけど、うちの娘は別の男を手玉に取ってたのかしら?やるじゃない」
「ち、違う!」
婚約者の前で母親がいう事かと突っ込みたかった。
「旧館てあの庭園を抜けた西側の建物でしょう?懐かしいわね」
「母様知っているの?」
「シリウス…ああ父親ね、彼が住んでいた場所だから。本が好きでいつも会うのは図書室だったのはどうかと思うけど」
ルシルの疑問が何故だか核心に迫っていくような気がして、胸の動悸が早くなる。けれど、本当にそんな事があるのだろうか?
旧館で会った王族関係者で、何故か他の人間には見えなくて、ルシルの事を知ってる人。
“僕の天使”
そしてルシルを誰よりも愛おしいと言ってくれた人。
そんな人、きっと他にいない。
「ねえ、母様。私の父親の名前はシリウスよね?ルイって名前に聞き覚えはある…?」
「ルイ…?知り合いには思いつく人は、いないけど…」
レオは何を聞くのかとルシルの動向を見守る。そして母親があっと言って口を開いた。
「父親は第七王子だったでしょう?そして王族は親族からミドルネームを頂くって知っているかしら。彼の王族名はね、シリウス・ルイーズ・ヴィンセントと言うの」
ルイと呼べなくもないわねと笑った母の顔を見ながら、ルシルも力なく笑った。
そして色んな感情が混じった涙が零れた。