告白
ルシルはひとしきり無事を確かめ合うと、ある事を思い出して旧館に行かないといけないなと思った。
ルイにちゃんと言わないと
そんな事を考えていると、レオが話しかけているのに気付かなかった。
「ルーシー?」
「え!?はいっ」
「だから、ルーシーはどうやって旧館を抜け出したの?あいつら出口に数人見張りをつけてたし、一応護衛を図書室に向かわせたんだけどいなかったよね?」
そういえば…。
ルシルはあの図書室で外に抜ける扉を教えてもらった事を説明した。それを聞くと、レオは怪訝な顔をしてしばらく何か考えて顔をあげた。
「旧館が元々王族が住んでいた場所なのは知ってる?」
「存じてます」
「ここもそうだけど、王宮には緊急時に備えて、隠し通路と呼ばれるものがあるんだ。多分ルシルが通ったのはそのひとつだと思う」
なるほど、だから誰にも会わずに外に出られたのね
「けど不思議なんだ、隠し通路は王族とそれに近しいごく一部の者しか知らない。僕くらい若いと旧館の隠し通路なんて教えられてもいないよ。住んでた事はないからね」
つまりルイは王族関係者なのだろうか?
「私もその人の事についてはよく知らないのです。同じくらいの年代だとしか」
「それだともっと不思議だな。あそこは陛下が子供頃に住んでた場所だから」
陛下ってレオの父親だよね?
今度はレオも会いたいと言っていたが、何故だかルイとは会えない気がした。それはルイがいつもルシルだけをあの場所で待っていてくれるような、そんな気持ちにさせてくれていたから。
数日後、母親の入院を知らせる連絡を受けたが、同時に良くない報告も聞いた。
「運ばれた時にはすでにかなり悪化していたみたいだ。ここまでの道のりを考えるとかなり無茶したんじゃないかな」
「母様…、会いに行くことは可能でしょうか?」
青ざめるルシルに、レオは必死で慰めの言葉をかけた。
「ここには神官もいるから大丈夫だよ。けれど重度の患者には会いに行くことは出来ないんだ。感染率も高いし、せめて一般病棟に移されるまでは…。理解して欲しい」
「けれど…」
待てば良くなるならいくらでも待てるが、もしこれが最後になってしまったら?
死亡率は低くもない、ここでじっとしていて後悔しないだろうか。
「ルーシーは確かに子爵家に籍があるけど、今は王宮預かりになっている。ここには王族がいるから、特に王宮住みの者には感染者の交流が禁止されているんだ。少しでもよくなったら必ず会わせると約束するから」
そうだ、ここにはレオがいる。私が感染すれば彼に迷惑がかかる
「わかりました」
母親はルシルにとって唯一の家族だった。
自分を手放せば、まだ若い母親は再婚する事も可能だったが決してしなかった。それどころかとても愛情を与えて育ててくれたと思う。
レオとの婚約を最後まで反対したのも母だけだったな
娘に幸せな結婚をして欲しいと多くの母親が願っている。けれどそれが難しい事も貴族なら誰もが知っている。
それでも私は幸せな方だ
少なくても今心穏やかに暮らせるのは、婚約者であるレオのおかげだから。暴漢事件など色々あったが、それは決してレオのせいではない。
私は母様にレオを紹介したいの…だから早く元気になって
しかし、その願いも虚しくルシルに知らされたのは悲報だった。
「お母上の意識が混濁しているらしい…」
「危険なのですか?それでも私は母様に会いに行ってはいけないのでしょうか?」
レオは悲しげな様子で少し顔を伏せて何も言わなかった。
「王宮を出たら、感染してないとわかるまでしばらく戻っては来ません。それでも駄目でしょうか?」
「ルーシーの気持ちはわかるよ。けれど、僕にとって君の方が大切なんだ。遺伝的に君も感染すれば重症化する可能性もある。出来ればここに居て欲しい」
どうすればいいのだろう?
気持ちだけならすぐにでも母の元に行きたい。けれどまた、捨てられないものもここにある。
ルシルはじっとしていることは出来ずに、ふらふらと庭園を抜けていつの間にか旧館の前に来ていた。
そして身体が覚えている図書室までの道のりを歩いていく。
今日はいるかしら
扉を開けるとそこにはいつも通りルイがいた。けれどいつもと違う光景が広がっていた。
「え…?」
そこにはルイと、見知らぬ若い女性がいた。顔はよく見えないが、長い髪色は自分に似てる気がした。
“ルーシーも僕の妻に少し似てる。少しだけね”
もしかして彼の妻だろうか。そう思うと無意識に扉の陰に身を隠してしまった。何故だが顔を合わせるのが気まずいと思ってしまう。
うう、タイミング悪…
しかしよく見ると、二人は何か言い争っているようにも見えた。
ここからじゃ話の内容はよく聞こえないが、女性がルイに縋りつく様に抱き着いた。それを苦しそうに見つめたルイが、ほんの一瞬抱きしめたと思ったら、次の瞬間女性を突き飛ばした。
え!?
流石に女性に対してそれはないだろうと、思わずルイの側に駆け寄って女性に手を貸そうとした。
「あれ?」
けれど女性の姿はどこにも見当たらなかった。どこかに出て行った形跡もないのに、まるで人が消えてしまったようだ。
「…ルーシー?」
ルシルの姿に気づいたルイがこちらを気怠そうに見つめた。いつもの笑顔ではなく、どこか疲れた表情をしていた。
「今、女性がいなかった?」
「さあ、どうかな?」
「嘘!確かに見たもの」
どうして隠すのだろう、私に会わせたくなかった?なぜ?
「それよりルーシーはどうしてここへ?」
「特に目的はないけど、ただじっとしていられなくて。前に疫病が流行っているって話したでしょう?母が罹ってしまったの」
ルイはゆっくりと窓に視線を送った後に、ルシルの方をみて笑った。
「大丈夫だよ。ルーシーの考えているような最悪な事にはならない」
「どうしてそんな事言えるの?」
「僕が居るから」
話が繋がっていないように感じるが、その言葉に一瞬ドキリとしてしまった。その美貌で勘違いするような事を言わないで欲しい。
「貴方の奥さんは本当に気が気じゃなかったでしょうね」
「どうしてそこに妻が出てくるんだ?」
本当に意味がわからないという顔で言うので、彼は天性のたらしかもしれない。じっと見つめると、ルイは首を傾げながらルーシーに微笑んだ。
「…さっきいた女性は貴方の奥さんじゃないの?」
また話が戻るのかと、ルイはため息をついて答えた。
「どうしてそんなに気になるのさ」
ルシルは一度目線を逸らして、かなり間をあけてもう一度ルイを見た。
「多分、貴方に惹かれているから」