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降り積もるもの

ルシルは暗闇の中で肩を揺すられて、自身が目を閉じていた事に気付いた。

もしかしたら一瞬寝ていたのかもしれない。


「ルーシー」

「…レオ?」


よく見えない視界で、いつも自分の名を呼んでくれる人物を口に出したが、それが違う事はすぐにわかった。扉を開けた為、月明かりに少しずつ目が慣れていく。


「怪我はない?ルーシー」


いつもより笑みが薄いルイが、急いでルシルを縛っている縄を解いた。


どうしてここに…?


「はやく逃げて。今ならここには誰も居ない」


それを聞いて、ルシルは置かれている状況を思い出した。


「あっ!?そう、レオは?どこかに連れていかれて…!」

「うん。でも殿下なら殺されたりはしないから安心して。ルーシーは逃げるんだ」


ひたすら逃げろというルイに掴みかかってルシルは呻いた。


「レオを置いて行けない!レオを助けなきゃ」

「僕らだけじゃ無理だ。わかるだろう?」

「でもっ…!」

「ルシル」


やや興奮気味のルシルを抑え込むように、ルイが叱るような低い声で名を呼んだ。その声に怯み、思わず声を失くして見つめた。


「あの子が助けてくれた好機を無為にしていけない。助けたければ考えなさい、無謀に挑むことが最善なのか、引くことが次善なのか。僕とルーシーではどう足掻いても助けられないのはわかるね?」


ルシルは無意識にルイの言葉に頷く。


「救援を呼んでくるんだ。あいつらは殿下を殺さない、ただ拘束できる時間が限られているのはわかっているだろうから、出来るだけ早く王宮に戻るんだ」


冷静に考えればわかる事だった。武器を持った数人相手に自分達だけでは無力だ。


「貴方はどうするの?」

「僕はここにいるよ。最悪囮になるくらいは出来る。ああ、そうだ。出口ではなく、そちらの扉のドアノブに付いている赤い飾りを二回押して。安全に外に出られる」


ルシルはわかったと言って、扉に向かおうとしたがふと、後ろにいるルイに振り返った。


「あの、さっきは止めてくれてありがとう、貴方も気を付けて」


ルイの表情を見ることなく前を向いて急いで走ったが、何故だか彼が笑っているような気がした。言われた通りに赤い飾りを二回押すと、扉の向こうで大きな音がした。


な、なに!?ちょっと、見つからないでしょうね


周りを見渡しながら扉を開けると、そこには長い通路が続いていた。


え?ここって造り的に倉庫みたいな場所じゃないの?


驚きながらも迷っている時間はないので、そのまま通路の中に入った。普段だったら絶対入らないが、何故だかルイは信じられると思ったからだ。


通路は天然の洞窟みたいで岩がむき出しになっているが、わかりやすい一本道だった。暗い通路を抜けると、ふっと風の匂いがした。


わっ本当に外だ


草木をかき分けてちょうど後ろにある旧館を見上げると、いきなり人影に首を掴まれた。


「誰だ!」

「きゃっ」


暴漢に見つかったのかと思ったが、その人物は見慣れた護衛の制服を着ていた。慌てて自分の身分とレオが大変な事になっていると説明すると、護衛は抑えていた手を放した。


「婚約者の方だとはわからず、とんだご無礼を。殿下は大丈夫ですよ。一定時間、中に入った者から連絡が途絶えたら、応援を呼んで入る手筈になっていますから。すでに中は制圧しているでしょう」


そういえば、何となく旧館の中が騒がしい様な気もする。最初に護衛を二人外に残していたのを思い出して、ルシルはほっとした。よく見ると外にも沢山の松明が旧館を囲んでいた。


護衛に連れられ、ルシルは王宮の自室に戻った。

入浴して食事を勧められたがそれは断り、ルシルはそわそわしながら連絡を待った。しばらくしてレオから無事の連絡と、訪問を尋ねる使者が来たので了承する。




扉が開いた瞬間、ルシルはレオに走り寄った。


「レオ」

「うわあ!」


レオと同じ目線になるように屈んで、手を当てて怪我がないか確認する。所々擦り傷があるが、これは暴漢を捕まえる時に出来たのだろうか。


「ル…シー、ちょっ落ち着いて」


はたとレオの言葉に我に返ると、間近に顔を赤くしたレオがいた。


「あっ…ごめんなさい。とても心配してたので」

「ううん、僕こそ怖い思いをさせてごめんね」


なんとか宥めて二人でいつものように椅子に座ると、レオがゆっくりと口を開いた。


「賊は全員捕らえたから安心して。ちゃんと依頼主まで罪を償わせるから。多分、第二王子を王位につけたい過激派の者だろうけど…ルーシーを狙っても仕方ないのにね」

「そう、ですね。レオともう会えないかと思いました。私は本当に名ばかりの婚約者ですから…」


あの図書室で対峙したレオの様子を思い出す。自分をいらないと言ったレオの言葉は真実だろうと思った。ルシルがいなくなってもレオは王位を継ぐ必要はないし、代わりの婚約者もすぐに見つかるだろう。彼が破棄すればすぐにでも途切れる様な、脆い関係であった。


「そんなわけないだろう!僕は…え?ルーシー」


気付いたら泣いていた。目の奥から溢れるものが止まらない。


「ご、ごめん!怖かったよね?」


違う。怖かったよりも、レオにいらないと言われた事の方がショックだったのだ。

この気持ちを何というのだろう?


これは恋ではない、けれど確かに降り積もっていくもの。

他愛無い会話を共にするのが楽しかった、いつも精一杯守ろうとしてくれるのも嬉しかった、そして自分の名を笑顔で呼んでくれると温かくなった。


それは愛に似た形をしてる気がした。友愛のような、家族愛のような、レオと過ごした日々は確かにルシルにとって大切なものになっていた。別離がとても物悲しく感じる程に。


恋ではない、まだ。


「違うんです。レオが私を必要としていないと言っていた、あの言葉が本気だったら少し寂しいなと」

「え!?違うからね!ルーシーが僕にとって大切な人間だとわかったら、君の安全が保障されなくなるからバレるわけにはいかなかったんだ。酷い事を言って本当にごめん…、けどルーシーを守るためにはこれからも同じ事をするかもしれない。せめて兄上が王太子になるまでは」


レオが庇おうとしてくれたのは頭では十分わかっていた。けれど心が追い付かなかった。ルシルは嫌われる事には強いが、愛される事にはとても弱かった。


オロオロしているレオの手の甲をよく見ると深い傷跡があった。一言で終わらせたが暴漢たちを捕まえるのは大変だったのかもしれない。けれどレオは自分には言わないだろうと思った。彼は出来るだけ弱音は見せない。しかし決して怖くなかったわけじゃないだろう、恐怖を感じない人間などいるわけない、どんなに大人びていてもまだ十歳の少年なのだから。


ルシルはその手を取って、労わるように撫でた。


「レオが私を守ってくれるように、私もあなたを守りたいです。それはレオが婚約者でも年下だからでもありません、レオの事が大事だからです」


それを聞いたレオが一瞬呆気にとられたが、嬉しいのか恥ずかしいのかよくわからない赤い顔で混乱していた。今の自分の正直な気持ちだが、伝わったらいいなとルシルは笑った。

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