第四話 奇襲
第一機動任務群と第二護衛隊群が四国沖で合同演習を行っていた頃。
「しなの」の母港呉基地には護衛艦「かが」を始め一〇隻ほどの護衛艦と八隻の潜水艦が停泊していた。停泊している護衛艦は、一〇隻中「かが」を含めた六隻が第四護衛隊群の護衛艦であり、残りは地方隊所属か他の基地所属の護衛隊の護衛艦だった。
昼休み休憩も終わり、午後の課業が始まっていた頃。各艦のデッキにいた乗員達は虫の羽音の様な飛翔音が大量に空に響き渡るのを聞いた。
何の音だと、乗員達が自然に空に目を向けた時、空一杯に大量の小型機が護衛艦目掛けて飛んできていた。
「な、なんだ⁉」
大量の小型機、いやラジコン機かUAV程度のサイズの小型の無人機の群れはその数に驚く海上自衛官達の目の前を通り過ぎると、停泊中の護衛艦、潜水艦に突っ込んで行った。
爆発音が呉の基地内に響き渡り、最初に直撃を受けた護衛艦「さざなみ」と「さみだれ」の艦橋上部から黒煙が上がった。それを攻撃の狼煙とするかのように、無人機の大群が次々に護衛艦や潜水艦、掃海艇や補給艦と言った補助艦艇にも襲い掛かり、激突と同時に機体に括りつけられていた爆薬に起爆した。
「て、敵襲!」
次々に停泊中の艦艇へ自爆攻撃を行う無人機の群れを見た「かが」の先任伍長が叫ぶ。「かが」のウィングから自爆攻撃の様を見ていた彼は艦橋内に飛び込むと、マイクを掴み、戦闘配置の非常ベルを鳴らしてマイクに「緊急事態発生! 現在呉基地は敵の攻撃を受けている!」と叫んだ。
敵の攻撃を受けていると叫んだ時、先任伍長は「だが敵とはいったい誰だ?」と言う疑念にかられた。中国か、北朝鮮か、それとも反日、反自衛隊テロ組織か? 考えている間にまだウィングにいた航海科の乗員が「かが」に接近する無人機の群れを知らせる。
「左二〇度、自爆ドローン約一〇機、本艦に突っ込んで来る!」
「先任伍長、CICに連絡してCIWSで撃墜させますか⁉」
「馬鹿! 港内でCIWSなんぞ撃ってみろ、外れた弾が民間地に墜ちて被害が発生するぞ!」
「し、しかし……」
このまま黙ってやられてしまうのですか、と問う若い乗員に先任伍長は、「かが」の広い飛行甲板に突っ込んでいく無人機の群れを見つめながら返した。
「民間地に被害が出なければ我々の勝ちだ。ウィングにいる奴、頭下げろ! 破片で頭を吹っ飛ばされるぞ」
直後、「かが」の艦体が震える程の爆発が飛行甲板で次々に炸裂した。直撃した自爆無人機は爆発でいとも容易く「かが」の飛行甲板をぶち破り、格納庫に爆風と破片を吹き込ませた。幸い、艦載ヘリも艦載するF-35も無い空っぽの格納庫に人気も無く、飛行甲板と格納庫の備品や装具が破壊されたものの、「かが」の乗員に死傷者が出る事は無かった。
「くそったれ! どこのヴァカの仕業かは知らねーが、飛行甲板がめちゃめちゃだ!」
ウィングにいた海士が「かが」の飛行甲板に開けられた破孔を見て、手摺に拳を叩き付ける。直径五メートルはあろう破孔が一〇個も「かが」の飛行甲板に開いていた。
「艦長と隊司令に至急被害報告を行う。各部被害報告!」
艦橋で被害の把握に努める先任伍長の元に、CICから艦内電話がかかって来た。
「こちら艦橋、CPOです」
(CICだ、先任伍長、一体全体何が起きたんだ⁉)
砲雷長だった。確かCICで砲雷科の部下相手に用事があって詰めていた筈だ。突然の大混乱に慌てて艦橋にいる自分に連絡を入れて来たのだろう。艦長も副長も今は上陸中の「かが」の艦内で最も階級が高い士官は砲雷長しかいない。
「無人の自爆ドローンによる自爆攻撃と思われます。砲雷長、艦長と副長が戻られるまで、貴方が本艦の先任士官です」
(お、俺か? わ、分かった。先任伍長、今艦にいる人手を全て使って艦の被害の確認と死傷者の把握に務めろ。居住区で寝てる奴はたたき起こせ)
「了解です、今やっています」
気が付くと無人機の飛行音はぱたりと止み、爆発音も収まっていた。その代わりに各艦の非常警報の大コーラスが基地全体に響き割る様に鳴り響いていた。無人機の自爆攻撃で損傷した護衛艦や潜水艦がその傷の痛みに上げる悲鳴のようにも聞こえる。それに交じって各艦から損害と負傷者の確認にあたる乗員達の怒号が飛び交い、一瞬にして呉基地は大混乱に陥っていた。
「機関室より報告、機関に異常なし!」
「格納庫より報告! 牽引車が被弾、爆発して火災発生。現在、三分隊から応急隊が派遣されて消火作業中。鎮火の見込みは早くても三〇分はかかります」
早くも被害報告がまとまるのは日頃の訓練の賜物と言えるが、「かが」の損害は軽くない。全長二四八メートルに及ぶ広大な全通飛行甲板を駆使して哨戒ヘリやF-35Bを発着艦させて、対潜哨戒から限定的な艦隊防空任務までこなすヘリ空母としての機能が、飛行甲板への損傷によって奪われた。現場修理で何とかなる様な損傷でもない。ドック入りしての修理が必要になるのは先任伍長やその他の「かが」の乗員の眼からも明らかだった。
損傷を受けたのは「かが」だけではない。停泊中だった第四護衛隊群の護衛艦全艦と、他の基地所属の護衛艦、地方隊の護衛艦、潜水艦、掃海艇や補給艦からも黒煙が上がっている。いずれも上部構造物への損害であり、喫水線下への船体ダメージは確認出来なかった。
「ドック入り患者の長蛇の列ですね、これは」
溜息交じりに若い三等海曹が「かが」先任伍長に港内に停泊する護衛艦の損傷を見て言う。どの艦も致命的な損傷では無いが、レーダー、通信アレイ、電子戦装備、マストに被害を受けていた。停泊中の潜水艦はどの艦も巨大な穴が船殻に空けられており、途方に暮れた様に乗員達が破孔を見つめている。
丁度、呉基地に入港していたミサイル護衛艦「ちょうかい」に至っては艦橋の左右に貼られたSPY-1Dレーダーに黒い穴が一つずつ開いてそこから黒煙が上がっており、一目でイージス艦としての機能を喪失しているのが伺える。目を潰されたイージス艦は単なるミサイル運搬艦でしかない。
一瞬にして壊滅した呉基地の海上自衛隊艦艇群の乗員達が途方に暮れた様に破壊された自分達の艦を見つめていると、救急車のサイレンが聞こえて来た。
護衛艦「いなづま」と潜水艦「じんりゅう」「いそしお」で軽傷者が出ており、第四護衛隊群司令部に負傷者搬送の要請が出されていたのだ。
途方に暮れる乗員達に、各艦の先任伍長や最先任士官が「ぼさっとするな! 戦闘配置だ」と怒鳴りつける。これで終わりなら良いのだが、第二波、第三波の自爆ドローン攻撃があるかも知れない。出来る事は限られるが、損傷を受けた個所の応急処置と負傷した乗員の応急手当、そして戦闘配置について次に備える事が今は大事だった。
一時間後。
「分かった」
呉基地の基地司令は受話器を置いてデスクに両手を突いた。首を垂れる基地司令に基地要員が視線を向ける中、基地司令は重い口を開いた。
「停泊中の全艦が被弾した。特に機動艦艇と潜水艦艇の被害が大きい。どの艦も、浸水は無いが、上部構造物に無視出来ない損傷を負った。『ちょうかい』はSPYレーダーの半分を潰されてイージスの盾の役目を果たせそうにない。
潜水艦は全艦艦体に風穴を開けられて潜航不能だ。航行は出来ても潜水艦としての潜航能力が失われたのではもはや戦力にならん」
「一体、どこの勢力がこの様な事を……」
基地要員が呟いた時、通信幕僚が通信文を持って基地司令の元に現れた。
「司令、他の基地と連絡が付きました。呉だけでなく、横須賀、佐世保、舞鶴、大湊でも同様の自爆ドローン攻撃が行われ、停泊中の全艦が被弾したとの事です。現在のところ、我が隊に死者及び民間人への被害報告は入っておりません」
「そうか、民間には被害は無いのだな」
民間人に被害なしの報告に安堵した様に一瞬ほっとする基地司令だったが、すぐにその表情は元の渋面に戻る。
「停泊中の全艦が被弾した、か。海自は稼働可能な艦を殆ど無力化された訳だな」
「いえ、まだ四国沖で合同演習中の第二護衛隊群と第一機動任務群からは被害報告が入っていません。恐らくは洋上を行動中の艦艇には攻撃は行われていないものかと」
「そうか。彼らと連絡は……いやそれは横須賀の仕事だな。我々はここ (呉) の事に専念しよう」
「横須賀、呉、佐世保、舞鶴、大湊に停泊中の全艦が被弾、か」
横須賀の自衛艦隊司令部からの急報を読んだ村上は、識別帽を脱いで頭を掻きながら苦々しい表情を浮かべて呟いた。
「浸水が発生した艦は一隻もいませんし、死傷者も軽傷者が全基地を合わせても一〇名程度で済んでいるが幸いです。何より民間人への被害がゼロなのが最大の救いです。この時間帯、軍港クルーズも航行している時間帯ですから」
飯田の言葉に間違いは無かったが、御倉はぼそりとその顔にありありとした苦みを浮かべて言った。
「だが今頃SNSや報道機関はこぞって海自基地への自爆ドローン攻撃を報じているだろうな。特に軍港クルーズに居合わせた民間人が真っ先にSNSに動画や画像を投稿している筈だ。直ぐに基地の上空には報道ヘリが群がるぞ」
洋上を行動中の第一機動任務群と第二護衛隊群には生憎電波が届かないのでSNSの呟きなどは見られないが、衛星放送を介してなら民放のニュースは見る事が出来る。
「民放、衛星放送ですが、はどこも速報を組んで報じていますね」
御倉はそう言ってCICのタッチディスプレイを操作して、民放の一つの報道を表示させた。
急派されたリポーターが黒煙を上げる海上自衛隊の基地をバックに、早口で現地で判明している情報を放送局に実況している。
「しかし、全国五か所同時攻撃となると、ただの反自衛隊組織とかの素人の仕業とは思えせんね」
「明らかにプロの仕業だな」
両腕を組んで言う篠原の言葉に、塚本が頷く。
横須賀からの情報を基に、御倉は村上や「しなの」幹部に随時視線を向けながら言った。
「攻撃に使用されたのは目撃情報からして民生品のドローンに爆弾をくっつけた簡易的なモノとの事ですが、シンプルイズベストです。簡易な構造で最大限の火力と効果を出している。撃沈には至らずとも、艦の重要個所を的確に破壊して一定期間のドック入り修理を余儀なくされる程の損傷を与えている。これは護衛艦、と言うよりは軍艦の弱点を正確に知っている者による犯行です」
「一体どこの誰の仕業なんでしょうね。中国なのか、北朝鮮なのか、ロシアなのか、それとも台湾なのか」
溜息交じりに予測される犯人の候補を上げる飯田に、村上が一つずつ犯人を予測して容疑者を絞り込んでいった。
「ロシアと台湾は可能性として低いだろう。どちらの国も日本に今仕掛ける意味がない。北朝鮮は可能性としては高いが、それなら弾道ミサイルの攻撃に合わせて行う筈だ。だが、北朝鮮は今のところ静かだ。となれば消去法で考えうるに中国しか考えられない。
かの国は最近、軍事演習を繰り返している。沖縄や尖閣諸島に対する侵略行動の前段階として、邀撃及び防衛行動に出る我が海自の艦隊戦力を削ぐ奇襲攻撃目的に無人ドローンによる自爆攻撃を仕掛けた可能性が高い」
「確かに、先日青島の北海艦隊基地からは空母『福建』を旗艦としていると思われる大規模な艦隊が出港した事が偵察衛星で確認されています。
彼らが何らかの軍事行動を起こす為に、我が海自の戦力を事前に潰したのだとしたら納得がいきます」
そう主張する御倉は脳裏でこの攻撃の立案者の顔をうっすらと浮かび上がらせていた。北海艦隊の空母「福建」機動部隊司令官、楊博文少将。彼ならやりかねない。だが証拠はない。彼がと言う証拠も無ければ、そもそも中国が犯人だと言う証拠も無い。先日の艦隊出港も単なる偶然の一致に過ぎないかも知れない。
偶然の一致であればいいのだが、と願う御倉だったが、彼の中では嫌な予感が急速に膨らんでいた。
「時間です」
空母「福建」の艦橋で司令官席に座ってコーヒーを飲んでいた楊の元に作戦参謀が時計を見て、短く告げる。
飲んでいたコーヒーを飲み込み、カップを置くと楊は飛行甲板に視線を向けた。三基のカタパルトの内二基の上にはJ-15Tが二機セットされ、発艦命令を待っていた。
「作戦を開始する! 攻撃機隊は直ちに発艦!」
「好的!(了解しました!)」
楊の作戦開始の号令が全ての始まりを告げる狼煙の言葉となった。
作戦開始の合図を受けて、飛行甲板上で待機していたJ-15の脇に立つ発艦士官が発艦の合図を射出要員に送り、電磁カタパルトの射出ボタンが押される。第一カタパルトから順次J-15が発艦していき、対レーダーミサイルYJ-91を二発搭載した二機のJ-15が空へと飛び立った。
J-15の発艦と同時に楊は艦隊全艦に対して進路変更を指示した。
「全艦に達する。新しい進路195へ取れ!」
「了解、操舵手、取り舵、新進路195へ」
復唱した李が舵を握る操舵手へ新たな航路への回頭の指示を下す。「福建」を中心に輪形陣を組んでいる六隻の護衛艦艇が回頭指示に倣い舵を切って方位195へと舳先を向ける。
更に楊は通信士官に向き直ると、別の作戦指示を発令した。
「揚陸艦隊に発令。行動を開始せよ、だ」
「了解です」
日本の端乃島および尖閣諸島近海に展開していた海上保安庁の巡視船の乗員達の眼とレーダーに中国海軍の揚陸艦隊の姿が映ったのは、楊が作戦開始を発令して直ぐの事だった。
巡視船からの停船命令を悉く無視し、「大連」「衝陽」「連城」を先頭に「海南」「長白山」の計五隻は堂々と日本の領海内へ侵入した。
体当たりをしてでもその行く手を阻もうとする巡視船「いぜな」に対して、「大連」の一三〇ミリ砲が発砲し、「いぜな」の船首前方に威嚇射撃の水柱を突き立てた。軍艦の重武装相手に機関砲一基しかない「いぜな」にはどうする事も出来ず、反転して離脱せざるを得なかった。追い払われた「いぜな」に出来たのは、第十一管区本部と国土交通省の国交大臣に緊急電を打つ事だけだった。
「いぜな」含めた海保の巡視船数隻を追い払った中国海軍の揚陸艦隊はそのまま尖閣諸島の魚釣島と南小島と北小島、そして端乃島に接近し、726A型エアクッション揚陸艇と輸送ヘリコプターを発進させた。
程なく、魚釣島、南北小島、そして端乃島に726A型揚陸艇とヘリが降り立ち、中国海兵隊の隊員が着上陸を果たした。
中国海兵隊の上陸作戦が始まって三〇分後。魚釣島の奈良原岳含む全ての高地に中国の五星紅旗の旗が翻った。この旗を立てる際、中国海兵隊員がちょっとしたおふざけ交じりに、かつて硫黄島に星条旗を立てたアメリカ海兵隊の立て方を真似して旗を立てた。翻る五星紅旗を前に、中国海兵隊は歓声を上げる事もせず、ただ黙々と占領した各島に防衛拠点を構築する作業に取り掛かった。
中国海兵隊の尖閣諸島への上陸作戦が行われている頃、宮古島の航空自衛隊第五三警戒隊のレーダーサイトが日本の領空に侵入する二機のJ-15を捉えた。真っすぐに宮古島と与那国島を目指して飛んで来る計二機のJ-15に対して沖縄那覇基地へスクランブルの要請が飛んだが、第五三警戒隊は程なく消息を絶った。
J-15が発射したKY-91が宮古島第五三警戒隊のレーダーサイトと通信設備を吹き飛ばし、その早期警戒防空網を破壊したのだ。
爆発音は宮古島一帯に響き渡り、ニュースで海上自衛隊基地全てが攻撃を受けたと言う緊急速報に釘付けになっていた島民は、突然島中に響き渡る爆発音に驚いて家を飛び出した。家の外に飛び出した島民の眼に破壊され、黒煙を上げる自衛隊のレーダーサイトが入り、その黒煙を上げるレーダーサイトの映像は瞬く間にSNSを介して日本中に行き渡った。
同様の光景は与那国島の与那国駐屯地でも行われ、レーダー設備と通信設備が爆撃されて破壊された。
「確かなのか、津田君」
長代首相の言葉に官房長官の津田昌は「間違いありません」と答えた。
「曽根国交大臣と楓防衛大臣とも確認しました。海保第十一管区の巡視船が尖閣諸島へ侵入する中国海軍の揚陸艦隊を確認しています。中国海軍北海艦隊の大艦隊が、五日前青島の基地を出港しています。隻数、艦の種類共にすべて合致します。
総理、中国は本気です。彼らは武力を持って我が尖閣諸島の領有権を奪い、実効支配を確立するつもりです」
「至急、全閣僚を招集。国家安全保障会議を開き、対応を検討する。今現場に向かえそうな海自の艦隊は?」
「楓さんに確認しないと分かりませんが、全艦艇が基地に停泊中だった、と言う事は無いでしょう。とは言え、海自からの報告ではヘリ空母たるいずも型は何れも横須賀と呉に停泊中の所をやられたとの事です」
「『しなの』が無事なら、まだ巻き返せる。初手はまず外務省に中国側との交渉を挑むことになるが、外交交渉程度で『はい、すみませんでした、撤兵します』なんて言う国ではあるまい。最悪、防衛出動を発令する事になるかも知れん」
国家安全保障会議の招集を長代がかけてから直ぐに関係閣僚が危機管理センターに集まった。
集まった関係閣僚を前に長代は楓康生防衛大臣に状況説明を求めた。
「防衛大臣、状況の説明を」
「はい。統合幕僚長からの報告では本日午後二時二〇分頃、宮古島、与那国島にJ-15がそれぞれ一機来襲。空対地ミサイルで爆撃を行い、レーダーサイト、通信設備が破壊されました。
破壊される前、レーダーサイト側で機種がJ-15である事を確認しています。ご存知かと思われますが一応説明しておきますと、J-15は中国海軍が保有する空母艦上戦闘機であり、現在ステルス艦上戦闘機であるJ-35と並行して中国海軍空母部隊に配備が進められております。
襲来したのはその中でもJ-15のT型と思われます。T型はJ-15の中でもカタパルト発艦に対応した機種であり、最新鋭空母『福建』に集中配備されております。従来のJ-15と比べてカタパルトで発艦できると言う利点を持ち、発艦時の重量制限が解消されているのが特徴です。
現在、機能を喪失した宮古島、与那国島のレーダーサイトの機能を補う為、空自のE-2Dホークアイ早期警戒機が那覇基地より発進し、代理の早期警戒網を構築しています。
また海上自衛隊のP-1哨戒機が我が領海内に侵入する中国海軍の揚陸艦隊と空母『福建』艦隊を捕捉しました。揚陸艦隊は海上保安庁の巡視船の制止を振り切るどころか、護衛艦艇から威嚇射撃を行って強制的に退去させた上で、尖閣諸島の魚釣島、南北小島、端乃島へ海兵隊を上陸させ、各島には五星紅旗が立てられました。
那覇基地からはF-15二機がスクランブル発進しましたが、尖閣諸島の状況を確認して一時撤退しました」
「うむ……曽根君、海保からの報告は」
長代の問いは国土交通大臣の曽根武夫に向けられた。
「はい、海上保安庁第十一管区からの報告では、巡視船は一時退去した後、中国海軍の揚陸艦隊の主砲射程圏内ぎりぎりから監視を続行しています。現在のところ、大隊規模の中国海兵隊が魚釣島、南北小島、端乃島に上陸。陣地の構築を進めている模様です。
海保側は引き続き退去勧告と行っていますが、中国海軍側から返答はありません。威嚇射撃を巡視船に行いはしたものの、主砲の射程圏内ギリギリに踏み止まって監視を行う我が海保巡視船に対しては無視か放置を決め込んでいると。
いずれにせよ海保の巡視船に、自分達の邪魔をしない限りはこれ以上の武力行使をする気はないものかと」
「……狙いは尖閣諸島の実効支配の確立か、そこを橋頭保に与那国島を始め、最終的には沖縄を奪うか」
「総理、外務省として中国大使館の大使に真意を問いたいと思いますが、最悪の事態も想定して防衛出動も視野に入れるべきかと」
そう進言する外務大臣の大野沙奈枝の言葉に、長代は意外そうな視線を向ける。
「外務大臣の君の口から防衛出動の言葉を聞く事になるとは」
「中国は既に自衛隊基地を爆撃、海保の巡視船に対しても威嚇射撃ではありますが発砲と言う武力行使を行っています。それに今日行われた海上自衛隊基地の在泊艦艇に対する無人機の自爆攻撃。十中八九中国側の工作員によるものと見て間違いありません。
外務省として防衛出動前に外交努力は行いたいところですが、ここまで強硬策に出ている中国側が素直に引くとは考えられません。精々厳重なる抗議を入れるのが関の山でしょう」
「そうだな。防衛大臣、陸海空の自衛隊に統合任務部隊の編成を」
「はい」
「官房長官、記者会見を開き、今起こっている事をありのまま国民に知らせよう」
「海自の艦隊が半身不随にされた事も含めてですか?」
「どの道、シラを切っても無駄だ。SNSでドローンによる自爆攻撃で破壊される海自の艦隊の映像が拡散されている。因果関係は不明とは言え、マスコミからの質問には全て包み隠さず答えてくれ」
「分かりました」
津田官房長官が開いた記者会見に各マスコミが殺到し、怒涛の質問の嵐が飛んだ。
それら全てを聞き、日本政府として答えられる範囲の事を答える津田に、帝都新聞の記者が険しい目線で質問をぶつけて来た。
「日本政府は自衛隊による防衛出動を発令する事を考えておられるのか? もし自衛隊が出動すれば、中国軍との全面的な武力衝突は勿論、日米安保条約に基づいて米軍が動き、最悪米中の全面戦争へ発展しかねないのではないか?」
「現在日本政府は中国大使館の宋駐日大使を通じて、外交交渉による解決を試みております。無論、最悪の事態も考慮して、政府はあらゆる解決法を検討しております」
「沖縄本島並びに与那国島や宮古島など尖閣諸島の近隣の島々の民間人の避難などはどうされるのか!?」
「今日海上自衛隊基地の在泊艦艇に対して行われた無人機の自爆攻撃で海自の艦隊は全滅したとの噂が広がっているが、もし防衛出動がかかった際に政府と自衛隊はどう対処されるのか!?」
「中国政府に対して厳重なる抗議で済まなかった場合、政府は防衛出動を発令する覚悟はあるのか!?」
轟々と飛ぶ記者からの質問に津田は静粛に、落ち着く様に呼びかけた。
SNSでは中国に対する日本国内の世論が過熱化の一途を辿り、愛国右派に至っては中国との国交断絶と対中国宣戦布告もやむなしと言う過激派の発言が多くの賛同的な反応を呼んだ。
一方で、中国の軍事力を正確に推し量る軍事界隈を中心に対中国宣戦布告と国交断絶の主張は極めて冷ややかに見られ、右派の過激思想こそ危険だと諭す発言にも賛同的な反応が多く寄せられた。
「世論が、SNSでヒートアップしています。愛国右派を掲げる個人や団体は、中国との国交断絶と日米安保条約に基づいてアメリカと共に対中宣戦布告をすべしと主張しています」
スマートフォンの画面に表示されるSNSの反応を見て、総務大臣の伊藤学がメガネの位置を正しながら、長代に言う。
「国民の感情が開戦を主張する論調に染まった結果、惨めな敗戦を迎えた太平洋戦争へ日本そのものを導いた。我々はその轍を踏んではならない」
冷静に答える長代に対して、伊藤は少しの沈黙を挟んだ後、安全保障会議を開く前に自宅からかかって来た電話の事を長代に打ち明けた。
「実は都内の高校に通う息子が中国人の同級生が差別と虐めにあっていると連絡してきました。
その中国人の同級生は、日本に帰化済みの中国人の子供と、中国からの留学生だとの事ですが、愛国右派を叫ぶ学校内のグループから日本から出て行け、等の虐めやヘイトスピーチ行為を受けていると。見るに堪えかねて息子が庇っているそうですが、息子まで利敵行為とみなして攻撃対象にされていると」
「所謂若者のネトウヨグループか。若いうちは一回はネトウヨ化するものだと誰かが言っていたが、これはいかんな、良くないぞ」
険しい表情を浮かべて長代は首を振る。中国への感情が悪化するのは無理は無いが、日本に滞在する一般の中国人に全く罪は無い。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いと言うが、まさに日本国内がそうなってしまっている。相手憎しの憎悪の感情に国民の感情が凝り固まれば、先の太平洋戦争の過ちを繰り返す事になりかねない。
長代自身もSNSの公式アカウントは持っている。フォロワーは数十万人にも上るから、自分が何か発信すればそれが拡散されて、日本国民の中の過激化する感情を抑制できるかもしれない。
自身のスマートフォンを出した長代はSNSアカウントにログインすると、少し考えてから自身の個人的な声明をSNSに投稿した。
「日本国民の皆さん。中国による尖閣諸島への武力侵攻が行われ、かの国憎しの感情が広まるのは必然的な事なのかもしれません。
ですが、その憎しみの感情に任せて国内に滞在する、或いは居住する中国人の方々へアンチ、ヘイト行為を行うのは間違った行いです。我が国と中国が国交を断絶し、宣戦布告などに至る事態を求める声もあるようですが、その様な過熱化した世論の流れが過去の太平洋戦争の悲劇を引き起したと言っても過言ではありません。過去の大戦の過ちを繰り返さない為にも、そして事態鎮静化後の事も見据えて、国民の皆さんには冷静な感情に戻っていただき、今後の情勢の推移を見守って貰いたい」
SNSアカウントに課金している分、多くの文章を打ち込める利点がある長代はやや長めの発言を自身のアカウントから発信し、国民へ冷静な対応を求めた。
「今日の演習で二群と我が隊共に燃料を始めとする物資の消耗が著しいです。
何せ今日中に訓練を終わらせて呉に帰投する予定でしたから、各艦とも燃料の余裕がありません。補給艦を手配しないと行動不能になります」
隊司令室で御倉はタブレット端末を片手に村上に目下第一機動任務群と第二護衛隊群が抱える悩みを伝えた。
「だが、佐世保に在泊中の補給艦『おうみ』は攻撃を受けて損傷している筈だ。直ぐには寄こせまい。かと言って今から全艦で呉に入港した所で、そこをまた無人機の自爆攻撃を受けて全艦損傷などと言う事態になれば、我々は中国に対抗する手段を失う」
「その事なんですが、実は佐世保基地から『おうみ』の損傷は比較的軽微であり、補給の為にすぐにでも出港は可能だと連絡がありました」
「動かせられるのか?」
「NOLR-8B電波妨害装置、並びに二一番砲(CIWS)が破壊されて使用不能との事ですが、航行及び補給施設は無傷で補給作業に支障はほぼ無いとの事です。
ただ、『おうみ』の随伴護衛に付ける護衛艦が無いので、護衛なしで来るしかありません」
「尖閣諸島に侵攻したとは言っても、中国の航空戦力や潜水艦が日本の領海内に既に侵入して、『おうみ』を突け狙い、最悪撃沈しに来る。可能性としては無くは無いな……」
「二群の伊角司令と協議して『おうみ』の護衛に燃料に余裕がある艦を先行させて、先に補給させた後、残る艦と合流して補給を行うと言うのはどうでしょう?」
「それがいいな、我が隊で燃料に余裕がある艦は?」
「『わかば』が佐世保に行くには足りる程度の燃料を残しています。実質片道分しか残っていませんが」
「よし、私が伊角と協議して二群から出せる艦を用意させる。我が隊は原速に速度を落として燃料を節約する」
「了解しました」
第一機動任務群の旗艦「しなの」からの指示を受けて「わかば」の九条艦長は了解と二つ返事で受け持った。一方の第二護衛隊群からは大滝二佐が艦長を務める「はるさめ」が燃料に余裕が辛うじてあると言う事で同行する事になった。
村上と第二護衛隊群の群司令の伊角勇海将補との協議の結果、「わかば」と「はるさめ」が第一機動任務群と第二護衛隊群から分離して「おうみ」のエスコートの為に先行して佐世保へと向かった。
二隻の用心棒を見送った残りの艦は両舷前進原速へ速度を落として燃料の節約モードに入った。腹を満たす燃料の残りが少ない時は無理に動かない方が腹は空きにくくなるものだ。
艦橋で先行していく「わかば」と「はるさめ」の二隻を見送る御倉に、有賀が双眼鏡で遠くなっていく二隻を見送りながら御倉に言った。
「残された艦隊がこの二部隊だけとなると、対中国戦で要になるのは我々だけになる、そう思うと武者震いして来ますよ」
「ああ、俺もだ。ドラマとか映画でよくありそうなシチュエーションだ。残された最後の部隊が敵に反攻作戦を行う。ありふれたシチュエーションだ。だがそのありふれたシチュエーションに今は縋らないといけないのが今の海自だ。
我々が負けたら日本も負ける。いずれ総理からは防衛出動が下るだろう。外交努力でどうにかなるとは思えんからな。部下にも実戦になる可能性大と伝えておけ」
「はい、あの艦長は恐くないんですか?」
「うん、怖い」
あっさりと答える御倉に有賀が意外そうな顔をすると、御倉はさらに続けた。
「怖いっちゃ怖いが、日本がこのまま中国にいいように武力を行使してまで領土掠め取られて終わる方がもっと怖いな。自衛官としての責務を果たせずに終わるのがいっちゃん怖い。それだけは何としても避けたい。
その為にも艦長として最善を尽くす。航海長も自分のなせることを成して最善を尽くしてくれ。この『しなの』の舵は君が担っている。頼むぞ」
「了解です」
一等海尉とは言ってもまだ四〇にもなっていない若い有賀が任されたと笑みと共に頷く。
見栄を切ったからには俺自身も付くせる限りの努力と行動を示さなければな、と御倉は自分自身に言い聞かせた。
二年前の端乃島事件で「福建」とその艦載機に煮え湯を飲まされたが、今度は対等に渡り合える戦力と部下が自分の手の中にある。そして政府も二年前とは違う。今度は遅れはとらない。
艦長席に腰かけながら御倉は水平線の向こうにいるであろう、ある男の姿を脳裏に浮かべていた。
「奇襲攻撃は失敗したか」
暗号通信を表示したCICのモニターを見て楊は渋面を、それも今まで浮かべた事が無い程に顔をぐしゃりと歪めていた。
「残念ながら、自衛隊の反攻戦力の中核となりそうな空母『しなの』の破壊には失敗しました」
政治将校の朱も残念そうに言うが、気を取り直した様に顔を上げて楊に向き直る。
「ですが、『しなの』のバックアップに回れるであろういずも型ヘリ空母二隻の撃破には成功し、第一、第三、第四護衛隊群の護衛艦の大半と港に停泊中の潜水艦の全てを一時的に行動不能にする事が出来ました。損傷の規模から言ってどの艦もドック入りは免れないでしょうし、その修理待ちの長蛇の列を自衛隊が切り盛りし終えるころには、海兵隊による魚釣群島 (尖閣諸島の事) の実効支配確立は完了するでしょう」
「いや、第一機動任務群と第二護衛隊群がまだ残っている。第一機動任務群は我が中華の空母部隊に対抗する事を見越して自衛隊が建造した自衛隊初の空母を有する艦隊、そして第二護衛隊群は第一機動任務群設立以前から我が中国海軍との対決を見越して最前線配備されてきた護衛隊群だ。
我が北海艦隊とて素人の集まりでは無い、寧ろ熟達した兵士の集まりだが、海自を侮っては青島に帰られなくなる艦の数は多くなるぞ」
朱や李に言い聞かせるように楊は語りながら、CICの向こう、水平線の彼方にいるであろう海上自衛隊の二つの艦隊の姿を脳裏に予想していた。