第三話 動き出す艦隊
中国海軍北海艦隊の基地がある青島基地には多数の艦艇が停泊していた。
埠頭に係留されている空母「福建」とその護衛艦艇、更に強襲揚陸艦「海南」や補給艦等の補助艦艇とその護衛艦艇が一様に勢ぞろいした青島基地の風景はまさに壮観な眺めと言えた。
「福建」が停泊している埠頭に一台の軍用車が止まり、中から北海艦隊司令官の黄天祐大将が降りて来た。
黄を来訪を「福建」への乗艦タラップの前で楊少将と李大校が出迎えた。敬礼して出迎えた二人に答礼した黄は満載排水量八万トン程の「福建」を見上げ、じっくりと眺めてから二人に視線を戻した。
「いよいよ明日、艦隊は出港だ」
「準備は全て整っております」
抑揚と威厳のある黄の言葉に楊も静かに答える。二人とも口調こそ静かなトーンだが語り方は並ならぬ情熱と意思、そして野心を感じさせるものがあった。
「我が北海艦隊だけでなく、我が中華人民共和国海軍史上始まって以来の大規模な軍事作戦となるだろう。日本とは隣人として良きパートナーでありたかったものだが、我が中国が東へ、太平洋へ出るには彼らは我々の躍進の障害となる……。日本とは清国だった頃の我が海軍と矛を交え、そして惨敗した。それ以来我が中華の海軍は日本に後れを取り続けて来た。
だが、今は違う」
「日本との戦いで遅れはとりません。無論負けもしません。この日の為に将兵は鍛錬を重ねてきました。長年の伝統と経験と言うところでは我々と彼らとの間には埋めがたい差がありますが、この二〇年近くの間に培ってきた技術、ノウハウ、磨きに磨き上げた腕と剣はかの国に負けぬと全将兵共通の意思です」
力強くそして確かな自信を持って答える楊に黄は頷きながら再度「福建」をそしてその護衛艦艇や補助艦艇を眺めながら楊に語った。
「国民は我が中国がアジアで、世界で強き国であり、世界をリードする大国である事を望んでいる。
その為に必要なのは経済力、軍事力、そして海洋進出だ。太平洋を、そして七つの海を制覇して初めて我が中国は世界に名を馳せたかつての大国の名誉、地位を取り戻す。海洋を制する者が世界を制する。
その為の第一歩は決して楽なものでは無いだろう。だがハードルは高くても諸君らであれば必ずやり遂げてくれると私は信じている。
我が覇道の行く手を阻む島国に我が国の海軍の実力を見せてやれ」
「は!」
一時間後、汽笛が「福建」から鳴らされるやそれを合図とする様に次々に艦艇が出港を開始した。
南昌型ミサイル駆逐艦「拉薩」、昆明型ミサイル駆逐艦「西寧」「貴陽」「成都」、徐州型ミサイルフリゲート「煙台」「大慶」、そして空母「福建」を中核とした空母打撃群が出港し、その後を南昌型ミサイル駆逐艦「大連」、徐州型ミサイルフリゲート「衝陽」「運城」、海南型強襲揚陸艦「海南」、071型ドック型揚陸艦「長白山」、補給艦「福裕」「福池」が続いた。
次々に抜錨していく艦隊を黄と艦隊司令部要員が敬礼して見送った。軍楽隊の演奏による送り出しも無い静かな出港だった。
一方その頃、第一機動任務群は四国沖で第二護衛隊群との大規模な合同演習を行っていた。
第二護衛隊群は佐世保を拠点とする対中国戦略における精鋭艦隊だ。ひゅうが型ヘリ搭載護衛艦DDH182「いせ」、あたご型ミサイル護衛艦DDG178「あしがら」、こんごう型ミサイル護衛艦DDG179「きりしま」、むらさめ型護衛艦DD102「はるさめ」、あさひ型護衛艦DD119「あさひ」、たかなみ型護衛艦DD110「たかなみ」DD111「おおなみ」、あきづき型護衛艦DD116「てるづき」からなる八隻は第一機動任務群の敵役、赤軍として出陣していた。
更に海中には水上の赤軍役の第二護衛隊群に加えてそうりゅう型潜水艦SS511「おうりゅう」SS512「とうりゅう」が赤軍役として潜んでいた。
この合同演習の様々な判定、評価を下す為に訓練支援艦ATS4203「てんりゅう」が離れたところで支援に当たった。
「スピアー1からスピアー各機、攻撃開始だ。ブレード隊に続いて赤軍の二群を攻撃するぞ」
低空を飛行するF-35のコックピット内でヘッドセットに向かって吹き込む飛田にスピアー隊の三人の部下が「ラジャー」と答える。
赤軍役の第二護衛隊群には「あしがら」「きりしま」の二隻の防空艦に加えて「てるづき」と言う日本製の防空艦もいる。レーダーの電波は直進する性質上、優れた探知能力を持つ「あしがら」「きりしま」のSPY-1Dレーダーでも水平線の丸みを生かして低空接近を試みるブレード隊とスピアー隊に気が付く事が出来るのは無理だ。
だが「いせ」のSH60K哨戒ヘリがいる。E-767早期警戒管制機程では無いが、早期警戒機としての簡易的な役割を果たせる哨戒ヘリの目が第二護衛隊群の早期警戒網の目となってF-35八機の接近を早期に探知している筈だ。
飛田達に出来るのは艦対空ミサイルを発射される前に、翼下に抱いている四発の空対艦ミサイルJSMを発射して離脱する事だ。勿論今回は演習なので翼下にぶら下げているのは演習弾だ。
飛田達のF-35のアドバンテージと言えるステルス性は翼下にJSMを搭載している関係上、今は失われている。第二護衛隊群が今飛田達の飛来に気が付いているかは彼らの知る所では無いが、哨戒ヘリが多数第二護衛隊群の周囲を飛びまわっているのがF-35のレーダーでも確認出来る。
「全機、突入進路を確保。ミサイル発射点まであと五マイル」
サイドスティック操縦桿に取り付けられている各種ボタンを操作して、JSMの照準を合わせる。別動隊のスレッジ、アックスの二隊が旗艦となる「いせ」を攻撃出来るようにするために、ブレード、スピアーの二隊の攻撃目標は「あしがら」と「きりしま」の二隻と決まっていた。他の艦も決して無視できる訳では無いにせよその防空能力は個艦防空だから、最大級の脅威である防空艦のこの二隻を排除すれば残るは限定的な艦隊防空能力しかない「てるづき」だけになる。
HMDのピッチスケールを凝視し高度を維持する。レーダー探知を免れる為に低空飛行しているから、少しでも操縦をミスすれば一瞬で海面に突っ込んでバラバラだ。
(二隻のイージス艦を排除し、スレッジ、アックスの二隊による赤軍旗艦「いせ」撃沈につなげる。八機が全弾発射して三二発。「あしがら」と「きりしま」には一六発ずつ向かう事になる。海自のイージス艦の同時対処能力は最大一二。一応こっちが発射するJSMの数がイージス艦の対処能力を上回っているが、相手は対中国戦略上の要として昔から厳しい訓練を課して来た精鋭艦隊。一筋縄ではいかないだろうな)
程なく八機のF-35はJSMの発射地点に到達した。
「攻撃ポイントに到達。全機、ミサイル発射!」
既にロックオンは完了している。HMDにロックオンキューが出ているのを確認した飛田はサイドスティックのミサイル発射ボタンを四回押した。
翼下にぶら下げているのは演習弾であり実際に発射できるものでは無いから、ミサイル発射ボタンを押しても翼下からミサイルが切り離される軽い衝撃も作動音も聞こえてこない。
「全機反転、離脱する。ブレイクレフト」
操縦桿を左に倒して左旋回で離脱するスピアー隊四機に対し、同様にミサイル発射を終えたブレード隊は右に旋回して離脱する。
八機全機のミサイル発射を確認した「てんりゅう」からミサイル正常に飛行中との報告が入る。あとはシミュレーターが全てを判定する。
演習のミサイルの当たり判定を決める「てんりゅう」は決して忖度する事無く、ありとあらゆる想定データから「しなの」のF-35が発射したJSMの弾道をシミュレーションする。無論第二護衛隊群の迎撃も一切の忖度無しに精確に評定する。寧ろ訓練支援艦の出す判定は意地の悪い判定である事が多いが、訓練に出来レース展開に全く意味はない。
「HS(哨戒ヘリ)がミサイル発射を検知。方位015、弾数三二、距離三一マイル。超低空を本艦隊に向けて飛翔中」
レーダーディスプレイを見つめる電測員の報告に「きりしま」の副長兼船務長の峰岸哲郎二佐は「了解」と答えると、艦長の渕山誠一佐に迎撃を開始する事を告げた。
渕山が「了解」と答えると峰岸は凛と張った声で「右対空戦闘、CIC指示の目標。トラックナンバー2710から2722まで迎撃開始」と対空戦闘を発令した。
「CIC操艦。第三戦速、右三〇度ヨーソロー」
「教練対空戦闘用意! 右対空戦闘、近づく目標。トラックナンバー2710から2722、SM-6攻撃始め!」
「狙いは本艦だ。まずは一二発、とっとと片付けて残る四発も平らげるぞ。砲雷長一発も撃ち漏らすな」
「了解! SM-6、発射始め。発射用意……てーっ!」
砲雷長の五十嵐学二佐の発射号令と共に「きりしま」のVLSからSM-6が「撃ち上げられた」。
「バーズアウェイ!」
対空戦闘の発令と艦対空ミサイルの発射号令が下り、SPYレーダーで捕捉した一六発のJSMに対し「きりしま」から一二発のSM-6がシミュレーションで発射される。F-35のミサイルも「きりしま」のミサイルも存在はシミュレーション上のものだが、扱いは実弾を撃たれたものと同じだ。被弾判定が出たら即座に応急班が出動し、負傷判定を受けた乗員は医療手当を受ける。
「SM-6発射、正常飛行」
艦長の渕山、船務長の峰岸、砲雷長の五十嵐、そしてCICの要員がディスプレイを見守る中「きりしま」から発射されたSM-6がF-35の発射したJSMに向かって飛翔して行く。
直ちに残る四発のJSMに対してもSM-6が「発射」され、ディスプレイ上でシミュレーションによるミサイルの砲撃戦が行われる。
「『あしがら』SM-6発射、迎撃を開始」
「インターセプトまで一〇秒」
第二護衛隊群の対空戦闘の要である「きりしま」ともう一隻の「あしがら」もSM-6を発射し、迎撃を開始する。先んじて迎撃を開始していた「きりしま」はJSMを迎撃するSM-6が着弾まで一〇秒の秒読みに入る。
「スタンバイ、マークインターセプト!」
電子音と共にレーダーディスプレイ上からJSM一二発が消滅し、続けて第二斉射された四発のSM-6が三発を撃ち落とす。
「ターゲット・サーヴァイブ、残り一機、真っすぐ近づく!」
「主砲攻撃始め!」
「撃ちー方始めー! 主砲、発砲!」
「発砲!」
SM-6によって一五発を撃墜し、一発を撃ち漏らした「きりしま」は直ちに艦首のOTOメラーラ一二七ミリ単装速射砲で迎撃を開始する。
右方向へ砲口を指向した主砲がシミュレートで砲撃を開始し、対空弾を毎分四〇発の勢いで撃ち出す。
主砲による迎撃に合わせて峰岸は電子妨害による迎撃を指示する。
「EA攻撃始め」
妨害電波による迎撃はミサイルや主砲、CIWSと言った迎撃、すなわちハードキルと呼ばれる迎撃に対し、ソフトキルと呼ばれる迎撃手段になる。成功の確率は低いがミサイルを迎撃する手段は何でも取って自艦の防護に務めるのだ。
シミュレート上で砲撃が行われ、残る一発のJSMが撃墜判定を受けてレーダーディスプレイ上からシンボルが消滅する。
「ミサイル全弾撃墜」
「『あしがら』二発、撃ち漏らしました。主砲、CIWSにて応戦中」
CIC要員の報告を聞いた渕山、峰岸、五十嵐の三人は「無理かもしれない」と本能的に悟りながらも「あしがら」の奮戦を見守る。僅かでも迎撃成功の希望があるならそれにすがりたいものだ。
主砲とCIWSで迎撃する「あしがら」だが、主砲は「きりしま」のものとは違い速射性に劣るMk45五インチ砲だ。射撃精度と射程に優れるモノの速射能力が毎分二〇発な為「きりしま」の主砲の様に弾幕を張れない。またCIWSも射程が短い上に威力も微妙な方であり無いよりはマシとは言え些か心許ない。断芯の強化などで威力向上を図っているがCIWSでミサイルを撃墜しても破片が艦に降り注ぐ可能性が高かった。
残る二発のミサイルに対して「あしがら」の主砲とCIWSの対空射撃は主砲が一発を撃墜し、CIWSが超至近距離で残る一発を撃墜したものの、懸念されていたCIWSが撃墜したミサイルの破片による損傷判定を「あしがら」は受けた。
理不尽なまでの損傷判定の知らせに渕山達は口をへの字に結んだ。「あしがら」は破片を浴びて右舷側のSPYが破損し、使用不能の判定を受けた。防空戦闘能力は残念ながら失われたに等しい。
しかし当の「あしがら」はまだ左側のSPYが使えると意気軒昂の様だった。負傷判定を受けた乗員の救護作業を行いつつ、「きりしま」に使用不可の右舷SPYのカバーを要請して来た。
「まあ、頼まれたからにはやらんとな」
そう呟きつつ渕山は「あしがら」からの要請を引き受けた。
「攻撃効果は『あしがら』小破か……」
シミュレーション結果判定の知らせを受けた御倉は若干気落ちする声で「てんりゅう」から送られてきたブレード、スピアーの二隊の攻撃効果判定を表示した電文を読み上げた。
ブレード、スピアーの二隊とも被撃墜機判定は無い。それは幸いな一方でやはりと言うべきかイージス艦二隻の防空網を突破するのは容易ではない。相手は精鋭の第二護衛隊群だ、練度も第一機動任務群含む五つの護衛艦隊の中でもトップクラスだ。そう簡単にへまをする様な相手ではない。
既に別動隊のスレッジ、アックスの二隊が対艦ミサイルの攻撃を開始している。小破判定を受けた「あしがら」が展開する方向から攻め込んでいたが、「あしがら」が使用不可の判定を受けたSPYは右舷側であり左舷側は使用可能だったこともあって、「あしがら」はスレッジ、アックスの二隊の放った対艦ミサイルへの対処を始めていた。
左右二方向から時間差を置いて攻撃を行う、と言う作戦案であったが「あしがら」「きりしま」の無力化に失敗した以上はスレッジ、アックスの二隊の攻撃成功の確率はかなり下がったと言わざるを得ない。
「ミスったな」
少々悔しそうに言う村上に御倉が頷いた時、CIC要員が「敵潜発見」の一報を入れて来た。
対潜警戒に当たる「やはぎ」から赤軍として展開する「おうりゅう」と「とうりゅう」のどちらかと思しき艦影を探知したらしい。
「対潜戦闘用意!」
対潜戦闘を発令する御倉の号令に直ちに飯田以下の部下たちが対潜戦闘の準備に入る。
「しなの」には対潜攻撃装備は一切装備されていない。精々自走式デコイや音響パッシブデコイ等の対魚雷対抗手段が積まれているくらいで、護衛艦の様に対潜ロケットのVLAや短魚雷などは無い。護衛艦に護衛される事が前提の艦だからだ。
その「しなの」の前衛で対潜警戒に当たる「やはぎ」では御倉と同様に艦長の水崎二佐が「教練対潜戦闘用意」と号令を下していた。
多機能護衛艦「やはぎ」には一六セルのVLSに一六発の〇七式垂直発射魚雷投射ロケットが装填されていた。更に「やはぎ」には三二四ミリ三連装対潜短魚雷発射管も二基備えている。
「ソーナー探知。左九〇度、距離一万二〇〇〇、深さ一五〇、速度一二ノット。本艦隊へ向けて接近中。音紋照合、SS511『おうりゅう』と判定」
「『とうりゅう』はどこにいるか分かる?」
水測員の報告に対して「やはぎ」副長兼船務長の源田三佐が問う。
「確認出来ません、機関停止して無音潜航中かと思われます」
「『おうりゅう』は恐らく囮でしょう。こちらがのこのこ『おうりゅう』を狩りに行った隙にどこかに潜んでいる『とうりゅう』が輪形陣に空いた穴を縫って『しなの』に本命の魚雷を撃ちこむ」
「いや、それにしては露骨過ぎるしあまりにセオリー通り過ぎるわね。『おうりゅう』が囮なのは間違いないとして、寧ろ所在不明の『とうりゅう』に備えて現在の位置を維持するのが今は好ましい」
却って今動くのは禁物だと水崎は源田に返し、まずは哨戒ヘリの対潜索敵とソーナーの情報を待つ。
第三戦速で前進する第一機動任務群の前衛として「おうりゅう」と所在不明の「とうりゅう」の様子を探る水崎だったが、ふと違う考えが脳裏に浮かんだ。
餌に思わせて逆に「おうりゅう」の方が本命なのではないか? 「とうりゅう」と言う所在不明の艦に気を向かせている間に囮に見せた「おうりゅう」が接近して「やはぎ」ないし「しなの」の周囲を固める護衛艦を仕留めて、本命となる「しなの」を撃沈するのではないか? 或いは囮と本命の両方を兼ねた、とも考えられなくはない。互いに臨機応変に囮と本命のポジションを入れ替えた立ち回りをしているのではないか。
そう考えた場合、今本当に脅威であるのは源田の言った「おうりゅう」かも知れない。
「『おうりゅう』の現在位置は?」
「本艦隊との距離一万。速度深度変わらず」
「HS、『おうりゅう』の予測展開ポイントに発煙弾投下します」
その時、水崎はふと海底の地形を表わした海図をディスプレイに表示させた。
「HSに連絡、MADで『おうりゅう』の艦影を捕捉出来るか確認させて」
「艦長?」
どうかしたのかと振り返る源田に水崎はこれを見ろと源田にも海底の地形を表示した海図を見せた。
「艦隊の前方二万メートル先に大陸棚がある。二隻の潜水艦が揃って身を隠すに十分なスペースと深度よ。
こちらが発見した『おうりゅう』と見られるものは恐らくはデコイだ。『おうりゅう』のふりをしたデコイと所在不明のふりをした『とうりゅう』に備えてこちらが陣形を維持したまま前進して来たところを急浮上して魚雷発射、我が『やはぎ』を仕留め、その後『しなの』を仕留める気よ」
「艦長の仮説が正しいかは、HSのMAD照合次第ですね」
そう返す源田のヘッドセットに哨戒ヘリからのMAD情報が入る。「おうりゅう」にしては金属反応が低すぎるとの事だった。現代の潜水艦は磁器探知機であるMADの反応を逃れる為に消磁策を講じているのが基本だ。これだけで「おうりゅう」ではなくデコイだと判断するわけにはいかない。
哨戒ヘリにソノブイによる聴音を行うよう指示を出しつつ、水崎、源田共に「やはぎ」のソーナーを任されている水測員の聴音判定にも望みをかける。
「スクリュー音近づきます。小さいですね……低速回転していると言うよりはスクリューの大きさ自体が小さい気がします。一二ノットで回しているならもう少しキャビテーションノイズ(スクリューの回転ノイズ)が大きい筈です。
ですが『おうりゅう』の推進音も同時に聞こえてきます。同じ方位、同じ深度、同じ速度です」
水測員の言葉に水崎の中で推測が確信に変わりつつある中、哨戒ヘリがソノブイを投下しその聴音結果が送られてくる。ヘリの水測員の反応は同じだ。潜水艦のスクリュー音にしては何かがおかしすぎる。
「デコイが『おうりゅう』の推進音を放ちながらこっちに向かってトコトコとやって来ていると言う訳ね」
「どうします?」
ここからどう動くか、と問う源田に任せなさいと目で答えた水崎は艦隊無線の受話器を掴むと「しなの」に繋いだ。
「村上隊司令、ちょっとだけ『やはぎ』に単独行動を許可させて貰えないでしょうか?」
≪と、言うと?≫
「『おうりゅう』と『とうりゅう』の二隻が隠れてこっちにびっくりばあさせて来る場所が大体わかったので、先手を打ってやろうと」
≪びっくりさせに来るサプライズ相手に逆サプライズをかけてやると言う訳か。宜しい、許可する。盛大にびっくりさせてやれ≫
「ありがとうございます。では」
受話器を元に戻した水崎は源田に頷くと源田は艦橋に繋いだマイクを取って加速を命じた。
「第四戦速、三七度ヨーソロー」
復命する声が艦橋から返され、「やはぎ」が第四戦速へと加速する。
五分程度が過ぎたところで「やはぎ」は第一戦速へと速度を落とし、聴音に入る。大陸棚の前方に二隻が隠れ潜んでいる筈だが、パッシブソーナーでは捉えられない。完全に息を潜めて無音潜航を維持している様だ。
だが「やはぎ」が大陸棚を越えて深海が広がる海へと進出した時、二隻分のメインタンクブロー音がソーナーで捉えられた。
悟られにくい様に慎重にブローしているが、「やはぎ」の水測員の耳ははっきりと捉えていた。
「間欠泉とかじゃないな?」
「間違いありません」
確認する様に訪ねる源田に水測員は親指を立てて断言する。
「ピン打て」
「ピンガー打ちます」
ゲームセットだと告げる様に源田の指示で水測員がアクティブソーナーの探信音を打たせる。
水中にアクティブソーナーの探信音が鳴り響き、二つのコーンと言う反応が返って来る。
「いました、『おうりゅう』と『とうりゅう』です!」
水測員がヘッドセットに手を当てて水崎に報告した時、敗北を認めた様に「おうりゅう」と「とうりゅう」がはっきりとしたメインタンクのブロー音を立てて浮上を開始した。
「HSより入電。赤軍、第二護衛隊群よりミサイル発射を検知。弾数六四。方位287、距離三五マイル」
二隻の潜水艦に白旗を上げさせた「やはぎ」が輪形陣に戻ってきた直後、第二護衛隊群から対艦ミサイルの一斉飽和攻撃が始まった。
六四発となれば第二護衛隊群全艦が一艦当たりの最大搭載可能な対艦ミサイルを全弾発射した事になる。海上自衛隊の護衛艦は普段は対艦ミサイルの発射筒を四発分か六発分くらいしか載せておらず、場合によっては発射筒の中身は重しを入れているだけと言う事もあるが、第二護衛隊群は全艦対艦ミサイルを定数分の八発全弾積んでいるのがデフォルトの姿だった。
「教練、対空戦闘用意!」
シミュレーション上とは言え六四発の対艦ミサイルが一挙に飛来するとなれば流石の御倉も緊張感が高まる。飯田や砲雷長の篠原も同様だ。
「CIWS、Sea RAM、AAWオート。チャフ発射用意」
事前に「しなの」側で撃てる対抗策を準備する篠原とは別に飯田は「EA攻撃用意」と部下に指示を出す。
護衛される側である「しなの」を対艦ミサイルの雨から守るべく、「ふるたか」と「こんごう」が動く。「ふるたか」の岸川、「こんごう」の岡崎の両艦長が「教練、対空戦闘用意!」と号令を下し、それぞれの船務長と砲雷長が迎撃態勢を整えていく。
「六四発の飽和攻撃か、容赦ねえなぁ」
対空戦闘を発令してから岸川はディスプレイ上に表示されるミサイル群のシンボルを見てヒューと口笛を吹く。
「手加減無しの飽和攻撃。いいか、一発も撃ち漏らすなよ」
「了解」
唱和した返事が岸川に返される中、直ちに「ふるたか」からSM-6が撃ち上げられる。
前甲板に四八セルと第二煙突を挟む様に左右に二四セルの計九六セルある「ふるたか」のVLSに装填されるSM-6の数は九〇発。「こんごう」と折半する形になるとはいえ三二発の対艦ミサイルを一度に相手取らねばならない。
自動攻撃モードに設定された「ふるたか」のイージスシステムがCEC(共同交戦能力)を基に「こんごう」と重複しない目標を定め、SM-6の目標を付ける。ロックオンが完了した目標に対して順次艦の前後のVLSから次々にSM-6が撃ち上げられシミュレート上で照準を合わせた三二発のミサイルへと向かって行く。
防空の一翼を担う「こんごう」からもSM-6が発射され、Mk99イルミネーターが終末誘導を行い、対空ミサイルを正確に対艦ミサイルの元へ導く。SM-6自体が目標に自身を誘導する機能が備わっている為、イルミネーターへの負担は以前運用されていたSM-2ERと比べて軽くなっている。
ディスプレイ上で対艦ミサイルのシンボルが対空ミサイルのシンボルと交じり合い、次々に消えて行く。瞬く間に九割の対艦ミサイルが消滅し、撃墜判定が出るが残る六発が艦隊に迫る。
ここで「わかば」が動いた。あきづき型に準じる防空能力を持つあさひ型護衛艦「わかば」からESSM艦対空ミサイルが撃ち上げられ、残る六発の対艦ミサイルを撃墜していく。対潜任務だけが仕事ではないと言わんばかりの防戦を見せた「わかば」だったが、一発撃ち漏らした。
残る一発は「しなの」へと向かって来た。
「ターゲット・サーヴァイブ! ミサイル一発、本艦に向かってきます!」
「Sea RAM攻撃始め!」
間髪入れずに篠原が個艦防御ミサイルであるSea RAMの発射を命じる。同時に飯田が「EA攻撃始め!」と電波妨害によるソフトキルを指示する。
電波妨害によるソフトキルとSea RAMによるハードキルのダブルパンチを食らった最後の対艦ミサイルが撃墜されると、緊張感が高まっていた「しなの」CICに安堵の溜息が漏れた。
御倉自身も軽く溜息を吐き、被害報告を待つ。ミサイルは撃ち落とせてもその破片が飛行甲板に降り注いでいたらこれから帰艦する航空隊が着艦する際に支障が生じる。
幸い飛行甲板に被害なしの判定が出ており、今度こそ御倉は深く安堵の溜息を吐いた。空母としての機能を失うのはどうにか防ぐ事が出来た。
「どうやらこれで航空部隊も無事に本艦に降ろす事が出来そうだな」
同じことを考えていたらしい村上が御倉に微笑を浮かべて言った。
同感です、と御倉が頷いた時横須賀の護衛艦隊司令部から緊急入電が入った。暗号化された上で届けられた緊急電を直ちに菊昌が解読し御倉と村上に電文を見せる。
「艦長、隊司令、横須賀の艦隊司令部より緊急入電です」
「見せてくれ」
菊昌にディスプレイの一つに緊急電を表示させた御倉と村上は表示された二つの緊急電の内容にみるみる顔色を変えていった。