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赤い波濤  作者: 岩浪命自
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第二話 第一機動任務群

 三か月後。

 アメリカ、ニューポート造船所でスケジュール通り固定翼機搭載護衛艦DDV185「しなの」は進水した。

 異国の地での建造、進水となったものの進水式そのものは日本式で執り行われ、訪米した防衛大臣武中博人(たけなか・ひろと)が「しなの」の名を演台にて発表、公開した。

 

 満載排水量四万五七〇〇トン、全長二六三メートル、全幅三六メートル。アメリカ級強襲揚陸艦を一回り大きくした様なサイズの「しなの」は実際船体はアメリカ級強襲揚陸艦をベースに拡大したものであった。

 艦橋はいずも型護衛艦のものをほぼ同じものとなったが、いずも型の艦橋と比べてやや全長が短く収められていた。

 飛行甲板の形状はほぼアメリカ級強襲揚陸艦を踏襲しているが、格納庫と飛行甲板を繋ぐエレベーターは艦橋の前後に一基ずつの配置に改められた。

 武装はSea RAM二基、Mk15二〇ミリCIWSが二基。艦載機はF-35Bが二〇機、SH60K哨戒ヘリが六機。艦の運用は海上自衛隊、航空機の運用と艦載するF-35運用部隊である第10航空団の戦闘機パイロットは航空自衛隊と言う海空共同運用体制がとられる事になっていた。

 日本から太平洋を挟んだ国であるアメリカでの進水式となったにも拘らず、日本国内から多くの艦艇ファンや報道陣が進水式を見に訪米し、戦後日本が本格的に建造した空母第一号となる「しなの」の命名と誕生を見届けた。



 事実上の海上自衛隊の初のF-35空母である「しなの」就役前に先んじて第10航空団のF-35パイロットたちは簡易練習空母化されていたいずも型護衛艦「いずも」、「かが」で発着艦訓練を積み、鍛錬を重ねていた。

 その第10航空団を率いる航空団司令塚本貞人(つかもと・さだひと)一等空佐と艦長となった御倉は出会う事となった。

 進水式を前に顔を合わせる事となった二人は、飛行甲板を歩きながら自由に語り合った。

「戦後日本初の空母の艦長があの端乃島事件で現場対応に当たった艦長だとは心頼もしい限りです」

「艦の事は把握しているつもりですが、航空機の世界は分からない事ばかりです。航空団司令には航空機の運用面で色々世話になると思います。

 その度はよろしくお願いしますよ」

「自分も航空機の事は分かりますが、艦の運用はさっぱりです。部下たちの帰るべき母艦の艦長としての大任頼みますよ」



 畑の違う世界に知識の無い外野が深く口を挟むのは宜しくない事だと御倉は考えていた。勿論「しなの」艦長に就任するにあたって、空自の施設で色々学んではおいたものの、専門職と言える程の知識は無い。

 アメリカ海軍では空母の艦長は艦載機パイロット出身であることが前提であったが、海上自衛隊ではそのような前歴を持つ艦長が居ない。

 艦艇畑を歩んで来た御倉が艦長に推されたのは端乃島事件での対応が買われての事である。

 御倉としてはいずも型やひゅうが型の艦長経験者が「しなの」の艦長になるべきだったのではないか、とすら思っていたが今更拝命した職務を返上する気はなかった。任されたからにはやり遂げるのが大事だ。

 しかし、四〇代前半でまさかDD(汎用護衛艦)の艦長からDDVと言う大型艦の艦長に抜擢される事になるとは御倉自身思ってもみなかった。

 もう一つ、予想外だったことと言えば先の端乃島事件で空母福建艦隊を率いていたのが、先年の中国でのフリートウィークでも顔を合わせた事がある楊提督だったことだ。

 きっと、対峙する事となる護衛艦を知った際にその艦長である自分の事まで見抜いていたに違いない。

 実際に会った時の事を思い返すと、その抜け目のない策士の風貌を漂わせる楊提督に敬意を感じると同時に恐れも感じたものだった。

 仮想敵国と定めているであろう日本と言う国がどういう国なのか、それを常に正確に推し量ろうとする人物だ。過大にも過小にも評価せず、正確な情報を基に相手を知ろうとする提督。

 敵になったら間違いなく厄介な相手になる、と言う直感に似た予感が御倉の中でしていた。



 進水式から二年後。「しなの」は艤装委員長から初代艦長となった御倉の指揮の元就役した。

 副長には護衛艦「あさひ」の頃からの付き合いの飯田が船務長と兼任で就任した。

 その他に「しなの」の幹部として砲雷長に篠原猛(しのはら・たける)二佐、機関長に仙波嗣典(せんば・つぐのり)三佐、航海長として有賀香織(ありが・かおり)一尉、通信長に菊昌友梨佳(きくまさ・ゆりか)一尉、そして乗員の大半を占める海士、海曹のまとめ役の先任伍長に龍崎達也(りゅうざき・たつや)海曹長が着任した。

 アメリカのニューポート造船所から御倉や幹部、そして乗員を乗せて出港した「しなの」は、日本から回航されてきたこんごう型ミサイル護衛艦DDG173「こんごう」、たかお型ミサイル護衛艦DDG191「ふるたか」、あさひ型護衛艦DD121「わかば」、もがみ型多機能護衛艦FFM5「やはぎ」と共に新設の海上自衛隊の護衛艦隊である第一機動任務群を結成し、日本本土へ向けて艦隊と艦載機の慣熟を行いながら帰国の途についた。

 第一機動任務群の群司令は村上博巳(むらかみ・ひろき)海将補が務め、隊司令旗と海将補旗が「しなの」のマストに翻った。

 日本本土への回航の間、「やはぎ」を前衛に配置し、「ふるたか」を右翼、「こんごう」を左翼、「わかば」を後衛に展開させた第一機動任務群は途中ハワイで補給を乗員の半舷上陸休暇を挟みつつ、日本までの航路の間艦隊運動の確認とF-35Bの発着艦訓練などの各種最終調整を続けた。



 二〇機のF-35Bからなる第10航空団は4機一組の5個小隊から編成されていた。

 それぞれ第一小隊であるハンマー隊、第二小隊のブレード隊、第三小隊のスレッジ隊、第四小隊のアックス隊、第五小隊のスピアー隊からなり、第10航空団から派出されてきた精鋭パイロット二〇名からなっていた。

 ハンマー隊を率いるのは初瀬三佐、ブレード隊を率いるのは小谷三佐、スレッジ隊を率いるの水野三佐、アックス隊を率いるのは山南三佐、スピアー隊を率いるのは飛田満(とびた・みつる)三佐だった。

 元々空自に配備されたF-35Bは全て新設の第10航空団で集中運用されており、「しなの」の運用開始前からF-35Bを駆って来たパイロット揃いだ。「いずも」「かが」で発着艦訓練を重ねて来たとは言え、「しなの」への発着艦は勿論初めてだったので日本への回航の道の間五人の小隊長率いる二〇名のパイロットは洋上を航行する「しなの」への発着艦訓練と戦闘訓練に明け暮れた。

 固定翼機搭載護衛艦である「しなの」で運用されるF-35Bの発着艦方式は、短距離離陸と垂直着陸のSTOVL方式だ。

 発艦の際は発艦レーンに沿って短距離滑走し、着艦の際はF-35Bの垂直離着陸能力を駆使した垂直着艦となる。

 


 母港としている日本の呉基地まで五日となった日に、出迎えを兼ねた補給艦AOE425「ましゅう」が第一機動任務群補給の為に合流した。

 各艦への給油作業が行われる中、「ましゅう」は日本から様々な情報も持って来ていた。

「中国海軍が?」

 怪訝な表情を浮かべて聞き返す村上に、御倉は「ましゅう」が持って来た各種情報をCICのタッチディスプレイに表示した。

「我々が日本へ回航されるまでの間に、北海艦隊の空母『福建』機動部隊、それに南海艦隊から回航されてきた強襲揚陸艦を中核とする揚陸艦隊が中国海兵隊及び空軍の一部と共に上陸作戦を企図していると見られる合同演習を三度も実施しています。

 この動きに台湾では台湾への侵攻準備と見る声が高まっていますが、一方でアメリカなどの複数の有力なシンクタンクは台湾への侵攻を企図しているのなら。動員する兵力が少なすぎる為単なる演習に過ぎないとする見方も。

 演習と表向きで言い繕いその後そのまま実戦にもつれ込む、と言う前例はウクライナへ侵攻したロシア軍がやっていますし、その後のロシア軍の数々の失態も当然中国は承知の筈です」

 タッチディスプレイに表示される合同演習参加戦力を見て村上と飯田は腕を組んで唸り声をあげた。

 確認されている限りでは演習に参加した中国海兵隊は一個大隊おおよそ一〇〇〇人。水陸両用装甲歩兵戦闘車を含めた装甲車輛も多数含まれる上に、ヘリコプターを駆使したヘリボーン演習も行われたと言う。

 海兵隊の母艦となったのは海南型強襲揚陸艦一番艦の「海南」だ。護衛として南昌型ミサイル駆逐艦DDG105「大連」と徐州型ミサイルフリゲートFFG568「衝陽」とFFG571「運城」を引き連れていたと言う。

 そして海兵隊の上陸演習をサポートしたのは空母「福建」とその護衛艦である南昌型ミサイル駆逐艦DDG102「拉薩」、昆明型ミサイル駆逐艦DDG117「西寧」DDG119「貴陽」DDG120「成都」、徐州型ミサイルフリゲートFFG538「煙台」FFG576「大慶」からなる空母打撃群だった。

 また同演習支援の為に901型補給艦「福裕」と903型補給艦「福池」、920型病院船「安衛」も動員されたと言う。この他にも恐らくは潜水艦が複数含まれていると見られた。

 他に空軍のJ-20戦闘機が一個大隊程参加し、その支援に当たるAWACSと空中給油機も確認されたと言う。

 艦隊の規模は大規模だが、台湾への侵攻を企図しているのだとしたら動員する地上部隊の数が限定的すぎる。

 台湾には常備軍が陸海空合わせて約三〇万。予備役に至っては一六五万人もいる。当然ながら一個大隊一〇〇〇人程度の兵員数で侵攻した所で海空の支援を受けたとしても撃退されるがオチである。

「空母『福建』の艦載機であるJ-35の性能ですが、我が空自のAWACSのレーダーでも捕捉が極めて困難なレベルのステルス性と確かな機動力を有している事が判明しています。ステルス性に関しては空軍のJ-20よりも優れているとの報告もあります」

 演習に参加した中国艦艇の中でも最大級の艦艇である「福建」の要である艦載機の性能を口にする塚本に、村上は質問を向ける。

「『福建』に艦載されているJ-35の数は?」

「未確認情報ですが二〇機から三〇機と見られています。他に二〇機ほどのJ-15も艦載しているとか。

 J-35の生産数がまだ『福建』の戦闘機定数に達していない為とも、J-35はそのステルス性を生かした制空戦闘を担い、ペイロードに余裕があるJ-15を対艦、対地攻撃任務に当たらせているとも。

 私論になりますが後者の説が恐らく正しいのではないかと見ています。J-35のウェポンベイのサイズは推測が混じっているところもありますが、少なくとも中国軍の主力空対艦ミサイルYJ-83Kや空対地ミサイルKD-88およびYJ-91の運用は無理と思われますので」

「ふむ……」

「群司令、一旦第一機動任務群各艦の艦長を集めて情報共有を兼ねた協議を開くべきかと」

 そう進言する御倉に村上は即座に同意の頷きをした。

「HS (哨戒ヘリ)でみんなを集めてくれ。この情報を皆で共有してどう見るか、考えよう」


 すぐさま第一機動任務群各艦の艦長が「しなの」に集結した。

 村上は御倉、塚本と共に会議室に集まった各艦の艦長たちに会議デスクのディスプレイに中国軍の演習内容を共有した。

「台湾への侵攻を企図しての上陸演習、だとしたらやはり地上部隊の規模が小さいですな」

 地上部隊の数を見て「ふるたか」艦長の岸川清(きしかわ・きよし)一佐が言う。

「動員艦艇の数こそ多いモノの、地上部隊の数が少ないのが気になる所です」

「岸川一佐の意見に同意です。艦艇数に比して地上部隊の数が少ないのには何か理由があるはずです」

 地上部隊の数が少ない事がミソだと「こんごう」艦長、岡崎聡(おかざき・さとし)一佐が指摘する。

「となると台湾への侵攻を企図しての演習ではなく、もっと別の場所への上陸を企図して、と言う事か」

 そう呟く村上の視線がディスプレイに表示される地図上の一点に向けられる。

「やはり、尖閣諸島か」

 村上と同じところに目を向けた御倉は妥当だと頷く。

「尖閣諸島を奪取するのであれば、一個大隊レベルの地上部隊の方が適した動員数と言えるでしょう。

 最前線になる端乃島や魚釣島等の各島々の内、上陸可能かつ拠点を構築可能な島は限られます。一個大隊を超える数の部隊を動員してもかえって身動きがとり辛いでしょう」

「中国艦隊の規模は洋上艦艇だけでも戦闘艦艇が一二隻、揚陸艦他の補助艦艇が四隻。これに潜水艦が最低でも三隻から五隻はいるでしょうな。

 中国の潜水艦、二〇年くらい前なら探知も容易でしたが、最近は耳を澄ましておかねばろくに探知出来ないレベルにまで静粛性が向上していて中々に手強い相手になっています」

 潜水艦の脅威を説くのは「わかば」艦長の九条勝(くじょう・まさる)二佐だ。対潜戦闘を重視したあさひ型の「わかば」の艦長であり、第一機動任務群で対潜戦闘の要となる艦を任されているだけに中国の潜水艦の脅威を最も認識している様だった。

「しかも、その中国潜水艦の数は年々増えるばかり。対する我が方の潜水艦隊は一六隻。

 数で勝る相手に練度で対抗すると言うのが我が海自のやり手でしたが、その練度のアドバンテージも今ではどの程度まで優位に立てているか」

「九条艦長の仰る通りです。練度で勝るはずの我々ですが一つだけ徹底的に中国海軍に劣る分野があります」

 ハッキリと言い切ってのける「やはぎ」艦長の水崎佐代子(みずさき・さよこ)二佐の発言に村上は「劣る分野」を口にする。

「空母航空隊の経験か」

「悔しい話ですが、かの国は我が国よりも一〇年早く『遼寧』や『山東』で培ってきた空母機動部隊の運用ノウハウがあります。

 対して我が第一機動任務群はまだ生まれたばかりの新生児。パイロットは皆、F-35に馴染んできている身ではありますが、トータルで見ればやはり中国側に対して我が自衛隊は空母戦力の活用に差を付けられているのが現状です」

 渋面を浮かべながらも塚本は自衛隊の空母戦力の日の浅さを指摘する。

 確かにと御倉は中国軍と自衛隊にあるものとないモノを比較してみる。

 艦艇運用には中国海軍は急成長してきたが故に個々の乗員の練度で言うと、長い年月をかけて熟成して来た海上自衛隊の方に軍配が上がるだろう。

 だが水崎の言う通り空母戦力の経験では中国側が圧倒的に優位だ。公表こそされていないが数々の着艦失敗事故なども経験してそこから学んで来た相手であることは間違いない。

 海上自衛隊のひいては戦後初の日本の空母である「しなの」ではまだ目立った事故経験などは無い。ミスを犯さないのは大事だが、ノーミスからでは学べない。寧ろ人は失敗から学ぶ方だ。

「その付けられた差を埋める為には、こちら側も練度の向上を図るだけですね。

 しかし、かつての日本海軍の様な『数で劣るなら質で補う』と言う気質から生じた過度な訓練で事故を起こして貴重な隊員や装備をロストするのはかえってマイナスです。無論、ミスを恐れていては何も始まりませんが」

「御倉艦長の仰る通りですね」

 その通りだと岸川が頷く。

「とにかく、我々に出来る事はまず全員で今の環境に慣れる事だな。相手は強大だが、その強大な相手に負けない質を付けよう」

 村上のその言葉に御倉、塚本、岸川、岡崎、九条、水崎が頷いた。



 五日後。第一機動任務群は海上自衛隊の呉基地に入港した。

 多くの報道陣、それにアメリカの時を遥かに上回る数の日本の艦艇ファンやミリタリーファンが戦後初めて日本が保有する「空母」を一目見ようと集まった。

 呉基地への入港の三日後には呉基地で「艦艇公開」が開かれ、その際に「しなの」も艦艇公開の対象となった。

 一日で一万人を超える民間人が「しなの」を見ようと集まり、御倉は初代艦長として集まった民間人の相手に終日追われる事となった。



 第10航空団がマザーベースとする百里基地の宿舎で非番だった飛田は暇つぶしにスマートフォンでSNSでの「しなの」公開に対する反応を見てみる事にした。

 概ね日本国内の反応は「しなの」に対して好意的だ。一方野党やその取り巻き勢力からは強く批判を受けているし、中国や韓国を始め東南アジアの一部の国でも日本が本格的空母の保有に至った事に対して否定的な意見が多数見受けられた。

 ただ日本が「しなの」を保有するきっかけになったのは中国が空母を保有した事でもあったが、意外にもその中国国内の民間からは日本が空母を持ったことにネガティブな意見を述べつつも、日本が保有する事自体は全く否定していない意見が多数あった。

 人口が多いだけに意見の数も多くなるのは当然ではあるが、中国国内から意外にも徹底的に敵視されていないのが実に意外と言えた。

 同様の流れだったのが韓国だった。日本とはつくづく折り合いが悪く、民間レベルでの相互感情は最悪と言っていい国だが、日本が「しなの」という空母を保有すること自体は驚く程に冷静に見ており、否定的意見はあれど「日本が保有する意味はある」と述べる声も少なくなかった。

 台湾は日本国内と同じレベルで好意的に迎えているが、これは中国と言う共通の相手を持つが故にだろう。忘れられがちだが台湾は中国同様尖閣諸島の領有権を巡って日本とは対立している関係の国だ。

「世の中、色んな意見が飛び交うな。ま、毎度の事か」

 良くも悪くもSNSでの反応はいつも通り、と言うべきか。過激な主張をするアカウントはいつも通り頓珍漢かつ過激な発言を繰り返しているし、冷静に物事を見極めているアカウントは正確に物事を推し量った発言をしている。

 怖いのが所謂右翼思想や愛国系の強いアカウントの極端な発言だろう。「しなの」を日本が保有した事でもはや中国など恐れるに足らず、と慢心しきっており、動画サイトでも「しなの」と第10航空団を「神聖化」して中国海軍の空母戦力を「ゴミ」「産廃」と評する動画が幾つも投稿されている。

 かつて日本がアメリカに対して太平洋戦争を仕掛けた時も、民間が慢心と過信しきってそれに日本軍部が乗ってしまったが為に、破滅的な戦争に突入する羽目になったのだが、と飛田は胸中で呟きながら動画サイトに表示される「愛国系」の軍事動画チャンネルのいくつかを非表示設定にする。

「いい加減、あの大戦から学べよ。俺達が学んで中国軍に負けない戦力になろうとしているんだからよ」

 ぼやきながらスマートフォンをオフにして、サイドテーブルの上に放ると夕食を摂りに食堂へと向かった。



 第一機動任務群が呉基地へ入港して一週間後、「しなの」の元を現日本国総理大臣の長代文彦(ながしろ・ふみひこ)が視察に訪れた。

 車から降り立った長倉は、埠頭に停泊している「しなの」の巨躯を見上げて一言「ほお……」と感嘆の言葉を漏らした。

 艦内へ乗り込むタラップの前で御倉と飯田の出迎えを受けた長代は秘書官らと共に御倉の案内で「しなの」の艦内を案内された。格納庫を始め艦橋や航空管制室、機関制御室等、FICとCICと言った「しなの」の乗員ですら立ち入り制限がある重要区画以外の主要区画を一通り案内して回り、長代からの質問に御倉は一つ一つ丁寧に答えた。

「全長が二六三メートルで名前が『しなの』とは、先代の空母『しなの』と全長は同じだな」

「はい。全長は旧日本海軍の空母『信濃』と同じです。ただ、排水量では先代よりは軽くなっています」

「先代の『信濃』は六万トンだったかな?」

「基準排水量で六万二〇〇〇トンであります。満載になりますと六万八〇〇〇トンとなり、本艦の満載排水量より二万トン以上も重いです」

 事前にある程度の情報は入れていたらしいが、細かい数字までは把握していない長代に御倉はその足りない部分を補う様に解説する。

「なる程……先代は、祖国に貢献する事も殆どないまま深海の底へ沈んでしまったが、二台目のこの『しなの』には先代の『信濃』に果たせなかった『日本を護る』職務に充分務めてくれることを期待しているよ」

「乗員一同、ご期待に添えられるよう努力致します」

 たっぷり一時間程かけて艦内各所を案内して回ってから、一行は再び格納庫へ戻った。

 がらんとしている格納庫を見回して長代は少しばかり寂しそうな表情になる。

「格納庫には戦闘機はおろかヘリコプターの一機も置いていないのだな」

「基地に停泊中の間は艦載機は全て陸上基地に戻すので。また作戦行動中でも格納庫に全機を収容する事はありません。物資を置いておく場にもなるので、ここに艦載機を収容するのは主に整備点検の時くらいです」

「第二次大戦の時の空母の様に、格納庫内に全艦載機を収容する事は無いのだな」

「ええ、今の空母は全機を格納庫に収容する事は考慮していませんので。アメリカ海軍の空母でも全機を格納庫へ収容する事は出来ません」

「そうか。いや、第二次世界大戦の時の軍事なら少しは分かるのだが、如何せん現代の軍事にはまだまだ不勉強なところがあって申し訳ない。艦長の解説ないと分からない事ばかりで助かる」

 素直に自身の知識不足を詫びる長代に御倉は「これが小官の仕事ですから」と答える。

 格納庫からエレベーターを伝って飛行甲板に上がると、SPや秘書官らに囲まれながら二人は飛行甲板の最前部から最後部までをぐるりと一周した。

 艦橋を見上げながら長代は御倉に硬い表情で語りかけた。

「艦長も知っていると思うが我が国を取り巻く情勢は日増しに切迫したものになっている。中国軍が上陸作戦を企図した演習を繰り返しているし、尖閣諸島への中国海警局巡視船のEEZへの進入行為も盛んだ。国内では対中国脅威論が日増しに高まっている。

 願わくば、諸君らが只の税金食いなだけで済めば良いのだが、現実はそうもいかなさそうだ。

 中国軍の活動活発化で台湾や沖縄では不安に思う声が高まっている。自分達の地にいつかの国の軍が押し寄せて来るのか、と言う不安と恐怖が止まない。日本国の首相として沖縄を再び戦場とする事だけは絶対に阻止したい事であるし、そもそも有事と言う状況そのものを防げるのであれば防ぎたいが、相手も同じ思いとも限らんのが政治の世界だ」

「二年前、小官が本艦艦長の職を拝命するきっかけとなった『端乃島事件』以降も中国海軍は増備と強化に腐心しています。

 残念ながら我が自衛隊はかの国の軍事力に対して物量では完全に劣勢です。練度では負けていない自信はありますが、空母の分野では中国海軍の方が我が国よりも早くに空母保有と戦力化が出来た分、運用ノウハウにおいては中国海軍が上と見るべきでしょう。

 つけられた差を埋める為にも鍛錬を重ねて数で劣る分野を質で補えるよう努力を重ねる所存です」

「私も外交の力で火種は消す努力を重ねるつもりだ。どんな事であれ、戦争状態は良くない。良くない事だからこそ我々政治家が未然に防がねばならん」

 そう語る長代の顔は一国を預かる首相の顔だった。

(流石は歴代総理でも指折りレベルに支持率の高い総理だ、面構えが違う)

 隣を歩く長代の顔を見て御倉はつくづく感心させられる総理大臣だと好感を抱いていた。自衛隊に奉職して随分経つが、長代程自衛官を含めて国民の心をよく掴む総理大臣は中々いない。防衛関連への理解度は良いし、寧ろ本人曰く第二次世界大戦の戦史関連は多少は分かると言うあたり、軍事にど素人でもない。至らぬところは素直に詫びる誠実さもある。 

 同時に外交努力で有事を防げるのなら防ぎたいと願う熱意も感じた。ウクライナで起きた戦争を目の当たりにしてその思いは余計強まっているのだろう。

(もっとも、相手は散々ウクライナ侵攻時に失態を繰り返したロシア連邦とは違い、狡猾で力に貪欲で更なる拡大発展強化を渇望する中国だ。

 それにこちらが平和的解決を望んでも向こうが武力を行使すれば言葉は無力だ。ウクライナでの戦争でそれを世界は思い知らされた)

 色々な教訓を悪い意味でもよい意味でも残したロシアによるウクライナ侵攻を先例に上げながら御倉は考えていた。

 飛行甲板を一周し終えると、長代は御倉に礼を述べて退艦した。

 タラップを降り際に「良い艦だ」と簡潔ながら率直な感想を述べたのが御倉には「しなの」を預かる指揮官の身として嬉しい思いであった。



 一週間後。第一機動任務群は呉を出港し、太平洋の四国沖でF-35Bの発着艦訓練を含めた艦隊としての演習に励んだ。

 アメリカからの帰国の途上の時よりも乗員達の練度が向上しつつあるのを肌で感じながら、着艦進入コースに入りつつあるF-35Bをモニター越しに御倉は見つめる。

 スピアー1こと飛田が着艦誘導士官の誘導に従って、飛行甲板へとアプローチを行っていた。

 リフトファンを展開し、F-35BをVTOLモードに移行した飛田は前進強速で航行する「しなの」の速度に合わせながら左舷より横滑りする形で飛行甲板上へと進入する。

 飛行甲板に進入するとスロットルレバーを手前に引き、出力を絞り、緩やかに垂直降下して飛行甲板へとタッチダウンする。

 ぽんと少しギアが着艦の衝撃で跳ねる様に伸縮して飛田のF-35が着艦すると黄色のジャージとヘルメットを着た誘導士官が駐機場所へと飛田のF-35を誘導した。

「上手いじゃないか」

≪実際飛田三佐は上手い方です≫

 ヘッドセット越しに航空管制室に詰めている塚本も飛田の着艦の上手さを認める。

 飛田の着艦が終わった後、スピアー2の発艦作業が始まった。

 飛行甲板後部の発艦位置へと誘導士官の誘導の元ついたF-35の背後でジェットブラストデフレクター(JBD)が立った。「しなの」の設計元となったアメリカ級強襲揚陸艦には無いこの艤装は、F-35の発進時のジェット噴射から後続の発艦機体や駐機中のヘリコプターを護る役目があった。

 更にF-35の主脚の前でストッパーが立ち上がり、ブレーキを使わずとも発艦するまでの間F-35をホールドする。これもアメリカ級には無い航空艤装だ。

 発艦準備を進めるスピアー2の周囲で緑、赤、青、茶、黄、紫と色とりどりのジャージ、ベスト、ヘルメットを着たデッキクルーが動き回り、発艦手順を進めていく。

 最後に発艦準備作業をクリアした全要員の退避が終わると、黄色ジャージ、ベスト、ヘルメットを身に着けた発艦士官がスピアー2に向かって人差し指と中指を合わせた右手を掲げて手首を振って「エンジン出力上げろ」のハンドサインを送る。

 スピアー2がハンドサイン通りエンジン出力を上げると飛行甲板上にプラットアンドホイットニーF135-PW-600ターボファンエンジンのエンジン音が高まった。発艦士官が甲板各部を指さし確認してF-35の発艦の障害になるものがないかを確認して異常なしを確認すると、身を屈め、右手を甲板に一旦触れた後、その腕を真っすぐ艦首方向へと伸ばした。

 発艦士官の発艦GOサインを確認したデッキクルーがストッパーの解除ボタンを押すとぱたんとF-35の主脚をホールドしていたストッパーが倒れ、カタパルト程ではないにせよ勢いよくF-35が滑走を始めた。

 長い飛行甲板の滑走ラインを滑走したF-35が、艦首の終端辺りで尾部のノズルを下方向に向け、ひょいと浮かび上がる様に発艦していく。

 武装は施していないだけに発艦していくF-35は身軽だ。

「スピアー2、発艦」

 CICに空自出身の乗員がF-35が無事発艦した事を告げる。

 母艦である「しなの」の上空へと舞い上がっていくF-35に下で、第一機動任務群の五隻の艦艇が輪形陣を組んで前進強速を維持して太平洋を進んだ。

 前衛を「やはぎ」、右翼を「ふるたか」、左翼を「こんごう」、後衛を「わかば」が務める輪形陣の周囲には「しなの」と「わかば」から発艦したSH60Kが哨戒飛行を行った。



「中国船の尖閣諸島進入が減っている?」

 防衛省情報本部情報官の荒瀬圭吾(あらせ・けいご)一佐は海上保安庁からの報告に怪訝な表情を浮かべた。

≪今月に入ってから、先年の大量進入が嘘の様に減っています。今月は先月よりも一〇隻も少ないです。

 静かになって来たのはまあお互いにとっても息抜き期間になってまあ悪い事でもないですが、こうも急に静かになると不気味なもんです≫

 受話器越しに連絡を寄こして来た海保の職員もやや驚いているような口調で答える。

「向こうさんも、クールタイムを挟んでいるんでしょうかねえ。ご連絡感謝します、また何かありましたらご連絡願います」

≪了解です≫ 

 受話器を置きながら荒瀬はデスクトップパソコンのグラフを見て、尖閣諸島へ進入する中国船のグラフを見て確かに減っていると感じた。

 最新の数を入力して見ればその数は右肩下がりなのが分かる。

 何かの兆候だろうか、と言い知れない不安が荒瀬の旨の中で広がった。防大同期の一人は対中国戦略の最前線を担う事になるであろう第一機動任務群の固定翼機搭載護衛艦「しなの」の艦長を務める御倉だ。同期の行く末にもかかわるだけに私情も絡んで心配になる。

(昨今の中国軍による上陸演習と尖閣諸島海域への中国船の進入会数の減少……偶然にしては出来過ぎている)

 嫌な予感が暗雲となって荒瀬の中で広まっていた。

 今後もゆっくりと更新していくのでお付き合い頂けたら幸いです。

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[良い点] ある程度のスペックや情報が出て来ましたが、JBDや架空のストッパーが付いているのは驚きましたね。少しでも機体や艦へのダメージを少しでも減らす工夫がなされていて良かったです。 他にも空母事情…
[良い点] 現実のアジアや世界の情勢、ネットも含めた国内情勢が反映されていてリアルな内容に引き込まれました。 まるで映画を見ているような気分です。 [一言] ゆっくりマイペースで頑張ってください(・…
2023/02/20 21:52 趣味全開人生
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