主人公ヒロインを寝取ろうとしてざまぁされた悪役チャラ男、高校で地味女と仲良くなる。
ツンツンした黒髪に耳には複数のピアス穴を開けたチャラ男な俺、鬼頭大地が高校二年生へと学年が上がってから約一ヶ月。クラス替えもありそろそろ同級生の顔と名前が一致してきた頃合いだったが、目の前に広がる惨状にぽつりと声を洩らした。
「ま、遅かれ早かれいずれこうなることはわかってたけどな」
先生からの用事を済ませて教室に戻っていざ帰ろうとしたらこれである。窓から茜色の夕陽が差し込む中、教室の俺の机には「死ね」「クソ野郎」「キモい」といったありとあらゆる罵詈雑言が書き連ねられている。きっとクラスメイトの誰かが書いたのだろうが、残念ながら犯人はわからない。中学の頃に散々見た光景だ。
俺はゆっくりと溜息を吐くと、先程保健室の先生に断りを入れて持ってきた消毒液が入ったボトルと雑巾、そして消しゴムを用意して早速ゴシゴシと机の落書きを落としていく。
「くっそ、全然消えねぇ……」
———かつて陽キャだった俺は親友の幼馴染を寝取ろうとして、そして失敗した。中学ではクラスメイトからはハブられ、孤立し、机の落書きはもちろん教科書の紛失、内履きに画鋲を入れるなど悪質なイジメのオンパレードを受けてきた。
寝取ろうとした事実が事実なだけに、俺は何も反論出来なかった。
だけど何よりも辛かったのは、当時怒りと嫉妬で親友を突き飛ばしてしまった俺を、好きな子が親友を支えながら憎悪の籠った瞳で睨んできたことだった。
その顔を、俺は一生忘れることはないだろう。
やがて中学を卒業した俺は金髪を真っ黒に染め、ファッションとして身につけていたピアスを全て外して過ごすようになった。高校デビューというわけではないが、誰も自分の知らないところで高校生活をひっそりと送りたかったからだ。
しかし何事も思い通りにはいかない。地元から離れた高校に入学したといえど、噂は当然流れてくる。結果、元々の目つきの悪さも相まって噂は教室中に浸透。仲良くしていた男子からは好きな子を横取りされるんじゃないかと全く話さなくなり、女子からは不潔、最低と距離をとられて中学時代のように孤立してしまった。
高校ではひっそりと過ごそうとしたのに、最悪の高校生活になってしまった訳である。
「良いよなぁ、ヤンキーはたった一度良い事しただけでがらっとイメージ変わんのに、俺なんか噂があるだけでマイナスだ」
そう言いながらアルコールを吹きつけた雑巾で何度も擦ると、やがて少しずつ汚れが落ちてきた。
悪い印象というのはそう簡単には払拭されない。
中学の出来事以来、どれだけひっそりと過ごしても、人助けや善行を重ねてもそれには一切の見向きもせず悪い方にみんな関心を持つ。きっと誰しも心の中には勧善懲悪を飼っているのだろう。悪役のその後なんて、その大半が興味ないに違いない。
「ふぅ、こんなもんか」
何度も何度も雑巾で机を擦り、ようやく文字が見えなくなってきた。手を動かし続けたせいで両腕に疲れと痺れが同時に襲い掛かってきたが、まだ後片付けが残っている。
今回は見つけてからすぐ行動に移ったので比較的早い時間で作業を終えたが、もし日が空いて油性ペンのインクが乾いていたらと思うとゾッとする。絶対に日が暮れていただろう。
「ま、結局また落書きされるんだろうけど」
自業自得。因果応報。別に誰にも言い訳するつもりは無いが、お先真っ暗な高校生活に再度溜息を吐く。そうして雑巾をゴミ箱に捨て、残り半分を切ってしまった消毒液のボトルを返しに行こうと教室を出ようとするも、突然扉が開かれた。
姿を現したのは、一人の少女。
「—————————」
真っ黒な長髪を三つ編みおさげにして瓶底のメガネを掛けている見た目がパッとしない女の子。俺が所属するこの二年二組のクラスメイトである。
名前は確か、桂花院三葉。華やかな名前に比べてスレンダーだが地味な容姿をした少女である。因みに一年生の頃も同じクラスだったが、一度も話したことがない。
部活は何もしていない筈だし荷物もないのでもうとっくに帰ったと思っていたのだが、何か忘れ物だろうか。
「…………ねぇ」
「あっ、悪い」
俯いているせいで目元が髪に隠れて表情がよくわからないが、どうやら俺が目の前に突っ立っていた所為で教室の中に入れないようだった。
慌てて退けるも、彼女は何故か入り口から動かない。一体どうしたのだろうか、と不思議に思っていると、やがて野暮ったい顔を上げた彼女はちらりと俺の席を一瞥したのち、こう言葉を発した。
「鬼頭くん。親友の彼女を寝取ろうとしたって噂、本当なの?」
「…………っ!!」
碌に交流してこなかったクラスメイトによる突然の問い掛けに思わず顔を顰める。一気に様々な感情が溢れそうになるも、すんでのところで飲み込む。まるで土足で人ん家を踏み荒らされたかのような気分だ。
(いきなり何なんだコイツ……?)
正直に言って気分が悪い。無口でおどおどしてそうな見た目の割に本人に直接遠慮なくずけずけと聞いてくる度胸は誉めてやりたいが、最悪な気分である。
何故かもやもやした気持ちを抱きつつ、俺は目の前の地味女を睨めつけながら憎々しげに言葉を吐いた。
「…………お前には関係ねぇだろ」
「それもそうね」
あっさりとそう返事した彼女は淀みない歩みで自分の席へ向かうと机の中から小説を取り出した。おそらくだが、帰りに忘れ物に気がついて本を取りにきたのだろう。
俺は肩透かしを喰らった気分になりながら動けないでいた。その間に引き返して教室から出て行こうとした地味女だったが、直前になって立ち止まる。
「それじゃあまた明日、鬼頭くん」
そう言ってそのまま立ち去る少女。三つ編みのおさげが揺れる後ろ姿を眺めながら呆気に取られていた俺だったが、ハッと正気に戻る。
「………………なんなんだアイツ」
“また明日”と言う辺り、嫌がらせに遭っている俺への嫌味だろうか。でなければわざわざ彼女と無関係な俺に噂の真意を聞いてなどこない筈だ。きっと腹の中では俺のことを嘲笑っているに違いない。
とはいえ、もうこれまで通り二度と関わることはないだろう。この時俺は、少なくともそのように考えていた。
「おはよう、鬼頭くん。良い朝ね」
「——————」
次の日、通学路を歩いていた俺に声を掛けてきたのは昨日の地味女だった。こちらに目を合わせずいきなり隣から声を掛けてきた所為で驚きで声が出ないが、一体どういう魂胆なのだろうか。
俺はわざとその挨拶を無視しながらスタスタと歩き続ける。
「無視するなんて酷いわね。これでも結構勇気を出したのだけれど」
「………………」
「正直、今日は学校を休むかと思ってた。案外タフなのね」
「………………」
「今日は夕方から雨が降るらしいわ。鬼頭くん、傘は持って———」
「———あのさ、お前いったいなんなの?」
いい加減、立ち止まった俺は我慢出来ずに地味女もとい桂花院へ視線を合せながら声を掛ける。どうやら陰キャな見た目の割にお喋りのようだ。昨日といい今日といい、どうして無関係な俺にわざわざ話し掛けて来るのか。
自分で言ってはなんだが、俺はピアス穴を何個も開けているし黒髪に染めたとはいえ髪を遊ばせているチャラ男だ。この鋭い目で子供を泣かせたことだってある。そんな俺に話し掛けてくるだなんて肝が据わっているのか、はたまた考えなしなのか……。
桂花院の見た目と行動が一致しないギャップに多少戸惑いつつも、俺は言葉を続けた。
「俺に話し掛けんじゃねぇよ、地味女」
「うわぁ、辛辣ね。それでね鬼頭くん、今日の体育の時———」
「しれっと会話続けようとしてんじゃねぇ!?」
歩きながら軽く流されてしまったので思わず声を荒げてしまう俺。先程彼女は俺のことをタフだと口にしていたが、まさにそれはこちらの台詞である。
わざととはいえ結構キツイことを言っている自覚があるのだが、もしや彼女、見た目に依らずメンタルお化けなのだろうか。一応、さらに念を押す必要がある。
「遠回しに目障りだって言ってんのがわかんねぇのか?」
「………………」
「同情だか憐れみだか知らねぇけどよ、自己満で勝手に俺の周りをうろちょろされたらメーワクなんだよ」
「………………」
「しかもカワイー美少女ならまだしも、お前みたいな友達一人もいなさそうなジメジメしてる地味女が……っ」
ここまで言って、俺はふと言葉を止める。ちらりと桂花院の方を見てみると分厚い牛乳瓶みたいな眼鏡、長い前髪で表情が伺えないが、俯いたまま微動だにしていない。
しまった、とその様子を見た俺は思わず心が騒めいてしまう。
(やばい、流石に言い過ぎたか……っ?)
俺から突き放す為とはいえ、ここまでキツい物言いをする必要はなかったと後悔する。彼女とは昨日初めて話したばかりなのだ。俺の近くにいると嫌がらせが桂花院にも及ぶかもしれないということを簡単に伝えるだけで良かったのに、どうして俺はこうも間違えるのか。
しかし、一度口に出してしまったことは取り消せない。俺は軽く溜息を吐きながらもう二度と話しかけるなと伝えようとするが———、
「不器用なのね、貴方」
「あ?」
「目つきが怖くて、口も悪くて———だけど優しい」
「なっ……!」
「私が鬼頭くんに話し掛けると、私に迷惑がかかるしれないって心配してくれているのでしょう?」
「お前に俺の何がわかって……!」
「わかるわ」
心を見透かされた気がしてまたも声を荒げそうになるが、ぴしゃりと桂花院に遮られる。俺は思わず訝しげな表情を浮かべながら眉を顰めた。
淡々と述べた彼女の表情は相変わらず分からないままだ。同じクラスとはいえ、一度も言葉を交わしたことがなかったのにそこまで言い切る根拠は何かあるのだろうか。
やがて、桂花院は次のように言葉を続けた。
「だって———鬼頭くんのこと、目でずっと追っていたから」
「は?」
「一目惚れ、っていうのかしら?」
「は、はぁ!?」
いったい、目の前の地味女は何を言っているのだろう。目で追っていたやら、一目惚れやら、色々と脳内処理が追いつかない。
もしかして冗談なのだろうか。
「私、人を観察するのが大好きなのよ」
「へ、へぇ、そうなのか」
「まぁウソなのだけれど」
「おい」
動揺中に急に掌返しをされてドスの効いた声が出てしまったが、彼女はすぐさま何食わないような顔で口を開く。
「私って嘘つきなの。だけど、一目惚れっていうのは本当。これだけは信じて欲しいわ」
「……お前は、何がしたいんだよ」
「好きな人が孤立しそうになっているんだもの。少しでも側にいたいって思うのはダメかしら?」
「う……」
「あと、あわよくば私のことを好きになって欲しいわ」
桂花院が俺に近づいてきた理由はわかったが、最後のほうが色々と台無しである。
寝取ろうとした、という噂も元々は俺自身が撒いた種。そんな状況の中、俺を思ってくれる気持ちはありがたいのだが、残念ながら彼女が最後に言った内容は叶えられそうにない。
———というのも、俺がまだ親友の幼馴染のことが好きだからだ。あんなことがあって避けられたまま中学を卒業してしまったと云えど、俺の中に巣食う初恋はそう簡単に消えてくれない。あと大変失礼なので言葉にはしないが、単純に桂花院の見た目が俺のストライクゾーンから外れている。
とはいえ、こんな最低な俺に対しそう言ってくれている女子を無碍にする訳にはいかない。それでも突き放すという選択をするのは、なんだか違うような気がした。
そう思った俺がなんとか絞り出せたのはこんな言葉だった。
「……ったく、勝手にしろ」
「! えぇ、そうするわ。…………やったっ」
「?」
「とはいえ、いきなり教室で話し掛けるのは鬼頭くんに余計な不安や心配をかけてしまうわね」
「俺の気持ちを代弁するんじゃねぇ」
「そうだ。休み時間や放課後、図書室でお話しするっていうのはどうかしら?」
「なんで図書室?」
「私、図書委員だから。しかも滅多に生徒が来ないから実質私と貴方の二人っきりよ?」
「いや言い方」
その二人っきりという言葉にどこか生々しさがあるのは、桂花院からの好意を耳にした所為だろうか。
はぁ、と軽く溜息を吐いた俺は聞こえるか聞こえないか位の声量でそっと呟いた。
「……ま、気が向いたら行く」
「えぇ、待ってるわ」
心なしか通常より声を弾ませたような桂花院からそのような返事を聞き届けると、俺らは別々に高校へと歩みを進めたのであった。
———それからというもの、俺は図書室で桂花院と交流を育んでいった。
「……ほんとに人いねぇんだな。放課後の図書室って」
「いらっしゃい鬼頭くん。まさか言ったそばから来てくれるなんて思わなかった。そんなに寂しかったの?」
「帰る」
「待って。ウソ。冗談。ちょっと揶揄っただけじゃない」
「そんな腕引っ張んな。てか力つよっ!?」
最初の頃は受付にいる桂花院と少しだけ話して、図書室にある本を読んで、そして図書委員の仕事を終えた桂花院が俺の隣で静かに本を読むという日々がしばらく続いた。
図書室という場所は静かなイメージだったが、案外吹奏楽部や運動部の声が響く。窓を開けて換気もしているから古本の独特な匂いもほぼない。元々家ではテレビをつけっぱなしにしたりゲームセンターやデパートといった商業施設など雑音がある方が落ち着く性格なので、こういった形で読書に集中出来たのは意外だった。
学校では、この放課後だけが唯一落ち着ける時間になった。
「バドミントンのペア、またハブられたの?」
「俺以外の男子三人に目を向けた瞬間息を合わせたようにそいつらで組を組まれた俺の気持ちも考えてくれねぇか?」
「いやよ。そんなことより私と組みましょう」
「お前もハブられてんじゃねぇか」
「女子の場合は奇数で一人余るのよ。それがたまたま私だっただけ。クラスで孤立してる鬼頭くんとは違うわ」
「はん、ものは言いようだろうが」
そして相変わらず俺はクラスで孤立していた。
たまたま図書室を利用したクラスメイトが俺と桂花院が一緒にいる様子を目撃したのだろう。一度だけ桂花院も嫌がらせの標的になった。彼女の机が落書きされたり教科書を破かれたり隠されたりしたので、流石にそれは違うだろうと頭にきた俺はその犯人のクラスメイトの机を教室の窓から裏庭へ投げ飛ばしてやった。正直滅茶苦茶スッキリしたのを覚えている。
先生にはしこたま怒られたがそれ以来、俺や桂花院に対する嫌がらせはぴたりと止まった。そしてまるで腫れ物かのように誰も俺、ついでに彼女にも声を掛ける同級生はいなくなった。
これを機に、俺たちは図書室だけでなく教室でもよく話すようになった。気がつけば、授業中に彼女の背中を見つめることが多くなった気がする。
———そして月日が経ち、もうそろそろで三年生へと上がる春休み前の放課後のこと。二人は喫茶店にて他愛のない話をしていたら、このように話を切り出された。
「ねぇ大地くん。大事な話があるのだけれど?」
「改まってなんだよ三葉」
クラスメイトから避けられる日々は相変わらずだったものの桂花院———三葉との交流は依然続いていた。
放課後のみならず授業、休み時間、登下校、休日と一緒に過ごす時間が増えれば流石に情が湧く。異性への好みのタイプは全く異なるが、いつの間にか俺は親友だったヤツの幼馴染の女の子ではなく三葉のことばかり考えるようになった。
つい最近下の名前で互いを呼び合うようになった訳だが、若干気恥ずかしいのは内緒だ。
目元が隠れるほどの長い前髪と牛乳瓶のような厚いレンズの眼鏡でいつも通り表情が隠れたままの三葉は淡々とした様子で言葉を続ける。
「私たち、結構一緒にいるじゃない?」
「ん、あぁそうだな」
「そろそろ、真面目に噂の真相を大地くんの口から聞きたいのだけれど」
「っ」
腕をテーブルの上に置きながらそう訊ねる三葉だったが、思わず俺は息をのむ。ついにきたか、という諦念と、嫌われたらやだな、という保身の感情が俺の中でせめぎ合った。
これまでなあなあにしてきたところもあったが、一目惚れとはいえ三葉はこんな俺を好いてくれている。もしその噂の内容を話したせいで彼女が離れてしまったらと考えるとチクリと胸が痛んだ。
(でも、三葉は歩み寄ろうとしてくれた)
親友の彼女を寝取ろうとしたという噂で孤立していた俺に彼女は声をかけてきてくれた。俺に関わらずに高校生活を送るというのも選択肢の一つとしてあっただろうに、だ。
ちらっと彼女の方を見てみると、分厚いレンズ越しにこちらを見つめている。その瞳の色は伺えないが、なんだか不思議と安心出来て。
「…………わかった」
「———!」
「なんだよ、自分で聞いたんだからそんなに驚かなくてもいいだろ?」
「驚くわよ。まさか素直に頷いてくれるなんて思わなかったもの」
「……うるせえよ」
そっと目を逸らした俺は人差し指で頰を掻く。なんだか身体が少しだけ熱いような気がするのは気のせいだろうか。
「三葉は、一緒にいてくれたからな」
「!」
「だから、話すよ。お前には俺のこと知ってて欲しい」
「……うん、わかったわ。聞かせて、貴方のこと」
そして俺は中学で起こった噂の真相を彼女に語った。誰かに伝えるのはこれが初めて。上手く言葉に出来るか不安だったものの、三葉は時折こくりと頷きながらもしっかりと話を聞いてくれた。
やがて全て話し終えると俺は深い息を吐く。一通り噂の内容を全て伝えたので安堵するが、すぐさま襲い掛かってきたのは不安の感情だった。
「———なるほど。元々貴方は中学生の癖にウェイ系の陽キャなチャラ男だったけど、仲良くなった親友もといハーレム系主人公の幼馴染の娘を好きになったと。でもその幼馴染は主人公クンのことが好きなのに、肝心の主人公クンは幼馴染ちゃんを放って様々なところで女の子とフラグを立てて遊んだりしてるから、しくしく泣いていた幼馴染ちゃんの姿を見た大地くんはある日主人公クンを問い詰めた。そしたら『俺が誰と仲良くしようが俺の勝手だろ』『アイツいちいち俺の行動に干渉してきてキモいんだよ』と自分勝手なことを言い出したから激昂した大地くんはその主人公クンをぶん殴ったけどその姿をばっちり幼馴染ちゃんとメスハーレムその一に目撃された訳ね。元々主人公クンの親友という立場の貴方を気に入らないその女がわざと噂を捻じ曲げた結果、”親友の彼女を寝取ろうとした”という噂になってざまぁされた」
「……あぁ、それで合ってるよ。元々アイツは近くにいた幼馴染のことは好きでもなんでもなかったが、タチの悪いことに独占欲が強かった。ずっと一緒にいた幼馴染に平気で悪口を吐ける癖に自分を守る為だったら簡単に噓も吐く」
今まで幼馴染へ文句を言っていたヤツが一転して怯えた表情を浮かべて「だ、大地が彼方を、俺の大切な幼馴染をこれから俺のモンにするから二度と話し掛けるなって脅してきて……っ!!」とほざいた時は怒りを通り越して呆れた。
因みに彼方というのは幼馴染の少女の名前である。
彼女もあいつに惚れていた弱みもあってか、あいつの言葉も簡単に信じた。そして俺に憎しみの目を向けてきた。
そこで俺は、所詮俺が彼方への思いを積み重ねても、無意味だと知った。知ってしまった。締め付けられるように胸が、心が痛かった。
でも俺は今までその事実から目を背けていた。
「それ、貴方何も悪くなくない?」
「まぁ、殴ったのは事実だしなぁ。何度かあいつをデートに誘った時もあるし。まぁ断られたけど」
「…………ふーん」
「な、なんだよ……もう終わったことだろ」
「ま、それもそうね」
なんだかジトっとした視線を向けられた気もしないでもないが、俺は意を決して口を開いた。
「……幻滅したか?」
「いえ別に。貴方なりの想いに従って行動しただけでしょう? 格好いいと思うわ」
「お、おう……」
てっきり三葉のことだからちょっとした毒舌が淡々と飛び出ると思っていただけに拍子抜けである。
いずれにせよ、三葉に嫌われなくてホッと一安心だ。
俺がそっと胸を撫で下ろしていると、しばらく無言でいた彼女が言葉を紡ぐ。
「…………ねぇ、大地くんはどうしたい?」
「どうしたいって何が?」
「その噂の真相をみんなが知れば、残り一年といえど少しはマシな高校生活を送れると思うけれど?」
三葉は静かにそう問い掛ける。確かにそうだろうが、俺やそれを知った三葉が言ったところでそう簡単には信じない。何故そう言い切れるのかというと既に実証済みだからだ。
中学の頃も、人気で影響力のあったアイツらの言葉を信じた生徒がほとんどだった。
「……いや、別にいい」
「どうして?」
「どうせ信じないってのもあるが……その」
「?」
「お前だけが知ってくれているなら、それでいい」
「そ、そう…………」
いつもポーカーフェイスな三葉だが、なんだか少しだけ動揺が伺えた。ほんのりと頬が赤いのはきっと俺の気の所為ではない筈だ。
微笑ましさを感じつつ、思わず彼女の反応に俺も照れてしまう。しばらく無言のまま冷たい飲み物で身体の火照りを鎮めていた俺たちだったが、やがて目の前に座る三葉は口を開く。
「…………ねぇ大地くん」
「ん、なんだ?」
「貴方と知り合った頃に、一目惚れしたって言ったの、覚えてる?」
「お、おう」
「今でも好きな気持ちは変わらない。むしろ初めの頃よりも大きくなったわ。……だから、だからね? 明日から始まる春休みが終わったら、返事を聞かせてほしいの」
「三葉…………」
春休みが終わったらというと、三年生へと進学するタイミングである。何故春休み明けなのかとも考えたが、そもそも彼女は話しかけてきた時から俺に対する好意を口にしてくれていた。俺がそれに甘えて返事をずるずると先延ばしにしていたのが原因なのだ。
俺の中で既に答えは決まっているのだが、彼女がそう言うのならば俺はその時まで大切にこの気持ちは胸にしまっておこう。
「わかった。考えとくわ」
「えぇ、よろしくね?」
そう言って喫茶店を出た俺たちは、隣に並びながらゆっくりと帰路に着いた。
そして春休み明けの高校。今日から高校三年生として最後の一年を過ごしていく。今日は始業式で、既に新しい教室には見慣れた顔ぶれがちらほらと登校してきていた。
かくいう俺も新しい席に座っていた。窓際の一番後ろというあまり目立たない席なので正直ありがたい。それにしても、だ。
(三葉のやつ、遅いな……)
隣の机をチラリと眺めながら俺は三葉が登校するのを心待ちにしていた。黒板に張り出されていた新しい席に従ってこの場所にいるのだが、なんと隣には三葉の名前があった。これまで何度か席替えを行なったが、彼女と隣になるのは初めてなのでとっても嬉しい。
因みにだがこの春休みの間、俺は三葉とは一度も顔を合わせていない。これまでの休みの時はちょくちょく彼女を遊びに誘って実際に遊んでいたのだが、今回に限っては連絡しても用事があると言われて断られたのだ。
寂しさはあったものの、彼女としては休み明けに俺からの返事を聞かなければいけないのだ。当然心の準備もあるのだろうと無理矢理納得させて悶々とした日々を過ごした。
故に、三葉と直接顔を合わせるのは約一ヶ月ぶり。楽しみでない筈がなかった。
すると、がららっと教室の扉がスライドされた。
「—————————」
そこにいたのは、見知らぬ美少女だった。腰にまで届くほどの艶やかな黒髪を靡かせ、ぱっちりとした二重のアーモンドアイが魅力的な輪郭がとても整った女の子。スタイルもとても良く、特に胸あたりなんてスイカのようにたわわに育っている。制服の上からでも分かるほどに巨乳で、まるで週刊漫画雑誌に出てくるような清楚系なモデルさんのようだった。
今まで近くの人と会話をしていたクラスメイトもその話し声は鳴りを潜め、みんな視線を彼女に向けていた。
「…………?」
でも、しかし、この違和感はなんだろうか。雰囲気とでもいうのだろうか、誰かに似ている。
「え、誰?」「すっごい美人じゃん……!」「新入生かな?」と驚きに満ちた表情を浮かべるクラスメイト。しかし突如現れた美少女はそんな注目の視線をものともせずそのまま黒板の前まで歩き、新しい席順が記載された紙をじっと見つめる。
そして振り返った彼女はそのまま歩き出そうとするも、クラスメイトの一人から声を掛けられる。彼は俺の机に落書きをした同級生のうちの一人だった。きっと相手が美少女だからお近づきになりたいと思ったのだろう、俺には一度も向けたことがないようなにこやかな笑みを浮かべていた。
「ねぇキミ、もしかして新入生かな? もしかして教室間違えてない? よければ俺が一年生の教室に案内し———」
「———いいえ、間違えてないわ。あとそのニヤニヤとした笑い方、気色悪いから話し掛けないでちょうだい」
「………………へ?」
下心があったとはいえ、さらっと毒を吐かれた男子は呆然とした表情を浮かべる。路傍に落ちた小石の如き視線を彼に向けた美少女はそっと目を外すと、やがてそのまま歩き出した。
教室にいる生徒全員が注目する中、そして彼女は俺の席の隣へと座った。思わず内心でぎょっとした表情を浮かべた俺。みんなの視線が集まる中声を出すのは嫌だったが、これから登校して来るであろう三葉を想って声を掛けた。
「あの、すみませんがそこ三葉の席なんですけど……?」
「……ふ、ふふっ。まだわからない? 大地くん?」
「…………は?」
「———おはよう、私が三葉よ?」
「はぁぁぁぁぁぁ!!??」
なんと俺の隣に座ったこの美少女は三葉と名乗った。クラス中に驚きとざわめきが波のように広がったのはいうまでもない。
そして無事始業式が終わった放課後、俺は三葉と一緒に図書室にいた。
「……で、改めて聞くがお前は本当に三葉なのか?」
「えぇ。正真正銘、これが本当の姿の私よ?」
そう目の前でこちらを見つめる彼女の瞳には柔らかい光が宿っている。正直、未だに彼女が三葉だという事実が信じられなかった。
だって容姿も胸の大きさも違うのだ。これならまだ三葉は実は双子で、風邪をひいた彼女の代わりに登校して来たと言われた方がまだ信憑性がある。どうやらこれまで胸にはサラシを巻いて過ごしていたらしい。
「大地くん。ね、私って嘘つきでしょ?」
「そ、そのことだったのかよ……。もしかして、俺に一目惚れだって言ったのも……?」
「ううん、それは本当。私たち、実は以前高校入学前に会ってるのよ?」
「はぁ?」
話を聞くと、どうやら高校入学前に見学出来るオープンスクールで俺と一緒だったらしい。集団で移動中に後方にいたようなのだが、帰り際階段を降りている時に足を躓いて転びそうになってもうダメだと思ったところ俺に手を引かれて間一髪助かったのだそうだ。
結局その後会えなかったのだが、その時に一目惚れしたのだとはにかみながら語ってくれた。確かに、当時は嫌がらせを受けていてあまり他人に関心を示すことなかったが、目の前で体勢を崩した少女をスルー出来る訳もなく咄嗟に手を伸ばして助けた記憶がある。
オープンスクールが終わり次第そそくさと帰ってしまったが、三葉がその時の少女だったのか。
「でも、どうして今まであの目立たない姿だったんだ?」
「ほら、私って美少女でしょう?」
「自分で言うな」
「中学の時から周りの女子から羨望と嫉妬の視線を浴びていたから嫌がらせされたのよ。大地くんとほぼ同じ感じね。だから、私は高校では目立たないようにしてたの。貴方のことも、本当は遠くから眺めているだけで良かった」
だから三葉は俺が陥っている状況を見捨てることが出来なかったのだろう。嫌がらせの辛さを知っているにもかかわらず、俺に話し掛けてくれた。そのリスクを省みずに、だ。
「そう、だったのか。でも、どうしてその姿を明かそうと思ったんだ?」
「簡単よ。貴方は私に本当のことを話してくれた。なら、私も本当の姿を見せなきゃフェアじゃないでしょう? そ、れ、に」
「?」
蠱惑的な笑みを浮かべた彼女は机に身を乗り出すと、口元に手を添えて俺の耳に小声でそっと囁いた。
「———好きな人に告白の返事を貰うんだもの、一番綺麗な姿で聞きたいじゃない」
「っ……!」
強かだな、と思うと同時に三葉らしいと安堵する俺がいた。ふわりと良い香りが鼻口をくすぐるが、顔を離して体勢を戻した彼女はまるで俺の心を見透かしたように言葉を紡いだ。
「それでどう、かしら? 私、大地くんのことが好きなのだけれど。返事は考えてくれた?」
「……言っておくが」
「?」
「俺は春休み前から三葉のことが好きだったぞ」
「———っ。ふ、ふふふっ。まったく貴方ったら、本当に不器用ね?」
これからよろしくね、と三葉はそう言って心の底から嬉しそうに微笑んだ。
高校生活最後の一年間。春の季節が始まるとともに、俺と彼女のこれからは着実に色づき始めたのだった。
———これは、悪役にされたチャラ男がざまぁされたその後の話。実は美少女であることを隠していた地味女に救われた話だ。
この後、ハーレム主人公が痛い目に遭ったことが判明したり、その幼馴染が俺に復縁しようと言い寄ってきたりするのだが、それはもう少し後の話だ。
どうもぽてさら(/・ω・)/です!
久しぶりのラブコメ短編いかがでしたでしょうか? もし内容の整合性が合ってなかったり使用してる単語の解釈が一致してない場合でも暖かい目で見て下さると嬉しいです……!
よろしければブクマ登録、☆評価、いいね、感想で反応をいただけると泣いて喜びます!!