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遅刻もすればリスケもしちゃう

 メイは突然のけたたましい警報音で目を覚ました。



 ん……だるい…………寝たい……

 なんとか全身の疲労感に逆らい、手を伸ばして通信を受ける。


「おそーい!! はやく起きて、使座堂(アポストリス)に来なさい!!」

「え? え……っと?」

「じょ任式!!」

「あっ…………」


 すっかり忘れていた。

 というか、昨日ショボーが部屋に来て、朝までベッドで……

 だから今日の予定は無いのだろう、と思い込んでいた。


 しかし「昨日のこと」のせいで、身体は汗やら何やらでベタベタになっている。

 重力に負けそうな疲れた身体に鞭打って、急いでシャワーを浴びて、洗濯済みの下着と地味めの上着を身に着けて、髪を適当に()いて。

 ベッドや服の始末は帰ってきてからやるしかない。


 何か忘れてる気がするけど、持参品は特にないはず……





 細やかな装飾に飾られた演壇の上。

 肢体を純白の一枚布で包んだ、有翼の顔のない女体が……正対する黒髪の女の手を取りながら跪いている。


「貴君を、中異界(ナカツイカイ)管理局 管理第九課 課長に任ずる。今後さらなる活躍を期待する……との、主上の御言葉をお預かりいたしました。よって、この場にて貴君へとお伝えいたします」

 有翼無貌の女の姿は、そう言い切ったと同時に淡い黄色の光に変わり、徐々に薄れて消えていった。


「……微力を尽くします」

 黒髪の女は、有翼の女に手を取られ屈んでいた時の体勢のまま、目を閉じて神妙な様子で独り()ちた。



「確かに主上のお言葉が伝えられ、仔はそれを受け入れた。私はその証人です」

「小生モマタ、証人ナリ」

「吾輩も証しますゾ」

 壇上からは遠く離れた下座……三列で前後に着席して女を見上げていた六人の人影のうち……半数が声を上げた。


 つまり、残りの三人は黙っている。

 それを演壇に近い上席からニヤニヤしながら眺めている、銀髪の少女がいた。


伝達使(ローテ)の声にも『ちかい』を返さないなんて、そんなにこの件……不満なのかなあ?」

 銀髪の少女は、壇上……己の近くに立つ黒髪の女、メイにだけ聞こえる程度の小声で、ニヤけた顔のままでささやいた。


 それが原因なのか、黒髪の女は自身の長い髪の奥で一瞬だけ笑みを漏らして……すぐに拳を口に当てて誤魔化した。



 相変わらず、白々しい仕草が好きね。

 すべて貴女の描いた絵でしょうに。


 主要な局の課長級なら……主上からの局内人事に関する下知は、各局長からの要請によってのみ発される……くらいの理解はしているだろう。

 新任の私を除く六人の課長のうち……誓いを述べなかった三人は、十中八九貴女や私へ反感を抱いている。ただ、素直に誓いを述べた三人……彼らも、貴女に心服しているとは限らない。


 あの三人は……おそらく私の力を既に知っている。敵に回したくないから、賛同しておいただけかもしれない。つまり今回の反応は……局長の決定に必ず従う忠義者、という証左にはならない。


 ……まあ、貴女の『鏡眼』なら……その辺りは間違いなく、私よりも正確に感じ取れているだろうけど。

 というか、そういうの面倒くさいし……判断は貴女に任せるわ。



 ……私がそう考えることも、貴女には解っているんでしょう? ねえ、ショボー……いや、アナベル局長?




 黒髪の女は、流れ落ちた自身の髪のベールに隠れる思考を……小さく咳払いすることで打ち消した。

 そうしてから背筋を伸ばし、振り向いて下座へ身体を向ける。その仕草で、女の履く丈の長いスカートがふわりと揺らいだ。


「壇上より失礼いたします、この度第九課課長を拝命したメイと申します。若輩のため至らぬ点が多々あるやもしれませんが、御指導御鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます」

 黒髪の女は、穏やかな声で下座の者達へ語りかける。

 穏やかな声に少し不似合いな、鮮やかな赤い瞳で見下ろしながら。


 緩衝物を介していない赤い瞳は、各人の心の奥底から感情を引き出し、それを更に強める。

 それはこの場に列座する心身ともに強靭な者たちであっても、例外ではない。


「では……以前にも会ってるはずだけど、改めて。私は第一課のエステルです、これからよろしくね」

「ふん……」

「小生トトモニ精勤スベシ」

「あーはいはい、よろしく」

「……………………」

「吾輩の名はペドロ、吾輩のほうこそよろしくお願いしたいものですナ」

 メイの挨拶に対して、立ち上がって反応を返す下座の課長たち……


 長身痩躯にタイトな黒のレザースーツをまとった短髪の女、

 首にも肩にも胸にもはち切れんばかりの筋骨を鍛え上げた獰猛な顔つきの男、

 短髪女の膝上ほどの背丈しかない緑色の人形のような生物、

 筋骨隆々の男に隠れてほとんど見えないあれとそれ、 

 マッシュに整えた青い髪と白い顔とを併せて真球のような頭の形を見せる太った丸眼鏡の男……


 彼らはそれぞれの多彩な容姿にも似た、多様な態度を取っていた。



「それはそうと……アナベル局長、一点ご説明いただきたいのですが」

 一通り言葉を交わしたのち……エステルと名乗った長身の女が他の課長たちを制するようにしながら上席へ呼びかける。

 そこで一人座っている銀髪の少女は、退屈そうに足をぶらぶら遊ばせていた。


「それ、説明しなきゃだめ?」

 赤い瞳が、局長の面倒くさそうな物言いを捉える。


 赤い瞳。

 周囲の者が瞳の持ち主に対して抱く、最も強い感情……それらを増幅させる、魔力めいた異能の瞳。

 ある者は愛欲を、ある者は嫉妬と焦りを、ある者は……



「早く帰って休みたいんだけどなー」

「ここにいる幹部にくらいは説明すべきだと考えるが。説明できるのであれば、な」

 口髭を反り返らせた筋骨隆々の男は、空を見上げて皮肉で気取った言葉を吐きながら……眉を釣り上げ目を剥いて、顔をゆがめている。


 少女は大げさに溜息をついてから立ち上がる。


「どっか会議室おさえる? それとも今すぐがいい?」

「局長のご意向にお任せします」



 あ、そういえば目……慌ててたから、カラコン着けるの忘れてたかな。今更だしまあいいか。


 目立つ動きはせずにやり取りを聞いている……と、ふとそれを思い出した。


 赤い瞳、メイが『赤鬼』と綽名(あだな)される所以。


 しかしその効果のほどは、メイ本人にもおぼろげにしか解っていない。

 『礎界(そかい)』に居るときもなるべくカラコンで瞳の色を隠すようにしてから、以前ほどあからさまな悪意を向けられたり、人に忌避されたりすることが減った……とは認識しているが。


 メイを除くこの場の全員が、何らかの感情を強調されている。

 ある者は誰かへの思慕を、ある者は強い憤怒を、ある者は連帯感を…



「じゃあさっさと話そうか、何をききたいの?」

 銀髪の少女……局長は煩わしさを隠さない。


「新設の課、なぜ第七課ではなく第九課と呼ぶのですか? それは些細なことだとしても、なぜその長に彼女を選ばれたのですか? 私の第一課はもちろん、第二課や第三課にも小隊の指揮経験豊富な古強者が何人もいるはずです。彼らでなく、彼女を選んだ理由は?」

 エステルは一息に、よどみなく質問を言い切った。

 その様子は、彼女の外見も相まって知的なイメージを持たせる。


「あー、かんたんに言うと……第九課はいままでの六課とは違った仕事をするための課。だから分けてみたの。それと第九課は、基本ひとりで仕事するメンバーのための課。だから指揮とかどうでもいいの」

 局長はやはり面倒くさそうに、そして簡潔に答えた。


「わかった?」

「ご教示ありがとうございます、局長。なるほどそういう理由であれば納得できます」

 エステルは深々と頭を下げた。下向いた顔で、メイを横目に見ながら。


「……いいのか?」

 顔を上げたエステルは横で呟いた男に目線を向けて、その側の口角を上げて見せていた。

 その様子をチラリと見ながら、態度には出さない。メイも、局長も。


「じゃあ解散かな、みんなごくろーさま」

 よほど面倒くさいと感じているのだろうか、局長は早々に解散を促し、真っ先に退室した。



「ん、吾輩の仕事は言うほど他課と同じ……ですかナ……?」

 青髪の丸い男が何か腑に落ちないという様子で呟き考え込むのを、他の誰も気に留めることなく順次立ち去っていく。


「……まあ実害はない……ですかナ」




 メイは自室の出入り口まで戻ってきた。

 次の仕事のため、明日には異界へ発つつもりでいたから寄り道もしていない。


 課長と呼ばれるようになった……といっても、部下が付いたわけでもなければ具体的に何かが変わったわけでもない。今回は立ち位置が定まったというだけだろう。

 だから、今日することにも変わりはない。

 部屋を片付けたら、備品のチェックをして……


 と、ドアを開けようとしたメイに衝撃。


「どーん!!」

 足音が聞こえて振り向いたときには、間近に銀髪が迫っていた。

 

「どうしたの、いきなり!?」

「あいたかったー」

 胸に顔を埋めており顔は見えないが、この声は間違いなくショボー。

 ……彼女の他に、こんなイタズラをする友人や知人はいないが。


「ちょっと待ちなさい、だいたい、こんなとこでくっついてたら……」

 他人に見られてしまう。


 二人の関係を、既に薄々勘付いている者もいるらしいことは把握している。

 しかしそれは、決定的な証拠を誰かに掴ませてよいという理由にはならない。


 しかしショボー……いやここではまだ、アナベル局長と呼ぶべきか……は、メイから離れようとしない。

 引きはがそうにも、公共・共有空間では……少し力加減を誤れば、彼女に大怪我をさせてしまうおそれがある。

 上司と部下の関係ではあるが、個人の武力としては……この二人にはそれだけの差がある。


 メイは仕方なく、彼女を引っ付けたまま部屋に入った。



「あいたかったー」

 部屋に入っても、離れる様子はない。


「いや、昨日会ったばかりじゃないの」

「こういうのはリクツじゃないのよ、頭の固いおねえさん」


 と、メイは早々にベッドへ押し倒されていた。




 異界への出発はもう一日延期された。

毎日投稿してる人、凄すぎる……

ここまでは下書きを準備してたのですが、それでも微修正など必要で……今のぼくにはできない。

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