発変
「これも、特に怪しい発言はなし、と……」
「今のところ報告事項はない……」
メイとマリエは、通信棟で各課の会合記録をあさっていた。
メイは現状で、局長に顔見せ……帰還の挨拶もせず中央棟から離れることを不安に感じていた。しかし局長自身の指示とあらば相応の理由、根拠がなければ拒否できない。
実際には、そもそも拒絶すらできなかったが。局長へ連絡する時間も取れないままマリエに手を引かれ、通信棟まで連れていかれてしまったから。
マリエって意外と強引なタイプ? まあそれはいいや。
さっさと用を済ませて、早く戻りたいな。
なんとなく心配だけど、そうでなくても早く逢いたいし。
……何もなければいいんだけど。
微かな懸念と、純粋に局長と逢いたいという想いがメイを少し焦らせる。
ただ、局長はある程度──相手次第ではほぼ全て、その眼に捉えた人物の心を読める。だから少なくとも、内乱などの人為的なトラブルは心配しなくてもいい、と考えるのが自然ではあるのだが……
正直なところ、調査にはあまり身が入らなかった。
「第二課も、さすがにそんなヘマはしてないか……」
メイはそれほど集中できてはいなかったが、何の手がかりも無さそうなことは把握できている。
「第二課の課長……そんなバカじゃない」
「だよね〜、ちょっと休憩しない?」
「しない。私はともかく、課長が怠けちゃいけない」
と、打ち解けた二人らしい雑談をしながら解析を続けていると…………
遠くで何かが光ったのか、遮光カーテン越しに窓が明滅した。
遅れて微かな低音が、次に弱い振動が室内に届いた。
「なんか……揺れた? 工事とかしてるのかな?」
「私は知らない、案内はもらっていない。内密の案件を調べる権限もない」
「そっか、ありがと」
メイはマリエに返事したところで、伝言メッセージが届いたのに気付いた。
気付いたが、作業にひと区切り付いたところで読めばいいだろうと考えて……棚に入った記録媒体のケースへ手を伸ばした。
そのとき。
先よりも強く強く、遮光カーテンを容易に貫く輝きが窓を照らした!
のち、耳をつんざくような爆音、窓や外壁をきしませるほどの激しい揺れが通信棟を襲い……
加えて、少しの熱が室内まで滲んできた。
「これは、爆発!?」
それも相当な規模の。
…………まさか。
メイは最悪の事態を想像してしまい、すぐに全身に粘っこい冷や汗が浮かんだような感覚をおぼえた。
「確かめなきゃ! とりあえず外にっ」
連れて、髪の先まで粟立つような寒気を感じて……メイは振り向きざま出口へと駆け出した。
しかし駆け出して数歩、腹の奥に硬い何かが突き込まれていた!
「ゔゔっえ゛ッ……あ゛ッ!?」
完全に不意をつかれた一撃に心身がこわばる。追撃に抉りこむような押し込み。
そこへ意識を全て集中させるかのような猛烈な圧痛に、メイは思わず顔をゆがめ……膝をついてしまう。
い゛、っだい゛っ……ヤバ、くるじっ……
だ、誰……? ここには、マリエしか……
無意識に両手で腹を庇いながら目を見開いたメイの前には、やはり……拳を握ったマリエしかいない。
なんであんたが、冗談のつもり!?
と叫んだ気がしたが、声が出ていない。それでも……メイは声が出ないまま立ち上がり、マリエの肩を掴んで押し退けようと
「ぶぐッ」
ドスン、とまた腹へ打撃。
「え゛っ、あ゛……」
ドボン、と二連撃を受ける。
今度は前へ走る力がカウンターとならない分、力が抜けるほどの苦痛は感じていないが……肩を掴む手が震える。
「な、なん……でえ゛っ!? ぐッ……」
絞り出したようなメイの声に、力強い膝蹴りで返すマリエ。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
そんなマリエの声は、その動きにはまるで不似合いな……今にも泣き出しそうな声。
「ごめんなさい……貴女のために、ここから出すなと言われている」
「私の? だ、誰に……ゔぁ!? っ……」
私のために? マリエが従うような相手?
メイは再び膝蹴りを突き上げられ、激しい苦痛で自分の膝が折れそうになるのを必死に堪える。
先ほどまでとは違い、防御を意識できる分……打撃を受けても一撃あたりのダメージは少ない。
とはいえ弱りきった上腹への追撃とダメージの蓄積は、十二分にメイの身体と思考をかき乱す。
私のほかに、そんな相手……誰がいる?
想像つかない……あ、ヤバ気持ち悪……のぼって来てる……
「げっ、けほッ……誰が、そんなこと……」
「……局長に」
メイの口から考えなくこぼれた言葉にかぶさったのは、マリエの切実な声だった。
……局長に?
局長が? そんなことを? 局長が? なぜ?
メイはどうしようもなく、嫌な予感に支配された。
ダメだ、早く行かなければ。
早く、早く彼女のところへ行かなければ。
どんな経緯でそうなるかはわからないが、彼女に二度と会えなくなる……という直感が、全身から浮かび上がる。
まったく根拠はないはずのその直感を、ほんの少し疑うこともできない。
あの子に……嫌だ。そんなの嫌だ。
私は、あの子のために、あの子がいるから、あの子の管理局だから……ここに……
行かなきゃ。
理由は知らない。けど行かなきゃ。
私は、そのために、ここにいるのだから。
行かなきゃ。
「……どきなさい」
ギシリ、とマリエの肩が歪む音がした。
メイの手の、そこを掴む力が急激に高まっていく。
「い、嫌、ごめんなさい、できない」
今や、マリエが震わせているのは声だけではなかった。
握り潰されそうな両肩の痛みで震えている。
相当なダメージを与えたはずなのに轟々と湧き起こってきた、メイの心身の力を感じて震えている。
メイの真っ赤に燃えたような、今にも熱線で刺し貫いてきそうな紅い瞳に射抜かれて震えている。
恐怖で全身──メイを掴む手が、正対する身体が、立ち塞がる脚が、合わせた視線が、そらした視線が……震えている。
「どいて!」
「だめ……そういう指示、なのだろうから、できない」
もしかしたらマリエは、局長の指示に何らかの意図があると察しているのかもしれない。
しかし今のメイに、それを慮れるほどの余裕などない。
「じゃあどかす!!」
メイはマリエを押し退けようと脚を開き、踏み込もうとする……
マリエは踏み込みの直前を狙い、無防備な下腹部へ爪先を蹴り上げて……
「くっ」
マリエの狙い通り、硬い靴の爪先がメイの下腹部の骨に直撃した!
「ぬああああッ!!」
しかし、しっかりと当たり手応えを返してきたはずのそれは、僅かにもメイを止められなかった。
片足立ちとなったマリエはろくにメイを押し返せず、背を壁に叩きつけられる!
「私は、局長を護るのッ!!」
目を見開き、顔を火照らせながら怒鳴るメイの紅い瞳の端から……大粒の涙が溢れていた。
「止めないで!!」
「つっ……」
突撃を受けとめた壁は大きくひび割れ、周りに破片を落とす。
「わかった、もう止めない……止められそうにもない」
壁に叩きつけられたマリエは、唇を揺らめかせながら諦めの言葉をこぼして……弱々しくうなだれる。
そんなマリエの青い瞳の端からも、涙が浮かんで……かさを増しながら流れ落ちた。
足元に落ちた壁の破片を、こぼれた涙の泉が溺れさせるように。
メイは壁にもたれたままのマリエから手を離し、背を向けた。
「私になにかあったら、あとは任せるから」
「けれど、さっきの爆音は」
「言わないで」
もう間に合わないかもしれない。
それでも、行かなければ。
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メイは強く、強く局長のことを想っている。
そこに私はいない。もしいたとしても、比べたら……比べることもできないほど、ほんのわずかにしかいないのだろう。
いつか私も、局長と同じくらい……いや、せめて比べられるくらいには大事な人だと……思われたい。
私はできるだけ、貴女のために動くから。




