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日常へ、一歩一歩

「んんっ!? まッ……てめ…………」

 足元から追加で伸びてきた配線の先を女の横顔に取り付けると……そこから流された電流が(まぶた)の筋肉を硬直させ、女の目を見開かせた。


 強引に目を開けさせることで虹彩認識によるプロテクトを突破して、女の通信端末に届いていた未読の連絡事項を盗み見る。

 そこには、未読の情報がいくつか……『白環球』なる乳白色の球体(スフィア)の破壊について、関与が疑われる管理官(キュレイター)の殺害を第一とする依頼内容の変更とその標的……メイについてのわずかな言及が。


『強大な武力を備えている可能性が高い。余計なことは考えず全力で殺しにかかれ』



 いや、それだけ? もうちょっとこう、何というか……扱い悪くない?

 そんなアドバイスだけで死地に向かわせるとか、これじゃ捨て駒みたいじゃない。


主人(マスター)、報告してもよいでしょうか?」

 軽く困惑していたメイの思考へ、ヴィネアの声が届く。


「この文字情報は、公衆デバイスから送信されているようです。それも何重にも匿名中継点(プロクシ)を経由させていますね。プロテクトを無効化して『礎界(そかい)』へ持って帰れば、発信源の公衆デバイスと発信時期、同時期の監視映像を洗い出せると考えられます」

 気付くといつの間にか、端末にも配線が繋がれていた。



 一応、プロテクト無効化はしておくとして……発信元の特定までは、しなくてもいいかな。

 それほど入念な手配をしている者が、公衆デバイスへのアクセス作業なんかで尻尾を出すとも考えにくい。

 どこかで通信手に圧縮ファイルを渡しつつ指示を出して、ファイルの詳細を知らせずに送らせた可能性が高いだろう。そんな気がする。

 通信手への口止めもできている、と考えてよさそう。


「それよりも、可能ならだけど……この指示様式、文言を多用する管理局の……課か役職者を、予測できないかな?」


 電子記録はある程度まで取り(つくろ)える。だが文章や文書を作る際の手クセ、多用しがちな単語といった方向には案外気が回らないものだ。

 メイはそのことをなんとなく、経験から学んでいる。

 たとえば、研修中……同期のレポートを半分くらい代筆したのがバレかけたとき、とか。



主人(マスター)、私はあくまで『保育館(ここ)』の環境構築・維持防衛を担う存在です……ですので解析、予測のためのデータを持っていませんし、局内各部署の資料にアクセスする権限もありません」

「そりゃそっか」


 だめか、しかたない。

 メイは残念そうにため息を()いた、そのとき……どこかから視線を感じたような、そんな気がした。

 侵入者の女以外には誰もいないはずのこの部屋で、侵入者のそれとは明らかに別の視線、暖かい何かが寄り添うような視線を。


「だからもし、帰還後に、主人(マスター)から関連資料をインポートしていただけるなら……」

 ヴィネアの声が、なぜか少し近いように感じる。


「文字情報の解析は専門外ですからあまり高精度な解析、予測はできないと考えられますが……主人(マスター)のご希望なら、なんとかします」

 ヴィネアの申し出が、とても心強いように感じる。


「助かるわ。いつもありがとう、ヴィネア」

「はい! 頑張りま……っと、あ……これは……」

 可憐な声で気持ちのいい返事をしたはずのヴィネアだったが、すぐに言葉を詰まらせていた。



「すみませんが主人(マスター)、別の報告が必要になってしまいました」

「どうしたの?」

「数秒前ですが、急に人為的な光波長への干渉が止まりました。(カリナ)中央帯の回廊を彷徨(さまよ)っていた侵入者が光学迷彩の使用をやめたものと判断し、画像をお送りしようとしたら……」

 メイの視覚の端に、床に散らばった手足や肉、なにかの破片など……が映っていた。


「あっ申し訳ありません、未処理でした……」

「問題ないわ」

 銃撃戦も白兵戦も、人並み以上には経験している。そんなメイには、悲惨なバラバラ死体といっても……要らぬ心配であろう。


「既に生体反応はありません。意図したものか、事故なのかは不明ですが……体幹近くでの爆発により死亡したものと考えられます」

「画像で見た感じ、激しい爆発みたいね……装備品の回収もムリそう」

 エネルギー不足か、食料不足か……回廊内で迷ったまま万策尽きて、身元を知られぬ形で自害した……という可能性も考えられた。


「そうですね、これほどの損傷では期待できません……あ、そうそう床面や壁面に損傷があれば、修理費を請求しておきますね」

「ハァ……何ともないといいんだけど」

 しかし実際メイにとっては、修理費よりも……『保育館(ここ)』で迎え撃ち無力化した、または死亡した侵入者達についてこれ以上の情報が得られそうにないことが問題であった。



 しかたない、帰るか。

 とりあえずこの異界でできることは全て終わらせたし、『礎界』へ帰れば……調査の合間に酒が飲める。

 局長(ショボー)にだって逢える。


 生き残った侵入者(この女)の扱いは……そんなの後で決めればいいや。今は監獄空間(ジェイルハウス)に留めておこう。


 ……早く帰って、局長に逢おう。仕事の話とか、二人であれこれ話そう。



「ヴィネア、貴女を採用して……本当に良かった。ありがとう、今回はそろそろ帰りましょうか」

 メイは『保育館』を引き払い、『礎界』へ帰ることにした。


「了解いたしました、こちらこそありがとうございました。お役に立てたようで幸いです、主人(マスター)



「……ところで、何をニヤニヤしているんですか?」

 直前に礼を述べてくれた時点での優しい声とは真逆の、トゲトゲしさを隠せていない尖った声がメイを問いただす。


 いろいろと顔に出ていたらしい。

 それを容易く察するヴィネアに内心驚きつつ、メイは『礎界』へ帰還する……

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