面倒ごとを、ひとつひとつ
服を縫えない、か……ということは、倉庫にあるらしいソーイングセットって縫製機ではなく、手縫い道具のことか。
それじゃヴィネアには無理なのも当然。けど、私もそんなの自信ないぞ……困った。
メイは前襟から縦に半分ほど裂けてしまったブラウスと、そこから外の世界へ飛び出した自身の胸を見下ろして……
とりあえず誰もいないし……あとでいいか。
と、意識を切り替える。
まずはこの帽子の処理……念のため、くっつけないようにしておいて……どうしよう? 燃やしてみるか? もっかい破るか?
いや、ここは頼れる筋から意見をもらってみよう。
「ヴィネア、これの処理どうしようか? てのと、いったん寝室に戻してくれる?」
「承知いたしました、主人。まずは寝室に転移します、その物体については移動中に解析してみますね」
足元に通用口が開いたのか、フッと身体が落ちるような感覚に襲われ……メイは静かに目を閉じて身を任せる。
「ありがとう」
寝室に着いて近くの椅子へ腰かけたメイに、早速ヴィネアからの案内が届く。
「取り急ぎ、薔薇分光による簡易分析を行いました。組成としては有機物が多いようですが、数種の希金属が多量に混じった繊維状の構造物が張り巡らされています」
希金属、単純な生物じゃない……そりゃそうか。
メイは左右に持った布切れを強く摘みながら説明に耳を傾けていた。
「主人の馬鹿力ですら引き裂くのに苦労したのは、内部の繊維状物質により高い弾性を得……」
「バカ力て……」
馬鹿力と、そうはっきり言われると……少し引っかかってしまう。
メイはつい口を挟んでしまった。
「なにか?」
ヴィネアの態度には、まだ少し苛立ちがこもっているように思える。
「あ、ごめんそれはいいけど、これの処分方法を考えてほしいの。あまり油断できない代物のような気がするから」
「この物体から、襲撃に関する情報を得なくてもよろしいですか?」
と、ヴィネアは帽子型の物体……侵入者から情報を得られない点に懸念を示すが、メイは感覚的にこの物体を危険視していた。
「情報は、もう一人から引き出せば十分でしょう。こっちは早めに処分したいの」
「承知いたしました、主人。では……強熱酸化または酸処理したのち、物理的に破砕するのはいかがでしょうか?」
……どうにも難しそうなことを言う。
「酸処理って……薬品の当てがあるの? なんか面倒だから焼いちゃおっか」
「そうですね……提案してはみましたが、強熱するほうが手軽です」
メイは二つの鉄鍋に切れ端片方ずつを入れて蓋をし、一方を電熱調理器の最大出力で加熱……料理とはかけ離れた高温で焼き焦がしてやった。
それを一旦冷ましてから、鍋の中に手を突っ込んで握り潰そうと
「主人待ってください! せめて生体反応と化学組成を確認してから……」
ヴィネアに止められた。
「提案したからには、化学組成上強熱しても問題ないと予測してるんでしょう?」
「それはそうですが、万が一ということもあります」
「私は貴女を信頼しているから、大丈夫だと思うけどな」
それ以上ヴィネアからの言葉はなかった。
メイは熱処理済みの鉄鍋に手を入れて、中の焦げ臭い塊を叩いたり握り潰したり、こね回したりしてみる。
手応えはあまりないが、続けていると何となく鍋の中身が細かく、粉っぽくなってきた。
「ところで、主人……もう一人の侵入者はどう扱いますか?」
一旦手を抜いて、手に付いた粉を洗い流してから……もう一つの鉄鍋を電熱調理器にかけたところで、またヴィネアに声をかけられた。
「今は監獄空間に閉じ込めてくれてるのよね?」
確か、両手首と右膝を折ってから……確保したはず。
「はい、しかし数箇所の粉砕骨折と膝の脱臼を治療されないまま苦しんでいます。あまり長く放置しておくと……」
「『管理憲章』に引っかかるかも、と?」
「いえ、装備品や主人への態度からあの侵入者は現地人ではない、『礎界』から来た者だと考えます。その心配はないでしょう」
そう、あの二人は……いや、少なくとも帽子のほうはメイが管理官だと知っていた。
だから、異界で管理官に対し不当な妨害を仕掛けてきた……業務執行妨害者を威力排除したものとして処理できる。『管理憲章』ほか規則的な問題はないはずだとメイは考えている。
「私の懸念は、侵入者が苦痛から精神を病んでしまい正確な情報を得られなくなるおそれがあることです」
……正直なところ、メイにはその発想はなかった。
そこそこに場数を踏んだ、そこそこには戦える戦闘要員らしき女だった。そのため、そんな軟弱者ではないだろうと思っていた。
「なるほどね……気づかなかった、じゃあ鎮痛剤でも打っといてくれる?」
「承知いたしました、主人」
「ありがとね、ヴィネア。それと少し休むわ、三時間後に起こして」
メイはヴィネアに礼を言ってから、一人ベッドに飛びこんだ。
……仮眠していたメイは、ヴィネアに起こされるよりも少し早く目を覚ましていた。
そろそろブラウスの破れを直しとこうか。これ以上破れが広がって、縦に裂けてしまっても困る。
「ヴィネア、おはよう。光学迷彩の使用者は、まだ捕捉できてる?」
「おはようございます、主人。問題ありません、今もC中央帯の回廊を彷徨っているようです」
「わかった、じゃあとりあえず……ソーイングセットを探すから、手伝って」
メイはヴィネアの案内により問題なく倉庫からソーイングセットを持ち出し、ブラウスの破れを縫い直そうとする……が。
「主人、糸が針に通っていません」
「違います主人、そこじゃなく先に右側と奥を」
「あっ主人、その針はマチ針です! 抜いてはいけ……ああ…………」
何度も何度も失敗し、その度にヴィネアからダメ出しを受け、多大なストレスを溜めながら……
メイは何とかブラウスを補修することができた。かなり不格好ではあるものの。
メイは休憩がてら食事を取るも、保育館では酒が飲めない。イライラを募らせたまま女侵入者のもとを訪ねた。
「窮屈なとこでお待たせしてごめんね、そろそろ尋問のお時間にしましょうか?」
メイの手には、帽子の切れ端を入れた鉄鍋が一つ。