蘇っても、結局は
がらくたが一つ、頭上からポロリと落ちてきた。
「人の家でこんな物騒なもの、使わないでくれる?」
女の額に脂汗が大量に、滴がシワの寄った眉間や横顔を伝ってポタポタと落ちていった。
「ゔあ、あ、あ゛……っ」
女の、少し後ずさりしながらこぼした呻き声からは……メイの言葉に反応した様子は見られない。
メイは女の意識が折られた手首に向いていると察したが、
「っ、うらァッ!?」
女は足を止め、果敢に左足を蹴り上げてきた!
それはメイの脇腹あたりに向かって、斜めに伸びてくる……
が、遅かった。
メイは既に、女の膝を狙って押し込むような前蹴りを出していた。
折り悪く、女の全体重を支える格好になった右膝へ逆向きの力が加えられ……先ほどの音とは異なる気味の悪さを伴った、何かを圧し潰すような低い音が響く!
「脚クセも悪いの? 困った人」
「うぁ゛っ、わっ!?」
女の身体が、蹴られた側の膝からガクリと崩れた。
「シャル!?」
しかし間を置かず帽子の大男が女に飛びつき、倒れこまないように身体を持ち上げて横へ跳んだ。
「大丈夫、シャル?」
「うぐっ、く、クソっ……何やってんだよ、アタシの心配するヒマあったらあいつを」
「そうはいかないよ、やだよそんなの」
一人では立てないか。それは好都合だけど……もう一人は多分邪魔だ。できれば捕らえたくない。
「離れろ!」
メイは二人の間に割り込むような飛び蹴りを放つ!
「チッ!」
「えっちょっと!?」
二人の様子はどこかちぐはぐなようであったが、ともあれメイは首尾よく二人を引きはがすことに成功した。
「ヴィネア、お説教は後で聞くから……今はよろしくね」
手首と膝を折られ自力で立ち上がれない女と、帽子の大男との間に割り込んだメイは女に掌を向けながら……『保育館』内のギミックを作動させる。
「Rock, rock, jailhouse lock!」
音もなく床が迫り上がり、女を包み込んで消えた。
よし、抵抗者一名、確保完了。
さて、もう一人は……よく分からないし扱いめんどくさそうだし、捕まえるのはリスク高そう。
だから、余計なことは考えずに殺ってしまおう。
「シャルをドコに隠した?」
「私は貴方が誰か知りません。それに貴方の目的も知りませんが……貴方は、私が異界管理局の管理官であることを知っていますね?」
「……だったら?」
「私には、貴方がたを排除する権限がある」
「ボクにも、シャルを取り戻す必要がある」
「悪いけど、交渉の余地はないの」
メイは大男と二人だけになった回廊の一角で、拳を握り身構える。
銃は使わない。彼女が悲しむから。
他に武器は持たない。そもそも用意していないから。
あっしまった、熱刃はまだ壊さずに取り上げたほうが良かったんじゃ……
こいつを叩っ斬るのに使えば良かった。失敗。
まあ壊しちゃったものはしかたない、なんとか素手で殺ろう。
打撃力はそこそこ……そこそこ程度でしかない。素手でも警戒を解かなければ大丈夫。
問題は……ターゲットはこの大男ではなく、こいつの本体を叩く必要があるということ。
多分帽子なのだろうけど、確証はない。とりあえず試してみるしかない。
「おおおッ!」
大男はメイに素早く、力強く突進してきた!
そしてまっすぐに拳を突き出す!
メイはそれを躱しながら、喉を狙ったカウンターを突き返す!
「ぐェッッ」
大男がよろめいたのを逃さず、メイは人中、顎先、喉笛、鳩尾……正中線上、数箇所の急所へ打撃を加えてみる。
……喉への打突は効いたらしい、全般的に硬い気はするが身体の構造そのものは一般的な人型と同じ可能性が高い……
最後に下腹部への蹴りを見舞って、メイは後ろへ跳んだ。
大男は両膝を地に付き、膝立ちの態勢で背を丸めて震えている。
……よし、ダメージがあるうちに後方へ……
メイは軽やかに大男の背後を取り、頭上の帽子へ手をかけ剥ぎ取ろうとした。
……が、身体に密着しているかのようでなかなか脱がせられない。
「んくっ」
無理やり剥ぎ取ろうとメイが両手に力をこめた直後、鳩尾に大男の肘が打ち込まれていた!
「っ……このっ……!」
肘打ちのダメージは小さかったが、メイは苛立ちを覚えて……すぐさま大男の首に腕を絡めた。
そして躊躇なく絞り上げながら、空いた手で頭を捩じる!
首が折れたからか、窒息したからかは分からないが……やがて大男の動きは止まった。
メイは改めて帽子へ手をやると、帽子は指先が触れただけでくるりと翻り、足元へ落ちた。
そうか、頭の下が元気なうちは取れないのか。だからさっきも、頭の下が致命傷を受けていたから……帽子だけをここへ持って来られたのか。
メイは帽子を拾い上げ、それを破壊する方法を考える。
しかしあまり時間をかけると、また帽子の下に人型が生まれてしまうだろう。猶予は少ない。
「ふんぬっ……!!」
メイはあれこれ悩もうとしたが、焦りからか……気付いたときには手で帽子を引き裂こうとしていた。
しかしそう簡単に破れるものではない。
「くっ、くくッ…………!!」
だが急がなければ、また殺し直しかもしれない。
メイは全力をこめて、顔を紅潮させながら帽子を捻る……!
ビッビリ、ビリビリビリ……っ…………
……なぜか二箇所から、布の破れる音がした。
確かに帽子はまっぷたつに引き裂けた。あと一つ、何が破れたのか……?
帽子が二つに破れたのを確かめて、ふう……と脱力し一息吐いたメイの視界の下で、胸元がはだけていた。
「えっ……? なんで」
なぜここが破れたのかはよく分からないが、現に破れていた。
「ヴィネア、着替えって……あったかな?」
困ったときは頼れる相手に相談するのが一番だ、とメイはヴィネアへ問いかける。
「現時点で、上着の替えはありません。ソーイングセットなら倉庫のどこかにあるはずですが……」
「……補修、お願いできる?」
「申し訳ありませんが、主人の服を縫うことは私にはできません」