接敵を必然とするために
「ゔぁっ、ぐ……」
思わず呻き声を漏らした。
三か所を刺し貫かれた痛みと熱さで。
また体勢を崩してもいた。
腿を貫かれたことで一瞬力が抜けて。
しかし、おそらく致命傷ではない。脇腹の傷もかなり外側のもので、主要な血管を傷つけたとは考えにくい。
い、痛あ……
冷や汗と脂汗の混じった水滴を頬に伝わせながら、メイは立て直しを図る。
まずは狙撃を受けた方向を意識……件の球体に背を向けた。
力が入った腿と脇腹の痛みが強まる。だがそんなことには構っていられない……メイは歯を食いしばり、急ぎ防御機構を展開する。
やられた、けどこれなら……ラッキーだったと喜ぶべきか。
ほぼ無防備な、全く無警戒の状態で狙撃されたのに、即死どころか致命傷、重傷を負ったわけでもないのだから。
敵さん、腕はあまり良くないのかな。とりあえず死なずにすんだし助かった。痛いけど。
メイは手際よく、次の射撃を受けるより早く守りを固めた。
その最中にも傷は痛んだが……動作や感覚に鈍りはなく、また出血も少なかった。
うん、やはり深手じゃない。このくらいなら敵に集中できそう。
この敵……管理局の関係者か、それともこの異界の所有権者の私兵か?
この異界の別の星から来た、管理局が把握していない高度な文明を持つヒトという可能性も……無いわけじゃないけど、それが存在して、また私を殺そうとしている……というのは考えにくいだろう。
私の存在、立場を知り、居場所を知って話も聞かずに殺そうとしてきた……となると、管理局の関係者って可能性のほうが高いか。
と考えれば、これで……向こうの狙撃銃が、一般的な出力と射出粒子集密能力のものなら……防壁を前方に集中すれば、貫かれることはないはず。
もし出力調整されてない試作品だったり、特級任務用の特殊兵装だったりしたらやられるかもしれないけど……そんなものを持ち出せる相手だとしたら、立場の割にずいぶん腕が悪い。その線は心配しなくていい気がする。
だから多分、これで守りは大丈夫だろうけど……こちらから反撃する術がない。どうしようか?
メイは敵の立場を予測しつつ、追撃を待ち構えながら様子を見る……が……熱線は一本も飛んでこない。
メイはそれに違和感を覚えて、防壁を維持しつつ辺りを見回してみる。すると十数歩先で、青い髪の人影……『遣体』と思われる元牧師が仰向けに倒れ、辺りに赤い血を流しているのが見えた。
ならず者達の声からして、奴らの弾は効いていなかったはず。ということは、私と同じように狙撃された?
て、あれ……少しも動いていない?
まずい、すぐ手当てしなきゃ……ダメそうなら、肉体の死が霊体や精体に影響しないうちに手早く処理を……!
メイは倒れている元牧師……『遣体』に駆け寄り、怪我の具合を確かめようとした。
すると元牧師の身体には胸と腹に一箇所ずつ、穴……そのどちらも、絶え間なく鮮血が湧き出る泉のようで。
またそこから流れ出る血は染料のように、『遣体』の肌と周りの砂を赤黒く染めていた。
こ、これは……まずは止血キットかな……あ、あれどこに入れてたっけ!?
これは違う、それか、あ、いやどっちだっけしまったこっちじゃない……
メイは応急手当セットを使う機会が少ないせいか、準備に少し手間取ってしまった。
不慣れな器具を区分しきれずに辺りを散らかしながら、どうにか目当てのキットを取り出した。
しかし今度は、止血シートが元牧師の肌にしっかり貼り付いてくれない。
あれ、くっつかない?
なんで!? 湿式だから、血でかんたんに固まって体にくっつくはずなのに!?
もしかして体液の組成が違うとか、そういう問題? いやそんなことある?
でも、だとしても体液を失うのが体に良いはずないし、とりあえず押さえて止血するしかない! あ、背中側も押さえないと……
メイは左手を背中に回そうと伸ばしつつ、右手の指を立てて力を込め……止血シートが『遣体』の射創部から滑り落ちそうになるのを懸命にこらえようとした。
しかし、『遣体』の身体を強く掴もうと、押さえようとすると……そこから生命の、熱の無さ……それらは既に失われたことが伝わってくる。
その冷たさは、メイの思考をも冷静にさせる。
これはダメだ。仕方ない、少しでも早く霊体と精体を回収して、識死汚染を避ける……
メイはそれまでにこの異界の人々へ見せていた、リボルバー式拳銃型の装備を慣れた手付きで取り出す。
そして装填されている暗緑色の石弾を『遣体』、元牧師の頭に迷いなく撃ち込んだ。
さて、この身体はもう動かない。ここに置いていくには若干風変わりだが大した問題でも……いや、後で考えよう。
ともあれ、回収成功……と。
もしこれが敵の狙いであれば……『遣体』が狙撃され、殺害されたということになる。
さっきも思ったけど、この異界の宇宙のどこかに管理局が把握していない、高度な文明を持つヒトがいた……という可能性も無いわけではない。けどこうなると、それはほぼあり得ないはず。もしそういう存在が『遣体』や管理局の介入に興味を持ったのなら、私はまだしも『遣体』と接触もせずに殺すというのはつじつまが合わない。
あれ、そもそも……向こうの狙いは、もしかして私じゃない……のか?
と、ここで再び熱線がメイの近くで走った!
メイはハッと目線を上げた、しかし熱線はメイや元牧師の遺体ではなく乳白色の球体へ放たれていた!
どこからか飛来した二本の熱線は球体の表面を焦がしながら侵し、やがて球体内部へ届いたらしい。バチバチと弾けるような音と、金気混じりの焦げたような臭いが辺りにたちこめた。
それは、この異界この星には存在しないはずの、機械が焼ける音と臭い。
これは……私よりも介入の証拠を先に消したい、ということ?
それにしても疑問はあるけど、それなら……
ひらめきを得たメイの後で、乳白色の球体が燃えだしていた。
メイは急ぎ球体の火を消してから前方、球体と敵の射線の間に割り込んだ。そうしてから、独り言を囁いて手元の異次元に小部屋を創出する!
「Welcome to …… "incubation motel" annex!」
さ、ここでしばらく籠城……お客さんが来るのを待ってみようか。