けだものとエモノ
「メイが言うならかっこいい……かもしれない」
「いや無いわイミフすぎっしょ」
女二人の、対称的な感想。
「ミハタタなんとか……てのは、呪文的なアレなん?」
「よく分かんない。けど何となく好き」
メイは、おぼろげに……あれは誰かが使っていたセリフなのだろう、という印象を持っている。しかし、それを戦闘に臨む際のセリフとして使うのが正しいのか、そうでないのかは分からない。
「あ、そう言えば……私たまにそんなんなっちゃうから、ちょっと心配になってさ」
メイは空になっていたグラスに、また発泡性の飲み物を手酌で注ぐ。
「前に医療係に相談してみたんだけど……そんときは『識見外挿』の副作用だろ、って軽く言われちゃった」
局長と個人的に仲良くなったばかりの頃、ある言葉で彼女をヘコませてしまった。それ以来、局長と二人きりのときは……決して彼女を本名で呼ばないことになっている。
それだけ深く傷付けてしまったらしい、あの頃のことを思い出す。
メイの意識がそのことへ向いている中……他の二人は会話で盛り上がっていた。
「メイやんの話マ? もうアレ申請すんのやめよっかなあ……これじゃメイやん変になっちゃった系じゃん」
「大丈夫、メイならまだしも……レイナなら大して変わりはない……」
「えっちょっ!? それウケるけど……若干ヒドくない?」
レイナは器用にも、目に涙を浮かべながら笑っている。
「同期でも首席と僅差の次席と再研修ぎりぎりの末席じゃあ、比べるまでもない……」
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これで、あとはこの女の死亡を広く知らせたら、女侯爵どのとしっぽり……なんてね。
ただ、どうやってここの人たちへ女王の死を知らせたものか……
メイはひとまず、物言わぬ肉塊となった標的を城の外まで運び出した。
標的……エリノーの『霊体』は確保したから、死体自体は持って帰る必要もない。というか、ここまで引き摺り出したあたりで触るのも嫌になってきた。
そこで一息ついて……落城、をぼんやりイメージしてみる。するとそれはすぐに、炎上する建物を連想させた。
なるほど……火と煙、か。合図にもなるかも。
森に燃え移らないくらいに、加減して……
メイは光線銃を使って城のあちこちを焼き、火を付けてみた。しかし、火の手がうまく広がっていかない。
そこで、先日貨幣を複製したのと同じ要領で……木材と油を城の一角に出現させた。そして、改めてそこへ火を放つ。
少し様子を見ていると……そこからもうもうと煙が立ち昇り、城を焼く炎が大きくなっていく。メイはそれを確認してから、城を立ち去った。
エリノーの死体は、城の正門の前に寝かせておいた。
街へ戻ろうと東へ歩いていると、メイの聴覚へ直接、機械的な声が届いた。
「キュルソン予測解析、出ました。標的を除去しない場合、この世界は緩やかに、しかし着実に崩……」
既に標的を除いた以上、その話は役に立たない。メイは聴覚に意識を向けず、思考を優先する。
今頃になって『未来予測』が出るのは、いつものことだからいいんだけど……
なぜこんな優しげな世界に、あんな野蛮な輩が送り込まれたのだ?
いったい、誰の差し金だろうか?
帰ったら、調べてみるか。どこまで追えるかは分からないけど。
けどとりあえず、その前に…………
「結果を知り次第、来てくれると思っていました。律儀そうな貴女でしたから」
雑貨屋めかした空き家へ一日かけて戻り、女侯爵リンプーを待っていると……夕方ごろに彼女が訪ねてきた。
言葉通り、来るだろうと思っていた。
先日、あえて報酬の話をしなかったのは……そうすれば後で彼女が来てくれると思っていたから。
「本当に素直で、実直で……可愛らしい方」
リンプー……可愛い子。今度は我慢せず、微笑みを見せる。
「それはそうと、報酬はいかように?」
彼女は少しムッとしただろうか? 口調が少しだけ刺々しい。
「そう言えばそうでしたね、では…………」
考える……ふりをする。
私が彼女に求めるものは、とっくに決まっている。
「貴女、でどうでしょう」
「え? そ、それは……」
少しの間視線を泳がせたあとで、彼女の顔が強張った。
「……わたくし一人で宜しければ、今すぐにでもどうぞ」
しかし彼女はすぐに姿勢を正し、堂々と胸を張った。
パッと見、年若いなりに……いや、年齢以上であろう威厳を感じられる。
……だが、彼女の全身を確かめると、頭上で丸い耳が弱々しく垂れて金髪に埋もれている。
そんな、隠しきれない微かなしぐさが……彼女が強がっていることをうっすらと示している。それがまた堪らない。
「ありがとう。では早速ですが、目を閉じてくれますか」
彼女が私の言う通りに目を閉じたのを確認してから、体毛の薄い急所……首筋に顔を寄せた。
ここまで来れば、もう好き放題だ……けれど。
普段あの娘にされてるような、過激なことはしないように気をつけないと。
触りはするけど、消えないキズあとは残さないように。
二人だけの秘密のセレモニー……後にも先にも、誰にも知られることのないように。
私の息がくすぐったいのか、彼女の身体が震えていた。
私は顔を近付けたまま、少し焦らしてみる。
そして数度息を継いでから……彼女の首筋を舌で強めになぞった。
「ひっ、ひャッ!?」
高い声、されど普段の彼女からは想像できない無垢な声。
「フフッ、可愛らしい声……はじめて聞けましたね」
「じ、じ、自分のことくらいわかります、いちいち説明しないでんぅっ」
今度は首筋に唇を付けて、強く吸ってやった。
キスマークくらいなら、数日で消えるだろうから。
「あ、あのっ!?」
「目を閉じて」
目を見開き狼狽える彼女に、もう一度目を閉じさせて……服の隙間から手を入れて、胴をまさぐってみる。
すると脇腹から腰にかけて、少しずつ毛が密になっていくのがわかる。
彼女の後ろへ回って、片手で抱き寄せる。もう一方の手で、毛のほとんどない肋から腰、股関節の辺りへ……毛が密になるほうへ向かって、何度も指を這わせてみる。ときおり速度を変えてみたり、指の腹ではなく爪を滑らせてみたりもする。
そうしていると、不意に彼女の息使いが乱れる。
それが起こるのは大抵、肋骨の切れ目の辺りか、腰のくびれの辺りを触れたときだ。それを確かめながら、鼻先をうなじの辺りに押し付けてみる。
「ふっ……ん……」
彼女の金色の髪から、細いうなじから震えが伝わってくる。
これはいいものだ。もっと、もっと愛でてあげたくなる。
「さて、そろそろ……奥へ行きましょうか?」
一旦撫ぜるのをやめて、腰を落として彼女の腋下と膝裏へ手を回す。
そして一気に持ち上げる……私の知識ベースで言うところの、『お姫様抱っこ』というものに近い体勢。
その体勢で私は彼女の身を確保し、家の奥へ連れ去っていった。
まずは、用意しておいたベッドに彼女を座らせて……腰の辺りに顔を寄せて頬ずりしてみた。
するとなにやらかぐわしい。
反対側のくびれを指でくすぐりながら、何度もそれを吸ってみる。
「あ、あの、何をして……」
こうしていると、何故か分からないけど……とても落ち着く。
しばらく吸っていよう。