荒野に不似合いなものたち
メイが酒場を出たのに少し遅れて、背後からがさつな足音がいくつも聞こえてきた。
酒場で騒いでいたならず者達も店から出てきたらしい。
私を追って出てきたのか? 一応動きを確かめて、もし私狙いなら……どう対処しようか。
もう少し離れてたら、光学迷彩を使っちゃう手もあったんだけど……最悪の場合、ここで撃ち合っても大丈夫なものだろうか。
とりあえず行状や攻撃の意志が明らかでないうちは、先に手を出さないように……
メイは男達の一団を警戒する。
メイは酒場で話を聞いた、町外れの孤児院へ歩いて行ってみようと考えていた。そのため馬に乗るつもりはなかったが……馬繋場へ足を向ける。
馬の様子を確かめて騎乗の支度をするふりをしながら、ならず者達の様子をうかがうことにしたのだ。
「で、このまま帰るんスか? まだ昼間っスよ」
「一応売り屋には寄ってやる、昨日の今日では数も揃うか怪しいがな」
「そんなに暇なら馬の手入れでもしてやったらどうだ」
「なんなら息子の世話もしてもらえや、ヒャハハ!」
「あぁ? テメェやんの……て、あれ」
よく分からないが、たぶん下品な話だろうというのは何となく感じる。
「おかしら、やっぱあの女連れていかねえっスか? 男の影もなさそうだし、いろいろ雑に使えそうっスよ」
「ふむ、人手は足りていると思うがな」
「やだよ。俺の下であんなぷよぷよしたのがゆらゆら動くの見たら萎えちまうっての。俺ぁ乳飲むガキじゃねえんだぜ?」
うっざ…………
そういう具体的っぽい話やめて? そんなふうに考えられてるってだけでもうっすら嫌なのに。
メイは耳をふさぎたくなったが、話し声に反応したと悟られるのもよろしくない。
なるべく顔に、態度に出さないよう意識しながら聞き流す。
「まあおかしらの好みじゃねえんでしょうが、女一人で酒まで飲んでたしそこそこカネ持ってそうっスよ?」
「お前にしちゃよく見てるじゃん、なんだ惚れたのか?」
「お、それだったら応援するぞ?」
「いや、あっとそのそういうわけじゃねっス……」
「ほう違うのか、おもしろそうな話だと思ったがな」
……どうでもいいから早く行ってくれないかな。
いつまでも鞍や荷物をいじってるふりをしてられないし。なによりウザいし。
……などと、メイは不快になっていたが人数の問題もあってか、ならず者達はなかなか移動を始めない。
メイは耐えきれなくなり、先に動くことにした。
適当に馬を走らせて時間をつぶしてから、ここへ戻ってこればいい。
岩と砂ばかりの、色気のない荒野を適当に流して……メイは町に戻ってくる。
このために、前もって乗馬の訓練もしておいた。
ここのヒトが見ても違和感を持たれない程度には、それなりには乗れているらしい。
それはともかく、まずは馬繋場の様子を見よう。
馬は少ない……よし、奴らはいないか……同じ方向へ行っちゃってたらまずかったけど、うまく離れられた。よかった。
少し予定は狂ったけど、まだ昼間だし大丈夫だろう。牧師が経営してる孤児院とやらへ行ってみようかな。
噂を聞いた感じだと少なくとも悪人ではなさそうだし、素直に会ってみよう。
「お訪ねになったのはどなたですか? 道標をお探しですか?」
飾り気のない建物の、粗末なドアを叩いてしばらく待っていると……少し弱気そうな声が建物の中から聞こえてきた。
「貴方のお話を、聴かせていただけますか?」
「女性ですか。どうぞ、ひとまずお入りください」
メイはドアを引いてみる。動かない。
ドアを強めに引いてみる。辺りがミシミシと鳴る。
「あ、待って引かないで! 押してください!」
「お一人ですか?」
ドアの先には、声と同じように弱気そうな男が立っていた。
この男が目的の『遣体』なのだろうか?
肉体をこの世界で新調したって話だから、見た目では分からないけど……どうにもらしくない。
「ええ」
「このような所を、お一人で……さぞ大変だったでしょう」
「大丈夫、私にはこれが」
メイは酒場に入ったときと同じように、業務用のリボルバー式拳銃を掌に乗せて相手に見せる。
……この異界では『レボルバ』と呼ばれる銃を持ち、また扱えることが一人前の戦士の証らしい。
その『レボルバ』はメイの持つリボルバー式拳銃とほぼ同じ見た目の銃であったため、これ幸いとその風潮を利用している。
「そうでしたか……女性の身で、一人……」
男はしばらくメイを見つめてきたが、やがて視線を横に外した。
「しかし貴女は、なぜここへ? 私の目には……貴女は解きようのない悩み、神へ祈る言葉を持って生まれたようには見えない」
何が言いたいのだろうか? 変な人。
何を感じてるのかわからないけど、今回は……宗教的指導者となる『遣体』を送り込んだ、なんて話ではなかったはず。
肉体再生成の際に霊体か精体に異常が起こって、記憶か人格が書き換えられてしまった?
霊体・精体と再生成した肉体との相性が悪いと、たまに起こる障害だと聞いたことはある。それだろうか?
「貴女の炎のような瞳……私には、そう見受けられますが……」
「私が、悩むことのないのんき者……そう見えますか?」
炎のような? いやカラコン着けてきたはずだけど。
「いや失礼、先にご質問にお答えすべきでしたね。私は、貴方にお伝えしたいことがあってお伺いしました」
「貴女は、何かが違う……私とも、町の皆さんとも、賊たちや今までに見た戦士たちとも……」
話がかみあってない。
「私の話、聞いてもらえないでしょうか?」
「……あ! すみません、お聴きします」
まあいいか、とりあえず話を進めよう。
「周辺の孤児を引き取って育てているという貴方に興味があってこの町へ来てみたのですが、それより……町の酒場で貴方が狙われているという話を小耳にはさんだので」
「私が? 聞きたいことはいくつもありますが、誰が? いつ? なんのために?」
男の視線が少しだけ鋭くなっているのが見て取れる。
もしかしたら……危機に直面することで霊体・精体が活性化して、覚醒する……かも?
狙ってはなかったけど、ショック療法ってやつだ。
「ショックをハートに、ショックハーツ……触、発……」
「ええと、一体何を……もう少し詳しく教えてくれませんか」
しまった、こんな真面目な話のときに……また変なことつぶやいちゃった……
仕事に支障出るのはまずいし、いつもの人とは別の医療係にも相談してみようかな……
メイは何とか失言をごまかしながら、牧師とのコンタクトを続けることにした。