変質を拒みはしない
確かに……
多分に下心の漏れ出たような品とはいえ、どんな形であれ……希少なものをプレゼントにもらって、実際悪い気はしていない。
けれども。
「これ、ぴったりな人なら、かっこよさとおいろけを両立できてすごく『せくしー』らしいよ? たしかにきれいでえっちかも……」
局長はそう言ってもう一度メイの肢体へ熱視線を向ける。
なにがかもなの? あからさまに破廉恥じゃ……
「ねぇこれかなりきれいだし、ほかの人にも見せてみない?」
局長はメイを見つめて薄ら笑いを浮かべながら、動揺と羞恥に煽り立てる。
「えっちょ無理無理こんなの見せられない!」
局長に綺麗だって言われるのは恥ずかしいけど、ちょっと嬉しい。
だが、これを他の誰に見せられるというのだ。
こんな姿じゃとても人前には出られない。でなくても万一、こんな格好した画像がどこかから漏れたら……今以上に、何を考えているのかさっぱり分からないおかしな女として扱われる……間違いない。
「あ、そうだ! 仕事の話するんだし、新しくできた部下の人にもすぐ来てもらって、話きいてもらおっか?」
「なっななな何言ってんのよ!?」
局長がさらに続けると、当然のようにメイの顔は紅潮する。
当然のように、返答の声が上ずる。
マリエにこんなの見せたら、いつもの虚ろで冷たい目つきしながら「だらしない……」とか言われるだけ!
で、その後でレイナに話が伝わって、そっちではたぶん大笑いされて……
もしかしたら誰にも言わずに黙っててくれるかもしれないけど、まず彼女はこんなもの見たくないだろうし。
要は誰も得しない。
「やだ! それ以上言うならもう貴女にも見せない!」
メイは恥ずかしさに耐えられなくなり、立ち上がって上着を取ろうと……一歩踏み出したところで手を引かれた。
「うふふっ、うそに決まってるでしょお?」
触感と声に振り向くと、局長の顔はいつの間にやら……ほくそ笑むようなニタニタした顔に変わっていた。
「ほかの人に見せちゃもったいないもん」
表情は変わらないが、メイの手首を掴む力が強まる。
「だからぁ、今だけ……ね?」
表情は変わらないが、どこか縋るような言葉でメイを引き留める。
メイは小さく溜め息を吐いて、椅子に腰かけた。
「それにしても、なんでこんなもの……」
「あの課長さん……絵があまりに気に入ったから、マネして服を作ってかざってみたけど、マネキンくらいしかきせる相手がいないから空しくなったんですナ……だって」
誰がそう言っているのか、誰がこの衣装を作ったのかバレバレの物言い。
「かわいそうだよねー」
「可哀想……まあ、そうね……で、それがなぜ貴女から私に?」
確かに可哀想だ。他所でこんな話をされてるのは。
「あー、その話はあとにしようよ、仕事の話するんでしょ?」
しかし局長は、その辺の事情には興味がないらしい。
だからこそ軽々しく事情を話せてしまうのだろうが。
「まず今回、なぜ異界転移に失敗したか……わたしもしらべといたよ」
そう、今回の異界への侵入は……明らかに失敗していた。
というのも、異界現地への侵入時期が明らかに狙いから外れていた。
侵入の瞬間を現地の知的存在に捕捉されたことなど些細なことだと言えてしまうほど、時期がズレていた。
「でね、メイがやとった新しい作業員……少し前に、第一課をクビになってたの」
メイは前回の異界転出のさい、どうも頼りない言動が見られたシステム作業員を交代させていた。
「けど、しらべたかんじではクビにするほどのミスは記録されてないし……ここだけの話だけど、取り決めよりだいぶ高い手切れ金がふりこまれてたの」
交代した作業員が何か仕掛けていた可能性、か。
証拠なんか残してないかもだけど、調べてみるか。
「なるほど、何となく怪しい話ではあるわね」
クビにした体で、お金を渡して……都合のいい作業員として使っている可能性も……なくはないか。
「これから新しい人にそういう重大な仕事させるときは、そのへんも注意してみてほしい」
「とくに第一課、第二課出身者には注意……と?」
「さすがメイ、キレ者おねえさんね……だいたいそんなかんじ」
「こっちの問題はそんな感じで、気をつけてねってとこかな〜……で、あの異界……ド・ブルゥド界なんだけど」
「ええ」
かの異界については、メイが礎界へ帰ってきた直後に速報で「再度異界へ侵入する必要はなし」と局長から聞いている。
「あのままでも二千年くらいほっとけば安定的に発展していける文明レベルを取り戻せるって」
局長はわざわざあの異界の、未来予測結果を表示していた。
メイがうまく不当進化者関連の破壊活動と現地人保護をこなしてくれたおかげで、かの異界は本来の姿に近い未来を歩めたのだという。
そこまで真面目に用意して話してくれるのは、珍しいな……ってこの右で見切れてる巨像はいったい?
「でね、細かいとこで論争はあるみたいだけど、アクマ達から人類を助けたこの女神さまが主神なんだって」
巨像に目を向けると……それは毛に覆われていない、二本脚で立つ像。髪だけが長く、服を着て、手に石のような何かを握っている……
まさか。
「それでね? ふふっ、このころになると、女神さまににせて頭以外の毛をそっちゃうのがおしゃれなんだって」
そう、画像の端に映る巨像は……顔立ちも服装も身体つきも、メイを模したものだと容易に想像できる姿をしていた。
「ちょっと待ってそんなの恥ずかしいから!?」
そちらではちゃんと服を着てはいるが、これはこれで十分に恥ずかしい。
そんな持ち上げられ方は、恥ずかしい。
「やっぱり未然予防しにもう一回あの異界にむぐっ」
「んむ、む〜……」
口を塞がれた。物理的に。
思考が止まる。侵襲的に。
「んっ、と……」
頭の中をすっかり塗りつぶされて、メイは無心で熱いため息を落とす。
「向こうのヒトは誰も困ってないし、そんな理由じゃだめ〜」
「……そんな方法で黙らせるのは、だめじゃないの?」
最早メイにはそのくらいしか言い返せないし、そう言い返した自分の言葉にすら……別のことを意識してしまう。
頭の奥がざわついて、うずうずしてる。
彼女の思い描いた通りに話が進んでいるのだろうか、すっかり黙らされてしまった。
「本人が苦しんでもイヤがってもないからだいじょうぶ〜」
彼女がニコニコしている。
まあその通りではある。まったく否定できない。
「ここでもほかの場所でも、だれもツラくないこと……それがキホンだからね〜」
「……そうね」
メイは言葉少なに相槌を打って、だんだん熱が落ち着いてくるのを感じている。
それにしてもめずらしいな。こんなお固いというか、真面目なこと言うの。
してることは全然お固くないけど。
「まーね〜、そろそろまじめにシゴト考えてるとこも見せておいたほうがいいかなって」
局長の金色に輝く瞳の力……それで、思考を読み取られたらしい。
「いや見てなくても真面目に働くのが責任者でしょう?」
この投稿をもって、本章『変事のきざし』を結びます。
(次回投稿の際には、次の章が立ちます)