想う人と再会して(そしてさっそく)
周りから聞こえてきた噂話が一段落し、それ以外の話は聞く必要がなさそうなことを確かめてからメニューに意識を向け、なんとなく目に留まった料理を注文する。
待ち時間の後に届いた『マルパン(大)』と『アデッタの具だくさんプチ豆スープ(大)』、『乾杯用グラスワイン』『グランデのグラッパ』を全て平らげる。
仕事前にしては少し飲み過ぎたかも、と反省しながら食堂から立ち去ろうとしたころ……になっても、メイへ自室への来客が告げられることはなかった。
食堂では、立ち去ろうとするメイと入れ替わりに着席しようとする客が多い。
そろそろ夕飯時か……と考えると、今になっても局長から連絡すらないのは……ずいぶん遅い。
あの子でも、たまには忙しくなるということだろうか。
それとも、単に私を焦らそうとしているだけだろうか。
どちらだとしても、とりあえず待つしかない。
メイはひとまず自室に戻り、もう一度シャワーを浴びようか迷いながら連絡を待っていた。
……遅くなったからといって、仕事の話だけで終わりってことにはならないだろうし。
たぶん、そのぶん帰りがもっと遅くなるだけ。
まだかな。
まだかな。早く会いたいな。
遅いな。
なんとなく待ちくたびれて、所在なげなため息をこぼした。そして座っていた椅子からベッドに移ろうとしたところで……呼び出し音が鳴った。
別の客だろうか? と考えながら玄関前の画像を確認すると、そこにはサラサラとした銀髪で無表情な顔を彩る少女の姿があった。
あの子が普通にインターホンを使った。想定外。
「メイ課長、予定どおり打ち合わせにきました」
「ようこそお越しくださいました、アナベル局長。どうぞお入りください」
玄関前の画像に映る局長と白々しいほど固いやり取りをしながら、メイは出入り口のロックを外す。
局長はロック解除の音を機に部屋へ入ってきた。その途端、ホッとしたかのように顔つきが明るくなっている。
それにしても……
普段はマスターキーを使って自分で解錠し、何も言わず出入りするはずなのだが。
それ以外は普段通りの表情、口ぶりに見えるが……何か企みでもあるのだろうか?
いずれにせよ、何か含みがあるのならそれもぜんぶ受け止めたい。
メイは予め机を挟んだ向かいに椅子を置いておいたのだが、局長はそこに座ろうとしなかった。彼女は部屋の隅に寄せてあった別の椅子をわざわざ取りに行って、それをメイの椅子に横付けした。
「え、そんなに寄ってこなくても話はできるでしょう?」
「すぐそばでも話はできるよ? わたしのとなりじゃイヤなの?」
彼女はわざとらしく下を向いてみせる。
「全然、嫌じゃないけどさ」
どちらかといえば、嬉しい。
ただ、仕事に集中できなくなるかもしれないから、今はまだくっついていたくなかった。というのが正直なところ。
けど、そのくらいは感付いているだろうから、口にはしない。
「で、どの話からする?」
「どの、って?」
「お仕事にする? おみやげにする? それともぉ……?」
それとも……の言葉を発する辺りで、局長は膝もとへ置いていたメイの手に手を添えながら甘ったるい薄笑いを浮かべ、上目使いで視線を送る。
なんでそこで手をのばす……お土産?
メイは触れた手の冷たさに少々胸をざわつかせつつ、平静を装って答えた。
「普通に、仕事の話が先じゃないの?」
彼女が他の話がしたい、と言うならなおのこと……仕事の話を済ませてから気兼ねなく聴きたいから。
「じゃあ先におみやげの話をしよっか」
「……じゃあって、何よそれ」
メイは自分の意見など聞くつもりがなかったかのような局長の言葉に苦笑しながら、『土産』の話を聞いてやる。
「はい、これプレゼント」
「……プレゼント? 急になぜ?」
「待たせちゃったし……なんとなく、気分」
彼女はプレゼントと言いながら、とくに包装のされていない箱を机上に差し出した。薄笑いのままで。
慌てて用意したものなのか、それとも贈答品ではないものを箱詰めしたものなのか……よくわからないが、何だかんだ言ってもメイはちゃんと受け取る気でいる。
プレゼントを渡すなんて、そう考えてくれるだけでも嬉しいから。
「あけてみて?」
「いいの? じゃあ……」
勧められるまま、メイは箱を開けた。その中には、艶があってスベスベした高そうな布地と紐が一緒くたに丸められていた。
これ、なんだろ……カチーフなら、紐は付いていないはず。
下着とか、水着……か? いやそれにしては布地が少ないし、色々と足りていない気がする。
「ねえ……何これ?」
「異界で『マイクロビキニコンピューターグラフィックス』っておもしろい絵が見つかったから、それを再現してみたんだって」
最近第六課が発掘した異界の絵画作品に強く惹かれた局員……というか課長がおり、彼がそこに描かれている露出の多い服装を再現してみたものだという。
「何というか……破廉恥な絵を見つけてきたわけね、でそれをなぜ貴女が?」
そういう物が存在する、という知識は……無いわけではない。だがそういう物を使った、人前で身に着けた経験はない。
「ほかの用事のついでに、プレゼント用にもらってきたの。ぜったいピッタリ、に合うはずだから着けてみて?」
「ついでにって、なんか軽いなあ」
軽いツッコミを入れて笑いながら、メイは浴室で着替えてみることにした。
「あれどこ行くの?」
「見られながら着替えるのはちょっとね……あっそうだ着け方は?」
「箱の中にトリセツ入れてもらったよ」
一人浴室に入ったメイは現物を手に取り一通り眺めて、すっかり不安になってから説明書に従いしぶしぶ着替えてみた。
うん、なにこれ……
水着というには布が薄い。下着というには落ち着かない。ただどちらにしても、布地の部分が少なすぎる。
危険な部分をほんの少し隠しているだけで、保持とか支えとかそういう機能がまったく無いような。
これなら下手すると着けないほうがマシかも、と感じる程度には心許ない。
そもそも布地から少しはみ出してしまっているような気がする。何が、とは言えないが。
だいたいそこまで丹念な処理は……いやそんな話じゃなくて布地がまるで足りていない。
「ナニヨコレ……」
箱の中身を全て身に着けたメイは鏡で自身の姿を確かめて、思わず力のない呟きを漏らしていた。
そこも問題だし、なにより……若干透けてないか、これ…………
「ねえマダー!?」
「えっちょっ待って上着着るから上着!?」
「そんなのあと!! 先に見せてよ!!」
メイはプレゼントを試着した姿のまま手を引かれて連れ出され、全身を一通り見られたのち……リビングの椅子に座らされていた。
こんなの、とても仕事をするような格好じゃない。それに……
さっきまで、彼女の瞳が身体の数か所をかわるがわる凝視してて、恥ずかしくてソワソワして……仕事どころじゃない。
いや、もしかしたら……単に恥ずかしいだけじゃないかもしれないけど。
あんな風に、まじまじと見られたのは久しぶり。
この子も、いい気分になってたのかもしれない。
だめだそんなこと考えちゃ。なんかドキドキしてしまう。
仕事、仕事。
「さて、さっさと仕事の話しよっか」
「そんなこと言うならコレより先に……」
「え〜? うれしいくせにぃ」