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憩いを過ごして

 ……自分の手を軽く握っているマリエの手が、すこし震えているように感じた。

 そこに目と意識を向けても、その理由はわからない。



 私相手に緊張するようなタマじゃない。

 だいたい私にすらそんな調子なら、何度も課の同僚に決闘をしかけるなんてできるはずがない。


 私相手に嫉妬するようなタマでもない。

 だいたい私にすらそんな調子なら、第五課長とトラブルを起こさずにやっていける気がしない。


 ……ま、ひとまず辛そうな顔には見えないし……そのへんはあまり意識しなくても大丈夫な気がする。


 と、上目使いでメイを見上げているマリエに視線を返すと、彼女は大きく目を見開いてから……軽く(うつむ)いていた。



 あれ、やっぱり……何か思うところがあるのだろうか?

 


「えと、この件……貴女は納得してるの?」

 マリエの反応を抜きにしても、メイは彼女に少し話を聞いておきたかった。


「あなたには、そんな無駄な説明が必要だとは思わない」

 しかしマリエは、メイの問いかけを平然とかわした。


 それは買いかぶり過ぎだろう、とメイは苦笑しそうになったが……この場では真面目に応えようと、気を強くもって(こら)える。


「もし貴女が嫌なら、そうはっきり言ってほしい。私はマリエの意志を尊重したいから」

 メイは明確な言葉で問いかける。


 局長が考えている通り、メイ本人には今回の異動に反対する気などない。むしろ歓迎したい。

 けれど、もしマリエがそれを望まないなら……無理強いはしたくない、というのが本音だった。

 だから、素直にそう問いかけた。


「………………」

 問いかけると、視線はすぐにメイへ戻された。

 それなのに、答えを聞けるまでには少し間があった……その間のうちに、マリエの手の震えが止まっていた。


「……私は、やぶさかではない」

 そう答えたマリエの青い瞳は、微かな揺らぎすらなくメイを一点に見つめている。

 まるでメイの赤い瞳と同化したいとでも言わんばかりの、透明感と真っすぐさで。


「だから……私のこと、貴女の好きに使ってくれて構わない」

「……そっか、分かった」


 それなら、大歓迎だ。

 彼女の思いをはっきり聞けて、メイは少し安心した。


「委細承知しました、管理官(キュレイター)マリエ殿」

「私は……あなたに何を命じられても、私は逆らわない」

 しかしマリエの口調は、どこか過度な実直さをも感じさせていた。



 うーん、真顔でそこまで言われると、少し気が引けちゃうような。

 真顔なのはいつも通り……かもしれないけど、目線や声……顔以外が普段よりだいぶ真面目、真剣な気がする。


 ま、何か不満があればすぐに言ってくれるだろう。

 私とマリエは何でも話せる、そういう仲だと私は思ってる。


 だから……



 メイはマリエの手を両手で包み返した。

 そして手を引いて立ち上がらせようと、手に力を込めようとしたが……なぜか力が入らない。


「コンゴトモヨロシク……」

 メイはマリエを立たせられず、見下ろす格好のままで……無意識に(つぶや)いていた。

 マリエも立とうとはせず、メイを見上げながら無言で(うなず)く。



 いや、これはちょっと上から過ぎるかも……


「あ、えっとその……」

 メイは先の言葉について弁明しようとしたが、


「てっかちょと待って!?」


 横からレイナの声が聞こえて、メイとマリエは息のあった様子で同時に振り向いた。

 当のレイナは左手で拳を握り、右手で机を叩きながら立ち上がっていた。

 この動作はたいてい、唐突におバカなことをひらめいたときの動きだ。


「いいところなのに、邪魔するものじゃない……」

「ねえ聞いて、これじゃあたしだけぼっちじゃんツラいじゃん!?」

 どうやら、仲間外れにされて悲しい……と言いたいらしい。


「あたしだけぼっちでせつなく乱れ撃ちとかやだよお」

 そうは言っても、どの課でも射撃能力……とくに遠距離射撃に優れた管理官や戦闘要員(パニッシャー)は重宝されている。ましてや、レイナほどの腕の持ち主なら相当な存在感を発揮できるはずだ。

 

「レイナは第三課で大事にされてる、どう見ても一人じゃないでしょ」

「なんでそんなこというの!? ぴえんが丘つら!?」

 メイは漏れ聞こえてくる風聞をもとにレイナを慰めたつもりだったが、それは逆効果だった。


「……メイから第三課に人員補充をお願いする、という手もなくはない……」

 と、早速マリエから副官の助言めいた提案がなされる。


「おお!? いいじゃん、んじゃそれで! メイやんよろ!」

「あ~……いや、悪いけど……多分ムリかな」

「えーなんで!? 同期の三人でいっしょに戦おうよ!」


 同期の三人、か。


 メイはレイナの言葉が少し気にかかったが、それは流すことにする。

 とりあえず異動の話は一旦あきらめてもらおうと、以前に局長が話していた第九課創設の理由を伝えてみる。


「局長が言うには、第九課は単独で業務を行う管理官のための課……なんだって」

「そうなん?」

 局長のその言が、どこまで本心かは分からないが。


 もしかしたら、公にメイを他課から独立した人員として扱いたかった、そう他課の課長たちに示したかっただけ……

 つまりメイが局長直属の部下であると明確にする、そちらの理由のほうが強いのかもしれないが。


 それは、メイが口を挟むことではないと考えている。



「だから、報告書が書けな〜いたすけてぇ! なんて言って私たちに泣きついてた管理官(ひと)じゃ、第九課に呼ぶのはちょっとムリね」

 メイはそう言ってレイナに笑いかけてから、貯蔵庫の酒を一本取り出した。


「ん、いや〜その……そんなむかしの話は忘れてよお……」

「レイナの不可解な行動と状況説明を報告文に起こそうと、苦悩した日々……思い出したくない……」

 レイナは過去の苦い経験を思い出してしょげかえったところ、マリエにも追撃され……赤い房のような横髪をしおれさせていた。




 ……いつの間にやら、かしましい女子会と化した三人の夜が更けていった。


 明日は局長(ショボー)が訪ねてくる、仕事の話をするとは言っていたが……いつまでそうしていられるだろうか?

 少し早めに起きて、長めにお風呂入っておこうかな。

 ……新しいシャンプーとボディソープも、試してみようか。



 メイは帰り着いた『礎界(そかい)』、管理局でのひとときにすっかり安らいでいた。

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