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けものとケダモノと、けだもの

「まいど〜」


 は〜……テンション下がるわ…………


 一縷(いちる)の望みにかけて探し当てた、別の飲食店……それも、いかにもな大食漢らしい大柄な人たちが入っていった店……そこでもやはり、肉や魚といった動物的な料理にはありつけなかった。

 それも、女一人で入るのはあまり歓迎されない、一種男臭い店だったらしく……少し居心地が悪かった。

 それでも、そんな店らしいワイルドな肉汁滴る料理でも堪能できたなら、それで十分ハッピーだったのに。


 結局この店で得られたものは、二点……一つは、この世界では男同士のカップルならば一定の認知を得ているらしいこと。そしてもう一つはこの騒動……肉食の禁令はこの世界の新しい王「エリノー」の独断で、全国的かつ極めて強権的に進められたものだということ。またそのせいで、特に肉食を必要とする人が飢えて困っている……という情報。


 この店でも耳にした名前「エリノー」は……今回の標的の名前。

 与えられた英雄的な武力を身勝手な理想と私欲のために用い、この異界を乱している悪辣な輩。そう聞いている。


 ざんねんだけど、どうやら今回は……「仕事」を済ませなければ、満足な食事を楽しむことは難しいらしい。

 かと言って……作業完了後、長々と異界に居座るのは避けたい。「正当な理由なく異界に滞在しない」という規則がある以上、うるさ型にツッコまれたら面倒だし。


 ああ、着いたときはいい予感してたのに、つまんないな……こうなりゃせめてあの娘だけでも、堪能させてもらいたいとこだけど。



 さて、女侯爵……地位のある相手と、二人きりで会うためには……

 そうだ、アレやってみようかな。ここくらいの文明レベルなら、超常現象とか怪談的な話に真実味を持たせやすいだろうし。


 それは何人にも逃れられない、死そのものに似た恐るべき存在の挿話。




 メイは人気(ひとけ)のない一角を探し、そこの空き家を拝借することにした。

 そしてその内外に光学処理を施し、怪しげな雑貨屋めいた外観を表現していく。



 さて、あとは……あの手この手で「死の商人」の噂を流して……あの娘が頼ってくるのを数日待ってみましょう。あの娘以外は私を訪ねられないようフィルタリングしながら。


 ……噂を聞いて、藁をもつかむような心地で頼ってくれてもよし。ダメ元ってくらい軽い気持ちで、ひやかしにきてくれてもよし。



 と、メイは買ってきた酒を飲みながらのんびり待つ……


 それにしても、このペルカ? ってお酒自体は、飽きのこない感じでなかなかイケるんだけどなあ。アテになるはずの料理がなあ……もったいないな。




 野菜ばかりの料理に飽きて、腹をすかせながら……メイは二日待った。そして三日目の昼下がり、外から戸を叩く音が聞こえた。



 来た!!

 彼女以外には、ここを見つけることはできない……つまり!


 ワクワクとワクワクと、心が弾むのを押し隠して……なるべく丁寧に語りかける。


「どうぞ、開いています」


 戸が開き、彼女を迎え入れてから……再び戸が閉まる。

 扉の手前では、手触りの軽そうな金髪が少しパサついて見えた。

 前に見たときよりも体力が落ちているのだろうか? 虎の面影を残す彼女は、おそらく肉食だろうし。



 彼女は戸の前で立ち止まったまま、私の身体のあちこちをまじまじと見つめている。


 ……そんな目で見られると……困ってしまう。

 本当は……この世界が、女同士で愛し合う概念のある世界だったなら……

 そのまっすぐな目で私を射すくめながら、乱暴なくらいに激しく……触ってほしかった。

 その願望を思い出してしまうから。



「あの……お嬢さん、私の姿……おかしいですか?」

 じんわりとした微かな熱が身体をつたう、その心地よさに震えるのを我慢しながら彼女へ声をかける。


「これは失礼いたしました、私はリンプー・ビスキュイというものです。マーカスの賛美歌十三番の件で、店主さんにお話いたしたく」

 すると彼女は非礼を侘びてから、流した噂の通り、表示しておいた看板の記載通りに、『商談』を切り出してきた。



「エリノー・ティーズル、という名の……一点のみのご依頼で」

「……はい」

 彼女……リンプーはまっすぐな視線を向けたままうなずく。


「何か条件はありますか? 命の証憑(しるし)を持ってくる、あなたの確認のもとで引き渡し作業を行う、などなどご用命あればお聞きします」

 命の商談……メイは()()らしい態度を取ってみる。


「そうですね……町では既に餓死者が出てしまっているので、なるべく早く済ませてほしいです。が、私の依頼であることを口外しないで頂ければ、それで十分です」

「なるほどASAP、秘密保持義務、と……他になにか、ご要望はありますか?」

「えーえす……? あ、いえ、他にはありません」

 リンプーが見せた、合点がいかない、というようなポカンとした表情も……可愛らしいものだとメイは感じてしまう。

 そう感じて微笑ましく思いながら、それは表情に出さないよう気を付ける。


「わかりました。作業完了後に連絡いたしますので、報酬は後払い……完了連絡後にご準備ください。商談は以上となります」

「では、宜しくお願いしますね」

 メイは両手を、リンプーは右手を差し出し……二人は握手を交わして、別れた。



 肉厚の、逞しい、頼れそうな手。

 きつく抱きしめられたくなる手。


 そう感じながらリンプーの後ろ姿を見送るメイの口から、小さなため息……熱く湿気った吐息が漏れていた。




 翌日、メイは西の大森林にほど近い、真新しい王城へ忍び込んでいた。

 城内をあちこし探し、寝室らしき部屋を見つけて……踏み込んだ。

 すると室内には明かりが灯っており、机に向かう人影が立ち上がる姿を映していた。その人影は立ち上がり何かを手にしてから、メイに歩み寄ってくる。



「やるわねアンタ。私に気付かれずに森を抜けるどころか、寝室までやってくるなんて」

 この城に住んでいるヒトは、「剣の女王」エリノーのみ。つまり、この女が……

 メイはエリノーらしき女の値踏みするような視線に不快感を覚えて、斜に身構える。


「ふぅん、なるほどね……ねえアンタ、私エリノーっていうんだけど……いっしょにさ、ここで女性のための世界を作らない?」

 エリノーは何か合点がいったというような風で軽くうなずいて、にやけ顔で提案してきた。

 

「肉食を解禁するなら考えてみてもいいけど? きれいな草だけじゃお腹がすくの」

 メイは軽口を叩いてみる。もちろん本心ではない。

 目の前の女をこの世界から排除する、メイはそのためにここへ来たのだから。


「何をお考えか知らないけど、貴女のせいで街では餓死者が出ている。それはどうでもいいと言うつもりなの?」

「だって、ヒトもケモノも同じ生命じゃない? 扱い変えちゃかわいそうじゃない?」

 女のその返答に、悪意は感じられない。


「あ、それと……何故『女性のため』と言ったの?」


「仮にも国王なのでしょう? なら、『国民のため』と言わなきゃいけないところじゃないの? 何故女性に限ろうとするの?」

 続いたメイの問いに、エリノーの視線が曇る。


「そりゃあんた、オスなんて汚なくてくっさい役立たずは……そんな扱いでいいでしょ?」

 女のその返答から、悪意が臭ってきた。

 少なくともメイは、そう感じた。



「ずいぶんな言い草ね……男に生まれた時点で、女よりも重い原罪を負うべき、とでも?」

 それが、この女の理想とやらだろうか?

 メイはもう少し、その話を深掘りしてみることにした。


「原罪か……意外といいこと言うじゃんアンタ」

 エリノーは、ぐにゃりと歪んだような笑顔を見せる。


「そう、男なんて、男に生まれたやつなんて全員、私たちに(かしず)いて、ひれ伏してればいいのよ!」

「あれ? 同じ生命なのだからかわいそう、ではなかったの?」

 何を言っているのだ?

 メイはあからさまな矛盾に気付いて、呆れてしまう。


「それはそれ、これはこれよ!」

 え? なにこいつ……



「まるで理解できない……これ以上貴女の話を聞いていても、時間の無駄な気がする」

 メイに解ったことは、ただひとつ。

 

「貴女は……いや、お前は……この世界に相応しくない」

 そう心のままをはっきり口にした時、妙な言葉がそれに続いた。



御旗(みはた)楯無(たてなし)もご照覧あれ……」



「……はあ?」

 メイが口走った奇妙な台詞を不審に思ったのか、エリノーは眉間にしわを寄せて目を細めながら、気の抜けた声を上げる。


「何わけのわかんないこと言ってんの気持ち悪い」

「今ふと浮かんだ言葉なんだけど……ハズレ、関係なしか」

 メイは少し残念そうな素振りをして見せた。


「私、たまにそういうことがあるの。まあ……どうでもいいことだけどさ」

 妙な語りを続けながら、対峙する女から目線を外さない。

 それは、メイにとっては至極自然な振る舞い。


「……死体には」

 銃口。銃らしきもの……この世界には存在しないはずの物体の、メイはその先をエリノーへ向ける。


「ふーん。で? 今のアタシなら鉄砲だって効かなぐっ!?」

 エリノーはその存在を知っているような物言いをしかけた。 

 しかしそれにはお構いなしと……銃口から紅い光の筋が走り、音もなく……エリノーが反応する間もなく、その腿を裂いた。


「い゛っ!? なっ、なんで……?」

 痛みとともに力が抜けたか、エリノーの膝が笑った。が、地に膝を付くのはこらえたらしい。


「なんでと言われても……私は強いからね」

「っ、ふざけんなぁっ!!」

 腿が痛むのも忘れて強く踏み込み、砂埃が舞うのも捨て置いて蹴り出し、相手が動くのも考えずに剣を抜き突く。

 そうして繰り出されたエリノーの剣は、先程の光線にも劣らぬほどに強く速い。速く固く鋭い刺突が……メイの眉間を狙って突き込まれる!


「やった!?」

 頭骨を砕いたような手応えを感じたのか、声が漏れた……が。



 刀身はメイの手指に挟まれてピタリと止まっていた。

 即ち、全力の突進が乗った一撃を片手の、それも指の力で止めたということ。


「え、な……な……んでぇ?」

「なんでってさあ、だからそれは私が強いだけだって。さっさと分かれよ間抜け」


 メイは指で挟んだままの剣を左後ろに引き、相手が前につんのめったところへ前蹴りを合わせた。爪先が腹を深くえぐり込む。


「うあ゛ッッ!?」

 エリノーは前蹴りの勢いで後ろへ吹き飛ばされ、体を壁に叩きつけられた。


「あ゛……い……だぁっ……」

 どうやら腹へのダメージが背へのそれよりも大きいらしい。身体を折りたたまれたかのように、へその辺りをかばうように両腕を寄せ、背を丸め……膝を落として(うずくま)っていた。

 エリノーは激痛のためか、ゆっくり近付いてきたメイが横へ逸れていくのを目で追うことすらできていない。ただ、倒れこまないことで戦意を示す、それだけで精一杯のようだった……


「ぐっ、あ、あ゛……」

 メイは濁ったうめき声を無視して隣に立ち、せめて目元を手で覆ってやろうとしてから……


「……いや、こんな奴に気遣いは要らないか」

 途中で止めた。

 その手は前髪を掴むことにした。

 そしてもう一方の手を、顎に引っかけて…………



 バキリ、と鈍い音が響いた。

 その音、『勇者エリノー』の終焉を知らせる音を聞いたのは……城で闘っていた二人だけだった。



「あっしまった忘れてた、息があるうちに霊体処理しなきゃ」

 メイはあらぬ方向に首を曲げて横たわり、小刻みに痙攣する女の姿を見下ろしていた。そこで不意に『仕事』を思い出し、先の銃器とは別の形状……リボルバー式拳銃のような形の道具を取り出した。

 そしてそこから暗い緑色の宝石を射ち出し、女の脳天を打ち抜く。



「御旗楯無もご照覧あれ、か……」

 メイは標的の痙攣が弱まっていくのを目視で確認しながら、先ほど無意識に発した言葉を思い出していた。



 自分で言ってて意味がよく分かんないけど……とりあえず、これちょっと格好いいかも。

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