長い長い歩みの先にて
広野を征くメイの足取りは、早くも重たくなっていた。
……あ、また何かが空を飛んで向かってきてる。
多分いつもの、おなじみの有翼人だろうけど。
特に招いてもいない来訪者だが、単調な徒歩移動に変化を生んでくれるその存在はメイの動作を少しだけ軽やかにする。
熱線銃の照準を合わせて、正面に見つけた飛行物体を一体撃ち落とす。
そのための動作を、特に意識はしない。自然と……
距離があるからちゃんと照準を合わせて、標的によく狙いをつけて、引き金を引く……
「目標をセンターに入れて、スイッチ……」
独り言。
何もない広野に一人だから、存在感が際立っててよく聞こえる。そしてしっかり心に残る。
墜落していく標的へ意識が向かない程度には、強く。
我ながら、何を言っているのだろう……と思ってしまった。
いつもの、例の副作用だからしょうがないと割り切ってはいるけど……別にかっこ良くもないし、今それを言う意味もいまいち分からない……となるとあまり気分のいいもんじゃない。
だいたいそれ、わざわざつぶやかなきゃいけないことか?
そんなこと言わなくたって、普通に撃って、的に当てられるのに……あ、新兵の訓練とかなら別におかしくないのか。
ま、誰かに聞かれたわけでもないから……どうでもいいけど。
……と、暇にあかせてあれこれと適当なことを考えながら再度歩き始めると……複数の飛行物体が見えた。
先に現れた有翼人の仲間だろうか? でないとしても、この異界で目にした飛行物体は全て有翼人だった。今のところ。
だから、とりあえず撃つ。
熱線銃の照準を左端の一体に合わせて、正面の飛行物体十体弱? を並びの順に狙い撃った。
一部の熱線が外れていた。
メイの持つ熱線銃は携帯性と秘匿性を重視した短銃型である。そのため遠距離を狙うにはあまり適していない。そのうえメイは命中精度を上げるために両手で銃を構えることを好まない。
メイは撃ち漏らした二体を冷静に狙い直して、近づかれる前に全て墜とした。
たまに熱線が外れるのは織り込み済み。その分は多く撃って補えばいい。
「まーアレよね、たくさん打ったほうが相手もヤだし」とレイナのお墨付きももらってるし。
……あの子ならこのくらいの距離は外さない気もするけど。
にしても、今度は独り言なしで撃てたか。数が多くて真剣に狙えたのがよかったのか?
それはそうと、落下物……一応道中で確認するけど、今回も有翼人だろう。
そうでないと、見つけ次第撃ち落とすなんて不適切、生物保護が、命がなんとか……とか監査で言われかねないから、全部ずっと有翼人であってほしいんだけどさ。
取りとめのない考えを浮かべながら、メイは歩き続ける。
ときどき銃を撃ち、墜とした有翼人の亡骸を確認しながら……三日ほど、一人黙々と歩く。
にしても、長いな……あとどれだけ歩けばいいんだろ。風景にも散歩にも、さすがに飽きてきた。ってレベルを超えそう。雨とか降らないの? 実際は降ったら降ったで困るけども。
とにかく暇すぎる。こうなっちゃうと有翼人たちも、もっとこう……ガンガン出てきてほしい。変化がほしい。
つか、ここまで生物……現生霊長が少ないなら、隠す必要もないし乗り物用意しとくんだった。
エネルギー的に浮揚艇は使えそうもないけど、デコボコ少ないから車両くらいなら使えそう。
……ちゃんと備品整理しとけば小型一台くらい持ってこれたかなあ、失敗……あ〜……ここだけで、一年分くらい歩いたかなあ…………
メイはさらに五日、歩き続ける……
向かってくる有翼人の数が少し増えた以外に、周囲の変化はとくに感じられない。
有翼人たちがこちらの方角に異変を察してる、ということだろうか。
そうだとしたら、ある程度荒事をこなせる者が来ているのかもしれない。よく観察したら、動きが速かったり力強かったり……なにか違いが分かるかもしれない。
でも、興味がないとは言わないけど……そこに時間はかけられない。大事なのは、ヒトへの危害をできる限り早急に止めること。
……あの呑気そうなヒトたちに、深刻な不安感とか恐怖とかはないかもしれないけど。
ま、それはそれ……
で、またお越しになった、と。
今回は遺体からサンプル取っとくくらいにしとこう。ちゃんと密閉しないとクサそうだけど。
メイはまた、現れた有翼人たちを撃ち落として。
さらに五日、合わせて二週間ほどメイは進んで……
撃ち落としたところで、有翼人たちの現れる方角が少しずつ右に逸れていたことに気付いた。
奴らの飛んでくる方角が変わってる? もしかしたら、根城が近いのかも。私も方向転換だ。
けど……食糧も飲み水も、だいぶ少なくなってる。この異界に滞在できる時間は限られてる。
特に水不足がまずい。川どころか湿地も見かけないし、乾季のようなものなのか? 雨が降らない。
こんな状況じゃ地下水にも期待しにくい。地下水がありそうなら、地面を掘る手もあるんだけど……
シャワー水はもう十回くらい循環濾過とイオン交換器にかけてるから、飲むのはちょっとダメそうだし……なんかダシとか出てそうで。
持ってあと数日、かな。
水の残りを基準に考えると……食事は少し多めに食べてもよさそう。だけどそんなに美味しくないからなあ。
三日後、飲み水が尽きた。
空中に浮いていた有翼人らしき数体を撃ち落として、もう帰るしかないかと諦めかけたところでメイは違和感を覚えた。
あれ? なんかいま、落ち方が変だったような?
とりあえず先へ進んでみると、有翼人が墜ちた辺りで急に土地が低くなっていた。さらにその奥には水場らしき水たまりがあり、なにやら騒ぎ声が上がっている。
「けっけ!?」「げー!?」「げげー!!」
声がわずかに静まるとともに、何かを手にした大量の有翼人が空へ浮き上がり……少しの間ののち一斉にメイへ向かってきた!
「げがー!!」「くけ!!」「こけ!!」
大丈夫。水はもうないけど、銃のエネルギーは残ってる。
有翼人の大群を前にして、メイは冷静なつもりで余裕の笑みを浮かべて……予備の熱線銃を取り出し、左右に構える。
「二挺拳銃……」
また、独り言が口をついて出た。
もしかしたら人恋しいのだろうか。そろそろアレを飲んどく時期だとは思うけど……
ん? two-hand……?
いや、それだと両手で持つことにならないか? 別の意味もあるのだろうか?
ま、いっか……そんなの気にしてる場合でもないし。なんだけど、妙に気になってしまう。
疲れからか、食事……栄養面での問題なのか、ともかくメイはあまり集中できていないように感じていた。
冷静というよりは、気が散っているように。
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「ねえメイやんねえねえ」
「どうしたのレイナ?」
「そういやさ、なんで両手で構えるのキライなん? カッコつけ?」
「腕を上げるときとか、ときどき邪魔になるの」
「え、なにが?」
「その……ね、ここじゃちょっと言いにくいから察して?」
「ここ? なんでさ?」