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友のトラブルをきき

 インターホンが鳴った。


 前日に『局長』がいた場合、この部屋のインターホンが鳴るのは非常に珍しいことである。

 前日に『局長』がいた場合、なら……インターホンが鳴るのは、購買品の納入業者が来るか、稀に同期の友人レイナが遊びに来るか……

 または極稀に、スケジュールを間違えた友人マリエが遊びに来て……何故か暗い目つきをしながら、ジメッとした雰囲気をまとって帰っていくか。

 業務に関する話は基本的に局内ネットを経由するよう設定しているため、メイに会おうと部屋を訪ねてくる客といえば、そのくらいのものである。


 しかしメイの記憶が確かなら、この日にはどの来訪も無いはずだった。

 アナベル局長に「もう幹部の一人なんだから、ちょっとはカッコつけなきゃバツだよ〜?」などと言われて発注してみた高めの酒……『ポール・サブロー』? とかいう品は一月待ちとのことだったし、今のところ他に受け取り予定の品はない。

 レイナは異界出張へ出かけたばかり、逆にマリエは帰ってきたか、そろそろ帰還予定……という二人のスケジュールを聞いている。



 人が来る予定はないはず、となると……隣人とのトラブルかなにかか?

 例えば部屋の防音機能が壊れて、昨日の「おたのしみ」の様子が近隣に漏れていた……とかだろうか?


 そんな話だとしたらめんどくさいな。


 ……恥ずかしいというのも無くはないけど、それをあまり考えていると……あの娘の新しい責めネタにされてしまうかもしれない。

 まあ、いまさら嫌だ……ってわけでもないけど。

 それはそれで、楽しいかもしれないし。


 って、いやそんなことは後で考えよう。



「はい、どなた?」

 部屋の主メイはあらぬ妄想に入りかけた思考を振り払ってから、玄関前の画像を展開させつつ応答する。

 しかし答えはない。答えを待つ間に、訪問者の画像が表示された。



 その楕円形のような頭部は、規則正しく千鳥に生え揃った薄茶色の鱗で形作られている。ただし頭頂部から縦に一筋、鱗の一列だけが黒々と光っている。

 黒い筋に沿って視線を下げると、鼻の突起はほぼないが目の下に小さな鼻孔らしき点が二つ見えている。

 さらにその下、左右に大きく裂けている口らしき曲線が、上下からぴったりと閉じられている。


 その、一言で表すなら蛇のような頭の造形をした来客は……胸元で光るディスプレイを持ち上げ、カメラに向けた。


『私は発声が拙く言葉が聞き取られにくい傾向があるため、思考表示文字列にて失礼します』

 思考文章化表示システム……最近は発声補佐システムを使ってでも自分の言葉で話そうとする人が多いからか、実物を見るのは初めてかもしれない。

 各人の身体的特性を補うための拡張システムが、ここ数年で急速に発展しているらしい。


 メイは当人の話よりも、その技術について関心が向いてしまっていた。


 第六課の人たちが『礎界』とは違った技術体系を発展させている異界からサンプルやデータを持ち帰って上手く応用してるとか、聞いたことがあるような……


『私は管理局第五課長のジャム・イロコワという者です、この部屋は第九課長メイ様の居室でよろしかったでしょうか』

 メイの思考をよそに、文章表示が更新された。


『……ん? もしかして外側のビデオ表示されてないのか? ノックしてみるか』

 ふたたび文章表示が更新されたところで、メイは反応を返してないことに気付いた。


「あ、すみません、メイと申します。大変恐縮ですが、業務に関するお問い合わせは局内ネットを通じてご連絡いただけないでしょうか」

 メイはすぐに頭を切り替えて、仕事モードの口調で語りかけた。

 緊急かつ重大な用件でない限り、業務連絡はネット経由で行ったほうが効率的で間違いがない……とメイは考えている。



『すみません、この度お話したい件は……あまり記録を残したくないのです。当事者の今後の人事に関わるため』

 人事? どういうことだろうか? 私と何を話したいと言うのだろう?


「分かりました、そちらへ行きます。少しお待ちください」

 とりあえず話を聞いてみよう、と考えたメイは適当に上着を羽織ってから玄関のドアを開けた。



「はじめまして……でしょうか」

『いや、あなたの叙任式でお目にかかりました。改めて……私は第五課長のジャムです』

 叙任式……? あのとき、使座堂(アポストリス)にこの外見をした課長はいなかったような……けど、名前は知ってる。

 まあいいか、話を聞いて……早めに切り上げてシャワー浴びよう。


 メイは正直なところ会話よりも、上着で隠した身体のベタつきが気になっている。


『失礼ですがあまり時間がないのと、私の腰の具合が悪いので立ち話させてください』

 言われてみればこの課長、ずいぶん姿勢がいいな。それより……話が手短なら嬉しい。

 それはそれと思考を分けて、メイは無言で頷く。


『あなたは我が課の管理官(キュレイター)マリエ・ド・フォシーユと同期だと聞いています。彼女のことについてお聞きしたい』

「彼女がどうかしましたか? 彼女は研修でも優秀な成績でした、確か第四席で……特に戦闘能力は相当のものです。管理官として良い働きができる人だと思いますよ」

 メイは素直にマリエについての印象を返した。

 それを聞いたジャムの顔つきは変わらなかったが、自分を見る目が鋭くなったようにメイは感じた。


『そう、あなたの言う戦闘能力……それは確かだと思います。しかし私は他の話を聞きたい』

「他の話?」


『率直にお聞きします、彼女は短気な性格ですか? 怒るとすぐに手が出たり、決闘に訴えるような暴れん坊ですか?』

「え? 彼女が……そんなことをしましたか?」

 マリエにそんな印象はない。むしろ冷淡で、その癖ふと自分の世界に入ってしまうことがあり……人の話を聞いていないと思わせることがある。

 どちらかというと、その態度で人を怒らせてしまう側だろうと思える。


「いや……短気なタイプではないと思います」

『そうですか。率直に申すと、彼女との決闘で大怪我を負った者が複数いるのです』

 彼自身、率直な考えを思考、文章に示しているらしい。


『決闘に至った理由は調査中ですが……彼女が同僚に対して目を剥き、髪を逆立てて怒りを露わにし、決闘による解決を求めたことが何度もあるのです』


 決闘……同格または格差の小さい者たちがいさかいを起こしたとき、対話では解決できない場合に認められている調停方法の一つ。

 管理官や戦闘要員(パニッシャー)には戦闘能力も求められることから、代理人を立てることを許さず、当人同士での決闘による解決を奨励している課すらあるという。


『それで、我が課では既に管理官三名と戦闘要員ニ名、また課の者ではないですが決闘代理人一名が重傷を負いました。うち管理官と戦闘要員各一名は、おそらく再起不能だろうという話です』

 相手方の被害しか話さないということはつまり、マリエに怪我はないか、あっても軽微なものなのだろう。

 さもありなん、とメイは思ってしまう。


 決闘の形式上、彼女の最大の欠点である射撃……とくに中長距離射撃の不得手さが問題になることはまず無い。

 研修での成績が伸びなかったのも、それらがかなり酷いスコアだったからだと以前本人から聞いている。

 先にレイナと仲良くなっていたのも、射撃試験で苦しむ様子を見られたのがきっかけだ……とも。



『もちろん合意の上で決闘を行うことは個人の自由なので、その理由次第ではありますが……あまり課内でのトラブルが続くようなら、彼女を転出させないと課が乱れてしまいます』

「彼女は弱い者いじめをするような者ではありません」

 少し口調が強くなってしまった。

 ジャムの物言いに、少し意地になったのかもしれない……とメイは反省する。


 と、ジャムの胸元で表示板がそれまでとは別の色に……赤く点滅した。


『おっと、時間か……ひとまずあなたの見解は分かりました。今日のうちにあなたのお話が聞けてよかったです、ありがとう』


 ジャムはそこまで文章を表示して、一礼し……去っていった。




 一人になれたメイはゆっくりシャワーを浴びてから、自分も依頼をこなすため次の任地へ向かうことにした。

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