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けものとたべもの

「ほんと、可愛らしかったわ……もし許可出たら、データ出力して壁に飾りたいくらい」

「許可が出ても、ここに飾ってたら局長が見つけ次第剥がす……間違いない」

 そう言った跳ね毛の女の顔は、なぜか……どこか沈んでいた。

 メイの部屋のことなのだから、彼女が落ち込む必要はないだろうに。


 きっと当人以外には、その表情の理由はわからないのだろう。


「……そだね」

 少なくともメイにはわからない。だから彼女の言葉にだけ同意し、苦笑いしていた。





……………………………………………………………………………………………………………………………





 群衆の中心にいた、猫っ毛の金髪と目力に溢れた緑の瞳をキラキラさせている獣人。

 髪の間から覗かせる丸い耳と、耳や頬に走る少し細い黒の縞模様は、ネコ科のうちでも特に……虎を思わせる。けど怖い印象はまるでしない。荒々しさはなく、むしろリーダーシップや……一種の気遣い、優しさすら感じさせる。


 高い声で何かを訴える彼女? が、群衆を引き連れてどこかへ移動するまでのしぐさを……何となく、ずっと見つめていた。



 人だかりが捌けたあとに市場で話を聞いたところ、『ビュセルム女侯爵リンプー・ビスキュイ』というのが先の獣人……虎型らしき獣人の名らしい。

 彼女の容姿と挙動を数分ほど見つめていただけなのに、メイはすっかり魅せられてしまっていた。



 若々しく、凛としたように見えて、どこか不自然な……人工的な凛々しさとでもいうべき雰囲気。無理やり心の奥底に押し込められた精神的な脆さの一端を、外からでも微かに感じられるような。

 それと、苦悩する姿を物陰から見守っていたくなるような健気さとが混じりあっていて。

 またそれ等とは別の部分から、熟しきっていない青い色香を強く吹き付けられているかのような……



 あの真っすぐな眼に見つめられながら、求められてみたい。


 喉笛にしがみ付くかのように、はらわたを食い散らかすかのように。

 若さに任せた純粋な下心を吐き捨てるかのように。


 乱暴なくらいにされて、それを受け止めてみたい。

 それを抱きしめて包み込むように、受け入れてみたい。




 メイはすっかり、「そういう気分」になってしまった。

 なってしまったからには、そのための下準備を、できる限り……


 まずは、この世界にそう()()()()()()ような習俗があるかどうか……そもそも女同士愛し合っても許される社会なのかどうか……確かめてみなきゃ。

 場合によっては、早めに諦めなきゃならないかもしれないし。



 とりあえず、市場から離れて……道行く人たちを観察しながらフラフラ散策してみる。

 特に、二人組……(つがい)となっていそうな、親密そうな二人組を見つけたら……彼らに着目して、見た目から彼らの性別を推察していく。

 獅子や鹿などでなければ顔で判断することは難しいので、基本的には服装や身体つきから推しはかっていく…………



 特に目的地もなくしばらく歩いてみた結果は、メイにとってはあまりよろしくない……今後の明るい展望を持ちづらいものだった。

 ……仲の良さげな二人組は、だいたいが男と女に見えた。たまに、男同士の二人組は見かけたが……女同士で仲睦まじく歩く二人組はまったく見かけなかった。



 もう一日くらいは調べてみようかと思うけど、あまり期待はしないでおこうかな。残念だけど。


 もし、女同士愛し合う、という習慣がないのなら……


 彼女の若気の至りを身体中で受け止めて……とは、ならないだろう。


 それなら……私が彼女を愛でてみよう。

 けれど、あまり深入り……深入りさせるのは良くないかもしれない。


 少し楽しんだら、適当なところで切り上げるように。

 小動物を扱うように、やさしく、そうっと愛でる程度に。


 そう、せっかくの異界なんだし……ちょっとくらいはね。

 思い出よ思い出。



 また、そういう習慣自体がないか、それが許されないのなら……何か言い訳が立つような状況を作っておかないと。

 私はすぐ『礎界』に帰ればいいけど、私のせいで彼女が責められるようなことは避けておかないと。


 それでいて、彼女と二人きりになり……自由に触れられるシチュエーションを作らないと。

 さて、どうしようかな……この文明レベルなら、怪異を装うのも一手だろうか?


 うーん…………




 メイはフラフラと散策を続けつつ、考えを巡らせる……と、人にぶつかってしまった。


「あ、ごめんなさい」

「いや、こちらこそ」

 立ち止まって謝罪し相手と別れたところで、ふと何かを煮炊きする匂いに惹かれた。

 そこで辺りを見回してみると、ある一角にジョッキが描かれた看板が……どうやら飲食店らしい。

 そう予想が立ったところで、ちょうど腹が鳴った。



 そうだ忘れてた、ご飯食べてみなきゃ。


 メイが店に入ると、店員に案内された席で手書きのメニューを渡された。

 しかしまだ文字の翻訳ができていないため、メイにはメニューが読めない。それでも、一部が横線で消されていることは理解できた。

 メイはその部分について、店員に(たず)ねてみる。


「あの、この部分は……なぜ消してあるの?」

「おいおい、嬢ちゃん……冗談のつもりかい?」

 冗談だと受け止められているとしても、それが受けている様子はない。


「ごめんなさい、そういうわけではなくて……私、田舎から出てきたばかりであまり文字が読めないの」

 メイはとっさにごまかした。と言っても文字が読めないのは嘘偽りのない事実だが。


「ああ、確かにあまり見かけない格好してるもんな……いや済まねえ。そこはな、肉料理の一覧……だったのさ」

 だった? メイは思わず店員を見上げる。


「新王陛下が出された『四脚(ケモノ)憐れみの令』……肉食禁止のお達しは知ってるよな?」

「えっちょっと待って、それは……」

 肉食禁止!? メイは悲報に目を見開く。 


「本当に知らないようだな嬢ちゃん、新王のエリノー陛下も知らないなんてどこのどいな……あいやどれだけ不便なとこから来たんだ……」

 エリノー……? いや、今はご飯が大事。

 メイはひとまず仕事のことを頭から追いやる。


「それは、魚も対象なの?」

「ああ、そうらしいが……まずウチは、魚はもともと扱ってないんだ」

「そうなの?」

 まさか、魚もないなんて……メイは焦りと寒気を感じる。


「嬢ちゃんの田舎がどうかは知らんが……ここじゃ誰も魚を獲ってないから仕入れができんし、そもそも町育ちの人間は魚を食わないからな」



 つまり、酒に合わせる肉料理も魚料理も、ここにはない……と?

 う……しょうがないか……


 これは厳しい、メイは自覚できるほど気落ちしてしまう。


「じゃあ……あ、これと、これと、これと……あと、お酒があったらください……」


「ん、メニューの説明しなくても大丈夫か? その三つだとけっこうな量になるが」

「かまわないわ……」


 量が多い? 周りの人も、この店員さんもそんなに大柄じゃない……野菜なら何とかなるでしょ。

 というか……いっそヤケ食いしてやる! やってらんない!


「そうか、それと酒は……ペルカでいいかい?」

「はい、それで」



 店員が去ってからしばらくして、メイのもとに酒と山盛りのサラダが運ばれてきた。

 甘酸っぱいソースと塩の絡む、シャキシャキした生野菜はまずまずのものだ。けして悪くない。

 ……他に主菜があるなら。


 これアテで飲むのか……はぁ。

 気落ちしながら酒を飲んでみると、少し薄いが……エールに近い味がする。しかしこれもどこか甘酸っぱい。柑橘類の果汁を混ぜたような? 味がする。

 そしてその爽やかさが、間の悪いことに……サラダの青臭さを強調してしまうのだった。


 うぐ……けど、呑めなくはない…………


「すみません、お代わりください!」

 メイは半ばヤケになっているのか、お代わりを頼んで……手元の酒を一気に飲み干した。


「おっ、豪快だなあ」

「お嬢ちゃん、大丈夫かよ?」

 周りから声が漏れ聞こえたが、それは気にしない。



 それから少し待つと、お代わりの酒とともに……炒めものらしき油の絡まった青菜と、大きい具がゴロゴロ入ったスープが供された。

 確かに量は多めだが、メイが食べ切れないほどではない。

 むしろ問題は、それら料理の味わいの乏しさであった。半分も食べないうちに、メイは食べ飽きてしまう。



 うん、味気ないなあ……うま味もなけりゃ、脂っ気も塩味も薄い…………



 食事を楽しみにしていたはずのメイの心は、急速に冷え込んでいった。

 少し酒精(アルコール)分の薄い酒を数杯飲んだ程度では、まるで暖まらないほどに。


 新王の「エリノー」……仕事のことも、忘れられないほどに。

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