おんなはこころ捕らえられて
胸の下から、輝きのない金色の瞳がじっとりとメイを睨め付ける。
「ねえねえ……まだわかんないのぉ? やり手の課長さんのくせにぃ」
しかしその口調には、苛立ちというよりも何かを心待ちにしながら煽っているような、そんな雰囲気が強く感じられる。
「ごめんなさい分からない、まあ私は若輩者なのでっていたっ!?」
メイは少し軽口を交えたところで、膝枕された体勢のショボーに髪を掴まれ数本引っこ抜かれた。
予想外かつ生命に対する影響のない行為だったため、平常時の防御機能に関係なく普通に痛い。
「いちおうマジメな話なんだけど? 年とかじゃなくてさあ」
と言う割に彼女は、抜けたメイの黒髪を両手で伸ばすなどして遊んでいる。
真面目な話……?
この件について、メイにはまるで思い当たる節がなく何も答えられないが……身体の動きはわずかに戻りつつあった。そこで何となく、腿の上に乗る彼女の額へ手を添えてみる。
「うーん、そうくるか……ま、しょうがないからおしえてあげよっか」
額を撫でられたから……ではなさそうだが、彼女は眉を上げることでメイの掌に触感を与えた。
そうしてから、彼女は自身の首元に結ばれた赤いスカーフを解いて……はたから見て分かるほど大きく息を吸い込んだ。
彼女は何かをしようと決めて、心身に気を込めた……と、それはそれとして、メイには彼女の赤いスカーフが気になった。
そういえば……彼女が緩めにとはいえ首を締めるような装いをしているところを見たのは、初めてのような気がする。
普段は「なんか息苦しいからやだ」とか言って、スカーフやタイを着けることはなかったはず。
単なる気分転換なら良いのだけれど……考え過ぎだろうか。
とぼんやりしていると、
「えいっ」
解かれて彼女の胸に乗っていたスカーフが……めくれて床に落ちていた。
それに気付いたときには既に、彼女の顔が腿の付け根に差し込まれており……
「む〜っ……」
その一部を、スカートの上から噛まれていた。
「ほへへわはっは〜? あうないっへ」
微かに痛む辺りから彼女の声が聞こえるが、人を噛んだままで発音がままならないためか言葉としては聞き取れない。
しかし、その行為で漸く、彼女が怒る理由について……メイにも合点がいった。
「ああ、そういうことね」
しかしメイはその懸念は必要なかったと考えている。何故なら……
「けど、そんなことしてくるなら……アタマ潰すだけでしょう?」
そう言いながら、手を彼女の頭の上に戻して触れさせる。
そのくらいの警戒はしていたし、そんなことまで許すつもりもない。
と言っても今回、あのボロボロに傷ついた『遣体』には……そんな心の余裕はなかったと確信してるけど。
……まあ、それは言わないでおこう。はっきり言っちゃうのは、やぶ蛇かもしれないし。
「いや今だってなんにもできてないじゃん、ほらぁ」
彼女は噛み口を一旦離して、もう一度……今度はさっきよりも強く噛んできた。
「っ……て、それは貴女だからでしょ」
メイがそう答えると、彼女は噛む力を緩めないまま片手を浮かせて左右に振ってみせる。
本当にそう? 嘘じゃないの? と、疑う素振りをして見せているのだろう。
「……分かってるくせに」
彼女なら、そのくらいはすぐに分かるはずだ。彼女には『鏡眼』……そういう能力があるのだから。
そう、分かっているはず。
頭でも、感覚でも分かっているはずなのに素直な反応を返さない彼女の振る舞いが、メイにはなにやら微笑ましかった。
メイはしばらく彼女に目立った動きがないのを黙って見ていたが、そうしていると……ふとあることが気にかかった。
あれ、そういえば……この部屋に来た時点で知っていたということは……この子、また私の異界での行動を追っていたのか。
今期は人事異動が少なそうとはいえ、他にも業務は目白押し。かなり忙しい時期のはずなのに、私一人に張りついてたのか?
……局長として、仕事はいくらでも……とまでは言わないけど、たくさんあるだろうに。ほかに……することは?
「ほかにすることはないのですか?」
メイの思考から、ややともすれば口の悪いもの言いが漏れた。
失言かな、とメイは気まずくなったが……良くも悪くも、どうやらショボーには誤解されたらしい。
「えぇ〜!? なにをするのかな?」
彼女はまるで大魚が身を跳ねさせるように力強く身体を起こしていた。
されど力強く正面を向いたはずのその顔は、少し紅く……だらしなくニヤけている。
「……ねえ、なにをされたいのかな?」
彼女は完全にその気になってしまった、と察したメイは彼女を見つめ返し……ただ生唾を飲み込んでいた。
身体を預けようとする彼女の動きと、それに応えることだけに意識が向く。
そしてゴン、と床に頭をぶつけた音がしたところで冷静さを取り戻す。
メイは彼女を抱き止めようとしたが、飛びついてきた勢いをまるで殺せず、床に強く押し倒されてしまっていた。
まだ身体に力が入らないか……ま、彼女に怪我がなければ別にいいか……
私は大した抵抗もできないで、彼女の思うがまま。
身体を縛められてるわけでもないのに、満足に動けず……
いま、私は身体を支配され……すべて彼女の手の中……
すべて彼女の、思うがまま……ほしいままにされて……
のしかかる彼女の身体が外から、自身の妄想が内から熱を生み出して……その熱が身体中をくまなく突き抜けるように伝わって、それが全身を……指先の一つ一つまで呻かせる。
まだ満足には動かないはずの身体が、疼いて、痺れて、震えに震える。
そんな心地がした。
そのあとは、よく覚えていない。
翌朝、目を覚ますと……メイは一人、ちゃんとベッドで寝ていた。
しかしメイには眠る前にベッドに入った記憶も、ショボーと離れた記憶もなかった。泥酔していたわけでもないのに。
とはいえ、それは大した問題ではないだろう。
とりあえずは、汗か何かでベタベタになった服と身体の処理が先……
ベタつくのにちょっと冷たくて風邪引きそう。
と、メイは考えてまずシャワーを浴びようとした……が、ベッドから立ちあがったところで、インターホンの音がそれを邪魔した。
本投稿をもって、この章『すくって、すくわれかけて』を結びます。
(次回投稿の際には、次の章が立ちます)