おんなはこしくだけて
さっきの話、一応調べて……裏を取っておくべきだろうか?
いや……わざわざ私に話しかけてまで、真っ赤な嘘を吐くことは考えにくいか。冗談が通じる相手だと確信できるような関係でもないんだし。
あの人の話すべてが正しいとは限らないけど、まったくの大嘘ってことはない。あるとしたら、あの人にとって肝心なところで隠しごとをしてるって程度だろう。
そうなると、とりあえずあの異界の人々のことはもう……
メイはカリカリサクサクに焼き焦がされた、シメのトーストをかじりながら考えた。
報告書は適当でも……問題ないか。
トーストの軽やかな歯応えが連鎖するように、メイの考えが軽やかにまとまり、自室へ戻る足取りも軽やかなものになる。
自室の前に着いたメイは施錠を解いて、ドアを開けて、中から再び施錠する。
部屋にはメイ一人で住んでいるのだから、当然の動作である。
当然の動作だから、油断があったのかもしれない。
メイはドアを施錠したところで、他者の気配を感じた。
理想的には部屋に入る前に、遅くとも部屋に入ったところでそれを感知し、備えるべきなのだが。
ただ、メイは……すぐにはそれを確かめなかった。
何故なら、その気配の主には心当たりがあるから。
そもそも、特段の事情を除いて、施錠された局員の居住個室に無許可で入れる者など……一人しかいない。
その一人が居るのだろうと察している以上、メイに備えは必要ない。
きっと彼女は、何かをしようとするのだろう。
私はそれを受け取る。ひと欠片もこぼさない。
そんなメイの背中が受け入れたのは、電気打棒……それも、大型で少し丸みを帯びた……最も強い電流を流せる型の、電気打棒の先の触感。
「っ!? あ゛、ぐッ……」
猶予なくスパーク音が響き、メイの四肢に電流が流れる。
使用時にスパーク音が鳴るのは、打棒のフルパワーに近い……相当強い電流を発生させた証。
身体の小さな者や非戦闘員なら短時間の接触でもショック死のおそれすらある、なかなかに危険な代物……いかにメイといえども、これを十数秒も受ければ満足な動きはできなくなる。
本来であれば、すぐに抵抗し、離れるべきもの。
しかしメイは確信めいている、それをもたらす者のことを。
だから、あえて打棒から離れようとはせず……その先端に触れたまま振り返る。先端を身体になぞらせながら、電撃をもたらす者の姿を確かめる。
そんなメイの視界に入ったのは、察しの通り……いつもの美少女の歪んだ笑顔と、それを彩る軽やかな銀髪であった。
そしてそれと目が合ったところで、メイの目元も歪んでいた。
それは顔にも走る猛烈な電流に作られた引き攣りなのか、メイの内心を表す笑みなのか……本人にもよく分からなかったが。
「んっ……」
満面の笑みを浮かべながら電気打棒を触れさせる銀髪の少女、アナベル局長……いや、この部屋では『ショボー』と呼ばれる少女は、棒の先端でメイの腹を押し上げようと力を込めてくる。
普段の二人の力関係であればその動き、力は阻まれ、僅かにもメイの内側へは届かない。しかし強い電流に侵され続けて自由のきかない今なら、多少は責めることができる。
「……今日もまあ、レポーろ作成の……間をくれはいのれすか?」
食後すぐのメイの腹にはあまりありがたくない圧だが、苦悶するほどのダメージではない。
問題はそれよりも、電流を流されすぎたために身体へ動作の意思を伝えられなくなってきていること。
現にこの問いかけですら、メイの舌はうまく回っていない。
既に手先や膝が笑っている、このままだとあと数秒くらいしか立ってられない。けど電流が流れているうちに寄りかかると、彼女にも電流が伝わってしまう。
後ろのドア……もまずい。このレベルの電流が伝わったら多分ロックとか機能が壊れる。
あっけどそろそろ無理かな……ちゃんと避けてくれるだろうか?
「だってきょうはおしおきだし」
メイの思考に「おしおき」という言葉が伝わったのは、メイの膝から力が抜けるのとほぼ同時だった。
それを聞いたメイは懸命に体勢を保ち、まっすぐ腰を落としていた。
ショボーのほうでも、メイの姿勢が崩れた瞬間に電流を止めていた。
「お……おき?」
「あんなあぶないことしちゃダメでしょ!!」
そう言われても、メイには心当たりがない。
しかし彼女がお仕置きをしたいと言うのなら、メイはそれに従うほかない……それ以外の選択はあり得ないが。
「何のころで?」
「えっ自分が何してたか、わかってないの!?」
そう言われてもやはり、メイには心当たりがない。
電流に苛まれすぎて、ショボーの言葉に応えるのが精一杯だということを差し引いても……まるで思い当たる節がない。
「じゃあ教えてあげる! はい立って、そこのベッドにこしかけて!」
「えと、ごめんなさい……そう言われても、ちょっと立てそうにない」
メイはようやくまともに話せる程度に回復したが、まだ身体は動かせない。
「ああ、じゃあしょうがないか」
ショボーはそう言って、腰を下ろしたままのメイを引きずり身体を壁にもたれさせた。
そしてメイの横で寝転がり、頭を腿に載せる。
あっそうだ、これ……やってあげたかったんだった。
メイは異界で『遣体』の頼みを聞いて実践した、癒やしの姿勢のことを思い出した。
「ほら、これ! おもい出したァ!?」
しかしメイの思いとは裏腹に、ショボーはメイの腿の上でギラギラと目を剥き、眉にシワを寄せている。
そんな怒りの混じった金色の瞳で下から睨み上げられると、メイの中で……身体中が勝手に痙攣するのとは別の、じわりとした疼きが生まれる。
何故彼女がこうも怒っているのかよく分からないけど、こうなったときの彼女は……毎回、いつも……
「そういうとき」の記憶が、メイの身体を痺れるほどに疼かせる。