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おんなはおんなと語りあい

 ……いや、まさか。

 この人はそんな暇人じゃないだろう。

 第一課は多数の管理官(キュレイター)と管理補助用の戦闘要員(パニッシャー)が在籍する大所帯だ。そこを束ねるこの人に、そんな暇はないだろう。



 メイは自身に浮かんだ疑念を一旦振り払っておいた。



「ふうん……意外と優しいのね、『赤鬼』さん?」

 メイの予想よりはフランクな態度を取るエステルと、その手首を取り腿から除けたメイ。


「あー、けどフラれちゃったかあ……」

 そう漏らしながら、エステルはメイから視線を外して俯く。ただし身体は近付けたままで。

 そんなエステルの冗談とも本気ともつかない物言いが、メイには少し癪に感じられた。


「それより、教えてくれるのではなかったのですか? あの異界の件」

 メイもまた、エステルと視線を合わそうとせず……食事注文デバイス、オーダー用ボードを注視したままで語りかけた。


「そうね……ま、教えてあげると言ったからには」

 エステルは時折パフェの器側面に残った白いクリームをすくいながら口を動かす。


「二言はなし、ってね」

 そして言い終えたところで、集められて塊になったクリームをひとなめする。



 いいから早く本題に入ってくれないかな。この人、思ってたより気さくな感じだけど……なんとなく鬱陶しい。



「では……」


「さあさあ、今日も今日とて管理局から依頼を受けた赤と黒のクールビューティことメイ課長は」

「そんな前置きは結構です」

 そんなことはどうでもいい。


 メイは苛立ちのせいか、思わず冷淡に言い放ってしまった。


「んもう……せっかくなんだから、少しはノッて頂戴な」

 クールビューティだなんて言われて、考えなしに乗れるか。話を聞きつつ、ご飯も早めに注文したいのに……そんなことで邪魔しないで。


 いかにもな作り笑いで窘めようとするエステルの相手が面倒になり、メイはため息で答えていた。



「コホン……彼女は異界に入り、手のこんだ下準備により現地人のフリをして……」


「なんとか所有権者(シェアホルダー)ミクテカに気付かれることなく依頼を完遂して、無事に礎界へ帰ってきた結果……」


「その結果が、ミクテカによる現地人の根絶だったなんて」


 ……え?

 メイは視線こそ動かさなかったが、オーダー用ボードを操作する手を止めてしまった。


「あら、本当に知らなかったか……ショック受けてる? やっぱり優しいのかな?」

「帰還してすぐ、自室にこもって報告書を書いていたので……で、何故、貴女がそれを?」

 こうなったら、あえて取りつくろう必要もないだろう。

 メイはオーダー用ボードを机に置いてエステルに顔を向け、話を聞くことに集中する。

 


「デウカ界の所有権者は二人いる、それは事前調査で知ってるよね? 片方が私の眷族(けんぞく)なのよ。貴女が腐心したミクテカ()()()()()がね」


 つまり、本件の依頼者と個人的なつながりがあり、それを利用して管理官の業務情報を事前に、正規の手続きも経ずに収集したと。

 それは縁故の濫用、越権行為ではないか……?


「昨日、()()()()私と会食しててね、その時に話してくれたの」

 ……いや、依頼者側から自発的に話したのなら……そうとも言いきれない。

 他所から突っ込まれるような弱みは作らない、なかなか上手く逃げ道を作ってる。

 さすがは第一課課長、ということだろうか。


 メイは感心しつつ、話を聞き続ける。



 管理局の干渉を強く嫌う所有権者の片割れ、ミクテカに知られることなく『遣体(けんたい)』……現地ではトーマと呼ばれた男の、その身柄を回収することが今回のメイの目的だった。


 メイはそれを成し遂げた。

 しかし今回はどうやら、目的どおりにミクテカを欺けたのが裏目に出たらしい……というのが、エステルの語る内容だった。


 元々、ミクテカは……自界に受け入れたくなかった異物、遣体トーマを……現地人の暮らしのためとしぶしぶ受け入れたのだと聞いている。

 それをよりによって、現地人に殺害された……デウカ界の神たる自分が私情を捨てて現地人に尽くしたのに、その現地人に己の行為を無にされた……ミクテカはそう感じて、癇癪(かんしゃく)を起こしてしまったらしい。


 そして、デウカ界中を天変地異が襲い、かの地に生きたヒト達は…………



「ま、貴女の責任じゃない。気にすることはないわ」

 それにしても……親族の所有する界だという話なのに、他人事のような言い草……あの異界にいたのは、彼女ではないのか?


 エステルの飄々とした様子がメイを惑わせる。


「そんなに悩まないで、そういうときは甘いものでリセットよ。ほら、あーん」

 メイが異界の顛末について苦悩していると思ったのだろうか、エステルはパフェの残りを一口よそってメイの口元に差し出している。


「いえ、お気持ちはありがたいのですが……私はこっちのほうが」

 メイは苦笑いを作りながら、ビールが表示されたオーダー用ボードを見せる。


「ええ、昼間っからそれ? 悪い子。なんだかんだ『鬼』と呼ばれるだけの問題児なのかな?」

「悪い、ですか? 主上(神さま)は何も禁止なんかしてない、という話ですよ?」

 少なくとも表面的には、笑顔で食事を楽しむ二人の姿があった。


 ……この人が、私の邪魔をするような暇と動機を持っているとは……考えにくいような。




「じゃ、私はそろそろ失礼するわ。今日はありがとう」

「こちらこそ、席を空けていただき助かりました」

「今度は始めから、誘わせてもらおうかな」

 エステルは軽やかに立ち上がり、歩きだした。

 それと入れ代わるように、メイの卓に赤いスープとトーストが届く。

 少し熱いスープを早速口にしながら、メイは一人考えを巡らせようと……


 したところで、食事には不似合いな……有機溶剤めいた臭いがメイの鼻を刺した。


 この臭いは……あのときの。

 あの老獣人の遺体があった部屋の、残り香…………



「エステル課長! 待って!?」

 メイは不意に立ち上がり、先ほどエステルが去ったばかりの方向へ顔を向けた。

 しかし長身なはずのエステルの姿は、人混みのどこにも見当たらなかった。



 やはり、あの異界で私を邪魔しようとしたのは……彼女なのか?


 けど、彼女が何故そんなことをする?

 それ以上に、彼女がそんなヘマを……分かりやすいヒントを残してしまうような……人だとも思えない。

 態度は軽かったが、頭の中まで軽い人だとは思えない。


 なら、まさか……ワザと?

 いや、それはそれで……そうする理由がまったく思いつかない。




 メイは思考をまとめきれず、仕方なくビールをお代わりして……一気に飲み干した。

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