表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/110

おんなは帰り着いたのち

 うーん……ダメだ、考えが上手くまとまらない。



 飾り気に欠けた少し殺風景な部屋のなか、一人机に向かう黒髪の女が頭を掻いている。



 なんか今日ダメだなあ……景気づけに一杯()って、流れ変えようかな? あーでも飲んだらいっそうレポート書けなくなっちゃうか。

 いやいや二、三杯くらいなら、すぐに抜けるから……気分転換も必要だし!



 黒髪の女……メイは淡い光を放つ入力デバイスから右手を離し、勢いよく立ち上がった。

 そして酒器ばかりが入った食器棚から適当に空のグラスを、酒瓶ばかりが入った貯蔵庫から目に付いた茶色い酒瓶を取り出す。


 そして酒の封を切って……封切ったところで、違和感を覚えた。



 あれ、こんなお酒……いつ買ったっけ。



 メイは酒をグラスに注ぎなから、酒瓶のラベルに目をやる。

 地味な色合いのラベルにはシンプルな意匠で『ブニー・セイ』と書かれていて、またその外の瓶の茶色はやけにくすんで見えた。


 しかしその中身を注いだグラスには、存在を感じられないほど透き通った酒が満ちている。

 そしてそれは、色味の無さとは正反対の……茶菓子のような甘い香りを周りに振りまいている。


 メイはグラスをもてあそぶように軽く回し、酒の液面を波立たせてみる。香りがさらに強まった以外には、特に変化はない。波立つ様子も、普通の水と変わりないように見えた。 

 そこでとりあえず一口、軽く味わってから飲み込んだ……それが喉元を過ぎた辺りで、思わず眉を寄せる。


「ハーッ…………」


 あまい。それにねっとりしている気がする。

 舌の先から根、喉、液体が通った場所に甘みを押し付けて、染み込ませていくような……なのにしつこく感じない。

 さらりとしている、というには後味が無さすぎるほど。逃げ足が早いというか、追いかけようとしたそばから消えていくような。

 そして吐いた息が熱い。ちょっと強めの酒なのか。



 美味しい。けど飲みすぎないようにしないと。


 メイはもう一度グラスに口をつけて酒を味わってから、その一杯で止められるように酒瓶を貯蔵庫にしまった。

 近くの椅子に腰かけて、グラスに残った透明な酒を眺めながら考えを巡らせる。




 結局、あの二人からは何も聞き出せなかった。

 二人とも、城では祖父の遺体しか見ていない、祖父と話はできていない……というのは事実なのだろう。


 必要最低限に顔を出して、事を起こし、用が済んだらすぐに口封じ……それほど鮮やかな手並みとなると、ある程度以上の計画性の下で動いていた可能性が高いか。

 それほど計画性を持って綿密に動くには、ある程度私のことを知っているのが前提になるはず。そんな存在があの異界に居るだろうか?


 そして、あのやたらケミカルな臭い……

 うーん……管理局(ここ)の職員が何かしら関与している、と考えたほうが妥当かもしれない。

 ただ、だとすると逆に……あの臭いはずいぶん不用意に思える。

 いっそ、故意にヒントを残していったかのようにすら感じるくらいには。

 まあそれはそれでおかしな話になっちゃうか。そんなことをしても私のお腹が空くだけ


 ってそうじゃなくて、わざわざ手がかりを残す意義が分からない。

 けど、私の任務を邪魔したいのなら他のやり方もあるし、私自体が狙いならちょっと料理の仕方が下手すぎ……ん? 料理?


 ……ああ、そっかあ……そういえば、帰ってきてからなにも食べてない。



 そう一度でも意識してしまうと、頭の中が空腹感に支配されてしまう。

 それを待っていたかのように、腹も不満の音を鳴らす。


 メイは何か食べようか……と考えたところで、先ほど見た貯蔵庫の中は酒ばかりだったことを思い出す。



 そういえばさっき、ツマミになりそうな物もなかったな。

 この時間なら局員用食堂も開いてるし、ちょうどいっか。




 適当に着替えて局員用食堂へ向かうと、確かに食堂は開いていたが……メイの予想よりはるかに混み合っていた。


 あれ、なんか人多いな……席空いてるかな。

 こんなことなら購買部へ行ったほうが良かったか、せめて構内動態確認ボードで混雑状況を確かめとくべきだった……


 メイは軽く後悔しながら空席を探す。


「今年は異動少ないらしいですね」

「デカいヤマがなかったから離脱も少ねえし、モメてるのも第五課くらいってハナシだからな」

「第五課、ですか?」


 賑やかなテーブルの間を抜けて、空きを探すが……なかなか見つからない。


「どしたんそのケガ?」

「あの女、マジムカつく! つぎはぜったい勝つ! てかマジ殺す! 手つだってよヒョン!」

「おいおい、そんな物騒な話なら場所を変えようぜ」

「否、(かえ)ってこのような場たればこそ(はかりごと)漏れ難し」


 いや若干漏れてるけど……ずいぶん血の気の多い管理官(キュレイター)もいるらしい……と少し気にはなるが、今のメイにとっては腹を満たすことこそが重大時である。


 ご飯時でもないのに、どうしてこんなに……? どこかの会合の終わりとかぶっちゃったのか?

 むしろご飯時なら、空席案内ボードが使えたのに。ついてない。


 ……と弱りはてたメイに、声をかける者がいた。



「メイ……さん? 席探してるの?」


 声のした側へ振り返ると、短髪の女が一人パフェを食べていた。


「良かったら相席しましょうか?」

 スラリとした背筋を伸ばし、細腕をパフェに伸ばす……細身で背の高い金髪の女。

 この姿は……第一課課長の、エステル。

 局内では、局長に次ぐといっても過言ではない……押しも押されもせぬ実力者。

 こう言っては失礼かもしれないが、ここで一人パフェを楽しむ姿が……かなり意外に思える人物。


「いえ、お楽しみを邪魔しては申し訳ないので……」

 メイは彼女が手にしたパフェに目線を向けて、遠慮する素振りを見せておく。


「そんなこと気にしないで。せっかくだから、少しお話しましょう?」

 エステルは引き下がろうとしない。


「ちょうど、貴女に聞いてみたい話があるの。ほらほら座って」

 エステルは隣の空いた椅子を引き出してみせる。

 空腹のメイには、強く断る理由も思いつかなかった。


「……では、恐縮ですが……お邪魔します」

 深々と頭を下げてから、メイは席に着いた。



 席に着いたメイは、オーダー用のボードを操作し食事を選んでいる。

 その様子を見ているのか、エステルは静かに声をかけてきた。


「そうそう、デウカ界の件……大変だったそうね」

「……どういう意味ですか?」

 メイはオーダー用ボードから目を離さないまま聞き返す。



 ……なぜ第一課の彼女が、第九課への依頼を気にかけるのだろう?


「難しい依頼をこなして、帰ってきた結果……あんなことになるなんて」

 メイは思わず、無言でエステルへ向き直してしまった。


「あ、怒っちゃった? ……いや、そんな顔じゃないわね。ということは、もしかして……知らないの?」

 エステルはそう言って、メイに微笑みかける。

 しかし何故微笑むのか、メイには分からない。


「そっか、じゃあ……」


「お姉さんが……手取り足取り教えてあげよっか?」

 エステルは微笑んだまま身体を寄せてきた。


「どうして近付いてくるのですか」

「さあ……?」

 やんわり拒もうとしたメイの口ぶりに気付かぬかのように、エステルの手がメイの太腿に添えられていた。

 メイは改めて、それを拒否する。しかしその手を冷たく払いのけるようなことはせず、エステルの手首を優しく掴んで腿から下ろそうとした。



 そのとき、彼女の手首を握ったとき……



 ……細長い身体にぴったり巻き付いた、輝く布地……見たこともないような服を着た女…………



 ほろ酔いのメイの頭が、何かを思い出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ