おんなは責めて、去って
失言の照れ隠しだったのだろうか、よくスナップの利いたメイの平手打ちが四つん這いの尻を叩いていた。
「ぃだっ!?」
とても張りのある爽やかな音が、少女の悲鳴と手を取って走り出すかのように……双方がはっきりと部屋中へ響く。
「姉さん!? って、いきなり何を……」
それにしてもこの体勢……
うーん……ちょっとそそるな…………
後ろから近づけばまるで無防備、こちらの姿が見えないから警戒もほぼできない。
それを意識させてから……あえて横から近づいて姿を見せながら、耳元で何かを囁きながら、というのも面白いかも。
……いや、とりあえず今は真面目にやっとこう。いまいちそんな気分じゃないし。
このまま引っ叩いてるだけで解決……納得できそうなら……
「えっと……レイさん? でいい? なんでこんな」
少し離れたところで椅子に縛り付けられている、獣人の妹ジュニの声がメイの思考を妨げた。
「……あっそっか、とりあえずレイってことにしといて」
名乗る必要はない、むしろ名乗るメリットがまったくない。
メイはジュニの質問を遮りつつ、振り向いて……続いたはずの問いに答えてやる。
「あなた達がお祖父さんから聞いた話を、全て教えてほしいの。嘘は要らない」
「だから!? わたしたちはおじいちゃんとおはなし」
「ちょっと静かに!」
後ろからがなり立てられたことに、どうも少し苛ついてしまったらしい。
メイは先ほどよりも強く、手首のスナップではなく腕の振りを利かせて外に払うような動きでジェニの尻を叩いてしまった。
「ぎっ!? い゛だいっ…………」
パツパツに張った、筋肉を感じさせる手応え。
いやそれより、ちょっと強すぎた。
面倒事のストレスなのか、少し焦ってるのか、それとも……そろそろあれを飲む時期だったろうか。
なんにしても……これはいけない。
相手や当たりどころ次第では普通に骨を折ってしまってもおかしくなかった。そんな重傷を負わせちゃいけない。
強い子で助かった……私もまだまだ、甘いんだろうな。
「反抗的ね……それじゃちょっと信じにくいなあ」
「そんなのおかしいよ! ひどいよ!」
ジェニのがなり声は、涙声に変わっていた。
恐れとともに、別の何かを伝えるような湿り気のある声。
メイは何故か勝手にそう感じて、微かに胸を疼かせてしまった。
「ふふっ」
メイは手も木馬に括り付けられ、頭も満足に動かせないジェニの頭の側へ歩み寄った。
その顔は恐怖に引きつり、頭では尖っていた耳が力なく丸まっている。
メイは涙を浮かべた彼女の顔に指を伸ばす。
「ひっ……」
「それなら、もっと素直になればいいんじゃない?」
そして人差し指の爪先でジェニの目尻を軽く撫でて、指に付いた涙の粒をそのまま彼女の唇の端になすり付けた。
うん、もう少しだけ泣かせてみたい。
……私はまだまだ甘いから、やっちゃうか。
極力後遺症を残さない、という意味も一応あるのだし。
あくまでもこれは、現地人の保護のために……ということで。
私も素直じゃない……のかも。
「ねえ…………これ、なんだか分かる?」
メイはジェニの後方に戻り、電気打棒の先を尻に押し付けた。
もちろん使う気はない。電気打棒の連続使用は内臓や末梢神経系に多大なダメージを与えてしまうおそれがあるから。
まずは一度しっかりと怖がらせて、思考、感情の大半を恐怖に染めておいて……されどメイの狙いは別の場所、別の刺激にある。
「やっ、やだやだそれやめっやだぁ!!」
「ま、待ってレイさんやめて……」
なんとか身体をよじって抵抗しようとするジェニの姿は、失禁でもしてしまいそうなほど震えている。
対して妹ジュニも、前に身体を伸ばして縋りつこうともがきながら、懇願に声を震わせている。
「素直に話す気になった?」
メイは笑顔を作りながら二人に問いかける。
しかし、既に別の方向へスイッチが入ってしまったメイは……もう他人の言葉では止まらないかもしれない。
「本当なの、信じて!?」
妹ジュニの声が、初めて痛切な叫びとして発されていた。
「本当に、私たちおじいちゃんとは……何も……」
メイは顔を曇らせながら話すジュニを一瞥してから、ジェニの尻に当てていた電気打棒を離した。
「私たちだって、おじいちゃんが死ぬ前に誰かに会っていたなら……その人を探したい」
そして目に涙を浮かべながら話すジュニへ近づき、その途中で電気打棒を床に放って手を空けた。
「その人に会えれば、おじいちゃんの仇のことも分かるかもしれないから……」
更にメイはジュニの目前までにじり寄って、彼女の顔に手を伸ばし……
目隠しをしていた。
「え……えっ?」
「貴女の気持ちはよく分かったわ、あとはお姉さんに聞くから……しばらく黙っててくれる?」
「え、は、はい……」
その後ジュニは姉のため、ひたすら口を噤むことにした。
そうして長い時間押し黙っていたジュニが知覚できたのは……ときおり水気を思わせる音がしたことと、姉の出した声のほとんどが言葉にならない悲鳴や、叫び声、呻き声、喘ぎ声……苦しみとも別の何かとも区別できないような声を何度も何度もあげて、ときどきそれ等を途切れさせる姉の様子くらいのものだった。
目隠しの先で、声にならない声をあげ続ける姉のことが心配で心配で……胸が張り裂けそうなほど苦しくなった。
と、あるとき本当に胸の裏側が裂けたかのような激しい痛みと、身体が上下反転したかのような重い目眩を感じて……
……次に気が付いた時には、姉のジェニともども見覚えのある王城の客間に戻っていた。
祖父の遺体も、それを見つけたときと変わりなく残っていた。
そして、あの女だけがいない。