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おんなは姉妹をラチカンキン

「コムナイ家の係累を騙る魔女を捕らえろ!」

「生死は問わぬ、捕えた者への褒美は思いのままぞ! 行け!!」


「まだ遠くへは行ってないはずだ、逃がすな!」

「城も街もぜんぶ洗って、いぶし出せ!!」


「捕まえろ! 折伏(しゃくぶく)で清めてやろうぜ!」


 不純な計算と物欲と、ある意味純粋な……秘められた情欲を乗せた罵声が広間に響く。

 それは雄叫びと足音に変わり、やがて薄れていった。


 そんな一連の騒ぎを、女は人知れず聞いていた。

 光学迷彩で不可視化した身体を壁にもたれさせて。



 ……私なら、ここにいるけど……なんて。

 ところで折伏って何する気だろ。長めのお説教とかで済む話? じゃないよね絶対。お説教も要らないけどさ。


 ま、とりあえず……こうして戦わないでおけば現地人の犠牲を出さずに済む。みんなケガなく良かったね。


 さて、早く帰りたい……けど、その前に確かめとくべきか。

 コリという老人の話、気になる点しか無いような話だし。



 老人を北大陸へ運んだという移動技術については、事前の調査不足って可能性も無くはないけど……

 そんな能力を持った者がこの異界に存在しているとして、私のことを知り、またその上でわざわざ私の邪魔をするだろうか? それも、『竜騎兵』殺しは妨げずにただ私の正体を暴くだけ……

 そんなムーブをして楽しいのだろうか? それとも、私とこの国の兵が争うところでも見たかったのか?


 いや……違うかな。あの王が例えたような「私の知り合い」……私と同じようにこの異界へ侵入した者、と考えたほうが良いのかもしれない。

 ただ、その場合……明らかに私に悪意を持ち、どこかで私の行動を知り、それを元に私の意図を読み……


 そんな者がいるとしたら、それは間違いなく……管理局内部に通じた者。

 そうなると少し困る……帰ってからやらなきゃいけないことがあれこれ出てくる。

 それはちょっとめんどくさい。できれば誰かに任せて寝てたい。けど任せる人がいない。


 と、どちらにしても……こっちでやるべきことは、自分でやっておかないと。




 姿を隠したまま、女……メイは老人コリら、獣人の一家を探すため広間を去ることにした。

 なるべく音を立てずに、人や物にはぶつからぬように……


「しかし、見つかりますかな……」

「というかアワーよ、今になって思ったのだが……外であの女と兵らを戦わせるのはまずくないか?」

「あ……ま、まあ有事の際に多少の犠牲は付き物ですからな」


 広間では男二人がのんびりした調子で話し続けていた。


「まあ最悪の場合は、『破軍星』であの女を撃てば……」

「どうにでもなる、か」


 はぐんしょう? この国にある切り札、何らかの兵器のことだろうか。

 この異界にどれほどのテクノロジーがあるのか、興味なくもないけど……それよりはあの老人、あの一家を捕まえて話を聞くのが先だろう。


 背中越しに聞こえてくる話の内容は、今のメイにはどうでもいいことと考えられた。



 メイは広間を出て、周囲の様子を確かめながら廊下を歩いたが……人の気配は無いように感じられた。

 大勢出ていったばかりだし当たり前か、と省みながら階段を探して降りてみる。すると踊り場のあたりで、どこからか……すすり泣くような声が耳を掠めた。

 その声は何となく、あの獣人姉妹のどちらかのものではないかと直感させる。


 どこかから反響している? 

 石造り……建物の材質を考えると、近くとは限らない?

 それに階段まで響いてるなら、どの階からかも分からない……地上とは限らない、もしかしたら地下かもしれない。

 とにかく、各フロアを周ってみよう。けどあの子たちとは無関係かもしれないし、城内を探すなら念のため出入り口の周辺からにしたほうが良いか。

 探してる間にあの子たちが城外へ出ちゃうかもしれないし。



 出会い頭に人とぶつからないことだけ注意して、メイは一階の各部屋を探索し、のち二階へ向かった。

 一階では泣き声の主も歩き回る獣人も見当たらなかった。だが幸いにも微かに響く泣き声は消えることがなく、また時折頭上から聞こえることがあった。


 二階には客室がいくつもある、各部屋をしらみつぶしに当たっていくのは骨が折れそうだな……

 メイはそう心配しながら東側の数部屋を確かめた。すると各部屋には誰もいなかったが、ある部屋に入ると泣き声がはっきりと聞こえたように感じた。


 近い。まだ見てないこちら側の客室のどれかに、この声をあげ続ける少女がおそらく…………


 そこから一つ、二つと部屋を検めたのち、三部屋目の扉に差し掛かったところで……奥から鮮明なすすり泣きが届いた。



「なんで、なんで……おじいちゃん…………」

「誰がこんなこと……どうして……」


 メイは音を立てないように扉をそうっと、慎重に少し開けて室内を覗き込む。

 やはり、泣き声は獣人姉妹のものであった。

 姉妹は部屋の中央で倒れている人を挟むように寄り添っていて、顔をくしゃくしゃにしながらうつむき、震えている。涙を流しているのだろうか。


 おじいちゃん、と言っている……なら、中で倒れているのが老人コリ……既に死んでいる?

 いや……誰が、と言う以上身体のどこかに外傷があるのだろう。ここから外傷は見えないが……つまり殺されている?

 他殺……もし口封じだとしたら、割と困る。けどあり得ない話じゃないはず。


 とりあえず、自分の眼で見てみたいが……より慎重に、絶対に音を出さずに…………



 メイは姉妹が扉の側には一目もくれないのをいいことに、静かに一人分の隙間を開けて部屋へ忍び込んだ。

 何の物音もさせなかった、上手く行った……ん、この香りは?


 姉妹とも老人とも異なる、いやこの異界にはまだ存在しないと思しき有機化学的な残り香、微かではあるが不自然極まりない残り香が鼻先を刺激した……


 と、姉妹が同調したかのように同じタイミングで顔を上げる。


「だれ……?」


 見えてはいないはず。こちらからは反応を返さない。

 けれどこの前みたく、匂いか何かですぐに察知されるだろう。無力化……電気打棒にしようかな。


 メイは姉妹の声を無視して、どこからともなく……と言ってもその姿は不可視化されているが……放電デバイスを取り出して起動させる。そうしつつ、部屋の奥へ進み遺体の様子を確認した。


 頭を打ち抜かれてる……しかもこの小径だと、相当な高硬度の細剣による刺突か、相応に高威力の銃による射撃……

 どちらにしても、この異界に有りそうな技術じゃない……そして、こんな場所で悲鳴が上がったはずなのに、特に騒ぎになっていない……ヤだな、どう転んでもめんどそうだな。



 メイは頭の細い穴から血を流す老人の遺体を見下ろしながら、望まざる結末を予想して気落ちしていた。

 そして望まざる出来事が続く。


「この少しあまいにおい……」

「レイ……さん? 近くにいるの?」

 獣人姉妹の声がはっきりと部屋を満たした。

 それに連れて、妹はきょろきょろと辺りを見回す。


 と、そのとき妹の爪が……メイの体表を偽る粒子の一部を掻き取った。


「あっ……」


 こうなってしまったら、仕方ないね。


「えっ!? えっあ゛っっ!? ぁ゛……」

「ど、どうしたのジュニあ゛ぎっ……」



 電気打棒で姉妹の身体に電流を流して、無力化した。

 それも、彼女たちの身体能力を考慮して、少し強めにしておいた。


「や……いだ……」

「な、なにこれ……力が……」


 ……上手に灼けました、かな?



 メイは姉妹に心臓発作様の症状が見られないことを確かめてから……小声で、しかし力強く囁いた!


「Welcome to …… "incubation motel" annex!」

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