おんなの本性あらわれ
「どういう意味でしょうか? これも、以前お見せしたはずですが」
兵士に囲まれた黒髪の女はそう言いながら、銀の板で彫られたギルド証を取り出して顔の横で掲げた。
顔色ひとつ変えることなく。
「余裕を見せておけばまだ騙せると踏んでいるのか? 大した女だ」
国王はそんな女の態度に触れつつも、その物証らしきものに目もくれない。
「それも乗船券も、本人から盗んだのだろう? あの老人から聞いたぞ」
老人? というか……盗んだだって? 人聞きの悪い。
彼女を眠らせてるうちに原本……現物をコピー用に確認しただけで、奪ってはいないのに。
「老人? 何のことでしょうか?」
女は眉を寄せて天井を仰いでみせる。
今度の一言は……女の素直な気持ちと一致した発言である。
どの老人だとしても……この件に何の関係もないはずだけど。
「ふっ……可能であれば、お前のほうがよい手駒になるのかもしれんのだがな」
「それは危険でしょう、陛下」
「分かっているさ」
二人は何かを企んでいるらしく、女を包囲した状況からすぐに進展させようとはしない。
女のほうでも……そうであれば、もう少し話を訊いておこうと考える。
「それで、私をレイ・コムナイではないと断ずる老人とは、誰のことです? その老人の言が正しいと、何故判るのです?」
「ああ、それは……クリだったか、いやコリだったかな……?」
「コリですな」
「そうそう、コリだ……お前が城に置き去りにしていった獣人……姉妹の身内だよ」
「え?」
女は困惑を隠せないでいた。
「何故、あの方が、そんなことを断言できるのですか? ここで初めてお会いしたというのに……何故、それを信じられるのですか?」
女の説明は丁寧だった。
しかしそれは、老人の言が的を射ている故のものである。
「昨日不思議な女に導かれて、会ってきたと言うのだよ」
「お前とはまるで違う華奢な姿をした、本物のレイ・イシューリア・コムナイにな」
男達の物言いは、おそらく事実であり……女には信じがたいものであった。
「不思議な女? そんな話を信じて、私のことは信じないと?」
…………どういうこと?
城内いや領内に、彼女……レイ・コムナイの容姿を知るものは誰もいなかった。事前調査でも、ここでの会話からも明らかだった……はずなのに。
仮に、万が一……『保育館』が壊れて本物の彼女が解放されてしまったとしても、いや……『保育館』のエラーメッセージも出てない。
それに、もし彼女のことが発覚しても……情報がここへ届くまでに、この異界の船便で……短く見積もっても五日はかかるはず。
あの老人が使ったような使い魔とやらも、生物の速度……亜音速クラスの移動はできないことを調べてある。
この異界では、人や使い魔とやらの行き来より速く情報を得ることはできないはず。空間転移どころか無線通信の技術もまだないのだから。
まあいいか、そんなことは後で考えよう……
「ふむ、ならば聞かせてやろうか。あの老人が言うにはな……」
「孫娘たちとはぐれてしまったから、城の周りを探していたら……おかしな女魔法使いに出会したのだと」
「細長い身体にぴったり巻き付いた、輝く布地……見たこともないような服を着た女だったそうだ。お前の知り合いではないのか?」
「その女に連れられて空を飛び、あっという間に海を越え……北の大陸の港町まで連れて行かれたのだと」
「え、そんな……与太話では?」
女は思わず口を挟んでしまうが……老人の呆けだ、とまでは言わない。
「ふむ、その港町で……本物のレイ・イシューリア・コムナイと話をしてきたというのだ」
「その本物のレイは、昨日まで魔術かなにかで捕らえられて、王侯貴族の寝室のような部屋から出られずにいたのだそうな」
え、ということはやはり……『保育館』が壊れたのか? なら何故エラーも吐かない?
女の思考が、少し顛末に近付く。
「そして本物のレイは、お前とは似ても似つかぬ……小柄で地味な娘だったと」
「本物の銀板のギルド証も、こちらへ向かうためにギルドから受け取っていた乗船券も見せてくれたと言うぞ」
あらら、そこまで分かっているなら、これ以上は騙せないか……仕方ない。詰めが甘かったかな……
……ま、ここでバレるのは別に構わない。
あれに私の「仕事」だとバレなければ、それで十分。
「さて、大人しくしてもらおうか。お前をコムナイ家に売り、あの高名な一族と誼を通じるために……」
男達の話を聴きつつ……女は手元に、奇妙な小物を静かに取り出した。
その様子が不自然なほど穏やかなことが、むしろ……女を囲む兵士達に緊張を走らせる。
しかし玉座に着く男は冷静だった。
「おっと、お前の魔法はここでは使えぬぞ? 既に、階下で魔封の陣を組ませているからな」
「魔封の陣……」
そんな技術が有るのかと、女は少し感心したが……
「別に、関係な」
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ゛!!」
突如、耳をつんざくような小娘の悲鳴が階下から響いた!
「なっ!?」「なんだぁっ」「なんつう声だ!?」
玉座の間にいた全員が金切り声に曝され、混乱するなか……悲鳴よりも更に強烈な閃光が室内に溢れた!
なにこれ? ま、丁度いいか……それじゃ、今日はさようなら。
あまりに眩しい光を直視してしまった者達が、本能的に身体を丸め…………
そこから立ち直ったときには、女一人だけがそこから消え失せていた。