おんなは結末を示しつつ
もう少し飲みたかったんだけど、先に寝られちゃったししょうがないか。あの道具の使い方もよくわかんないし。
一応仕事だし、意識がうっすら残ってるかもしれないから……ちゃんと約束も守っといた。
ともあれ、これで問題なく回収完了。さっさと後始末して帰ろう。
早く帰って、あの子があれ喜ぶかどうか試してみたいし。
女は獣人の姉妹が地下に捕らえられている、という話を思い出す。
さて、二人を助け出して……あ、連れてくる前に、ちょっとそれっぽく荒らしておくか。
女は一旦寝室から廊下へ出て、廊下の床や壁を適当に叩き始めた。
叩く力に強弱を付けて、大小の凹みやひび割れを作る。
続いて銃器を取り出し、熱線で周囲に焦げ目を付ける。
うん、これでなんとなく現場感出たかな……ヨシ!
それから寝室に戻って男の遺体を引っ張り出し、扉の廊下側にもたれ掛からせてから地下へ降りた。
「ん…………、っ、イッケシ!」
女は地下に降りて早々、くしゃみをしてしまった。
長らく使われていなかった場所なのだろう、ずいぶん埃っぽい。
地下では外の光もあまり届かず、薄暗い。そのため女はまず燭台を探し、灯りを点す。
すると何やら物音がしだした。姉妹がこちらの、自分たちヘ近付く者の存在に気付いて……何か手を打とうともがいているのだろうか?
なんにせよ、居場所が分かるのは好都合だ。探す手間が減る。
「んう、んー!?」
物音から獣人の姉妹を探し当てると……二人は両の手首と足首を括られ、猿轡も噛まされていた。
女は姉妹を見下ろし、その全身、様子を一通り眺めてから……湿り気のある息を吐く。
……そうしてから、片割れの猿轡を外してやった。
「プハッ……レ、レイさん……? ど、どういうことなの!?」
「話は帰り道で聞きます、先に少し手伝ってくれませんか」
女は先に、もう一人の猿轡を取り去ってやる。
「ふう……手つだう? って?」
「『竜騎兵』トーマを埋葬したいのですが……私も身体を痛めてしまったので、一人では運び出すのが辛くて」
女は説明しつつ、その理由については適当な嘘で取り繕う。
そして、その点にはあまり触れてこないことを願いながらまず姉、次に妹……と手足の縄を解いてやる。
「え、てことはもしかして、ア、アイツたおしたの? まさか……」
手足の自由を取り戻した獣人の姉は微かに耳を震わせるとともに、毛のない額に冷や汗をにじませている。
トーマ……『遣体』の男の、その力量を実感させられた直後に……それを超える者が平然と、間近に存在していたことを知ったのだ。
身震いするのも致し方ない。
「依頼人は彼の生死を問わないと言っていました、懇ろに葬ってあげましょう」
少し感傷的になっている面もあるのだろうが、女はひとまず三人で男を埋葬することにより『竜騎兵』……彼のここでの死を、姉妹にはっきり認識させようと考えている。
それは当初の予定通り。順調である。
「……えっ? ねごろ?」
「墓を作って、埋めてあげようってこと……でも、なんで?」
妹は姉が女の言を理解できていないことを察し、姉にその言が意味する行為を説明しつつ……女に理由を尋ねた。
「上に向かいながら話しましょうか」
立ち上がっていた姉妹の様子から目立った外傷がないことを察し、女は来た道を戻っていく。
三人は連れ立って、ゆっくり最上階の寝室を目指した。
先頭を行く女は時折後ろへ向き直して、姉妹に視線を向けながら話をする。
「あの宝……『保食璧』でしたか、あれさえ持ち帰れば良い、『竜騎兵トーマ』の生死は不問……というのが今回の依頼内容でしたね」
「うん」
姉妹は頷く。女は話を続ける。
「私にはあの男、トーマが……依頼人たちが言うように酷薄な、唾棄されるべき人物だとは到底思えないのです」
姉は言葉の意味を理解してないかもしれない。が、少なくとも妹のほうは、話を理解した上で納得していない様子に見えた。
そう感じた女は話を続けて、
「現に、貴女たちのことも殺そうとはしなかった……本来はとても優しく清廉な人だったのでは、と思えてならないのです」
お前たちが生きていることこそが証拠……と主張する。
「なるほどなあ、たしかに」
「言われてみれば、殺しも犯しもされなかったけど……」
「べつにあたしはどうでもいいかなぁ」
「どうでも良いなら尚更、最期くらい静かに眠らせてあげましょう」
本来の目的からすれば、トーマが間違いなく死んでいて、それが女により殺害されたのだと認識させられれば、それで十分なのだが……やはり、女は感傷的になっているのだろう。
誰の手により転移させられたのだとしても……転移させられた『遣体』である以上は……本人に大きな責がない限り、雑に扱われてほしくない。
「あまり『遣体』に感情移入するな」というのが新人研修からの決まり文句だし、今でもたまに言われるけど……私はあまり賛成できない。
力を持たせて終わり……ではなく、一人のヒトとしての存在と権利を尊重すべきだ。『遣体』だって、ヒトなのだから。
「うん、これくらいの深さがあれば良いでしょう」
遺体を運び出した三人は、廃城の外壁沿いに深く穴を掘る。人の気配がない場所なので、獣に掘り返されないよう深く。
そして遺体をそこに埋め、先ほど掘ったばかりの土をかぶせていく。
彼の本体はそこにはないが、何となく女はそうしてやりたかった。
「ありがとう、では帰り……の前に、寝室に依頼の宝を忘れてきてしまいました」
「えっ」
女の言には、ここへ来た目的であろうはずの、宝への興味の薄さが表れていた。
「取ってきてくれますか? 正門の前で待ってますから」
女は事もなげに姉妹へ頼む。
「……私たちがそのまま逃げるとは思わないの?」
「そう易々と、逃げ切れると考えているなら……逃げてみてもかまいませんよ?」
獣人の妹が発した疑問に、女はにこやかに答えを返す。
「一度だけの裏切りなら、許しましょう?」
女はにこやかな表情を変えないでいる。
しかしその表情は、顔に描いた絵のような、どこか不自然なもの……と、姉妹ともに直感していた。
「私たちには、そんなつもりもないです。その証拠に……私が行ってくるから、姉さんはここで待ってて」
「わかった、おねがーい」
任せた、という様子の姉に一目目配せしてから、妹は一人城内へ駆けていった。
果たして、妹は素直に依頼の宝『保食璧』を取って戻ってきた。
「それは貴女たちが持っててください。私が闘っている隙に貴女たちが盗み出したことにしましょう、そうすれば」
「え、それでいいんです……か?」
「私の言うことを聞いてくれたご褒美、ということで」
妹には少し納得のいかない点があったようだが、女魔術師に従って城へ戻ることにした。
あっちも早く仕上げなきゃ…