くだものとけもの
「で、とりあえずお金が要りそうかなって」
鮮やかな赤い髪を左右にまとめた女と、暗めのホワイトベージュというような色の癖っ毛を伸ばした女と、黒髪の女……少し殺風景な部屋で、三人の女が飲み物を片手に談笑している。
「あのさメイやん、『ルミネセンス』? ってどんな感じよ? ぜんぜん分かんないんだけど」
「半分くらいしか合っていない……」
癖っ毛の女が呆れた様子で口を半開きにしながら首をひねり、赤髪の女へ光のない青い瞳を向ける。
「ん……『ルネッサンス』のこと?」
黒髪の……メイの問いに赤髪の女がうなずく。
「そうねえ、レイナに分かるように例えるなら……銃が普及する少し前くらいのレベル、ってとこかな」
メイは発泡性の液体を手酌しながら、赤髪の女の趣味嗜好に合わせた説明をしてやる。
「あー……だいたい理解した、あざお」
「それで分かるレイナを理解できない……」
赤髪の……レイナと呼ばれた女は目を見開いてメイへ顔を向け直し、にっこり笑いかけた。その様子を見た癖っ毛の女はまたしても首をひねり、頭を抱える。
「つかそんなとこならメイやんが行かなくてもよかったんじゃね? あんまし強くなくても余裕しょ」
「いいえ。『逸脱』があれば、そうでもない……」
それまで半開きでじとりとレイナを見ていた癖っ毛の女の青い瞳は、ついに力無く閉じてしまう。
「そうなん? よく分かんね……はぁ〜あ、あたしも早く『識見外挿』受けたいなぁ」
「お、レイナがそんな事言うなんて意外ね」
「うんにゃ、あたし入局してすぐ申請出してんだょ? やっぱさ、きゃぱいあたしは早く卒業したいしっ」
「……それはあまり期待できない……」
「そうなん? ぴえん」
レイナがうつむく。すると、ふわふわした横髪がしおれるように見えて微笑ましい。
「実際、思考力にはあまり影響しないことが多いと聞いてるけど……早く『適合思念』が見つかると良いわね」
「もう何年か忘れたくらいずっ出しだよ……もうぱおん」
「あっごめん続きよろ」
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異界から来た女は、この世界の食事で腹を満たすことを当面の目的と決めた。
このような社会であれば、既に貨幣経済が成立していると予想できる。であれば、街中で食事をとるにはまず金を用意する必要があるだろう。
────異界での活動中に現地の物品が必要になった場合、それらをどのように調達するかは『管理官』各人の裁量に任されている。
そのため、反社会的と思しき現地民を選んで力ずくで奪う者もいれば、こっそり盗み出す者もいる。
一方、メイは……なるべく現地人を困らせないように、立体画像や重量、材質等の情報を集めてから、積層造形技術によってコピーすることを好んだ。
またそれは、業務との関連の深さにかかわらず……異界人、またその社会や異界そのものへの影響の低減、あるいは万が一業務査察を受けてしまった場合への備え……どちらの面でも当然の配慮だと、メイは考えている────
視覚画像処理アプリを起動しといて、お金のやり取りがされている場所を探してみよう。
屋台なり露店なり、外から見える店があればベストなんだけど。
獣人たちや町並みを眺めながらブラブラ散策していると、いつしか食料品市場らしき露店街にたどり着いていた。
辺りを見渡してみると、野菜や果実、またはそれ等の加工品らしきものを扱う店がいくつも並んでいる。しかしどこを見ても植物性の食料ばかりで、肉や魚らしき食材は全く見当たらない。
変ね……肉食っぽい人たちも多いのに、肉や魚を取り扱っていない……?
肉や魚は別の区画で扱われているのか、それとも……?
買い物しつつ、聞いてみることにしようかな。
女は露店街のあちこちを歩き回り……金属光沢を持つ銀白色で長方形の、または赤茶けた色で円形の小板がやりとりされる様子を何度か目にした。
またそのなかで、時おり小板がぶつかり合う音は一般的な金属の硬度と重量を想像させた。
普通に銀と銅……かな? よくあるパターンだけど。
なんにしても、この文明レベルで貨幣に使われるほど世界にありふれた素材なら、まあ大丈夫でしょう。
メイは一旦、物陰に身を隠す。
そしてどこからともなく、長槍と見紛うほど長大な筒を手元に取り出し……それを地面に深く突き刺した。
そして地面から腰の高さほど露出した筒の先端に手を当て、目を閉じて祈るように何かをつぶやく……
すると少しの間を置いて……筒の周辺に、長方形の銀貨と円形の銅貨が現れ始めた。
地面と物理的に接している物体から必要な元素を取り込み、精錬し……確定データと予測データをもとに成型する。
最初の一つを作成するのには少し時間がかかるが、二つ目以降の複製は早い。
貨幣の刻印も、画像情報通りに再現できている。
これなら、そう簡単には贋金と分からないだろう。それこそ、贋金と分からないまま流通し続けてしまうかもしれない。
……ま、この世界の全員が本物の金だと思っているなら……少なくともここでは本物の金だ。貨幣価値に影響するような大金でもなければ、いっそそうなってくれた方が無害なのかも。
よし、お買いものへ行ってみよっか。
果物らしき農産物を手前に並べた、狸のような顔の商人と接触してみることにした。
「これ、くださいな」
正面、手前側の一角に積まれた黄色い果物を手で指し示す。
「ひとつかい? 銅貨六枚だよ」
女はある予測のもと、長方形の銀貨を二枚差し出してみた。
「え? なんで角銀貨が二枚なんだい?」
「あ、ごめんなさい」
女は銀貨のうち一枚を引っ込め、もう一枚を残した。
「あいよ。ほれ、釣りだ」
商人は釣り銭として銅貨を四枚出してきた。
ということは、この異界の貨幣……少なくとも手持ちの角銀貨と銅貨は十倍の価値差で扱われている。であれば他の貨幣も、十進法……十の倍数を用いて価値付けされている可能性が高いだろうか。けれどここでは他の貨幣は見当たらなかった。
とりあえず、お釣りが普通に出てくるようだし……ひとまず角銀貨を多めに持っておけば問題ないかな。
女は念のため、この店で貨幣の扱いを確かめておいた。
しかし確かめておきたいことは他にもある。
「この辺、野菜や果物ばかり売ってるみたいだけど、他の食材は扱ってないのかしら?」
釣り銭と果実を受け取りながら、訊ねてみる。
「ああ、市場の西側……ちょうどあんたの後ろがわへまっすぐ歩けば、麦の一種や玄米の粉とか、パンが売ってるよ」
別の区画では、穀物を売っているらしい。
「その他にはないの?」
しかし女が求めているのは、肉や魚である。その言葉を聞きたいのに、じれったい。
「他? 他はもう……ないよ」
ところが……他、と問われた商人は目を伏せ、どこか沈んだ様子を見せる。
「そう……ありがとう」
女は手持ちの、何となく選んだ果物を食べてみたくなって、道の脇に置かれた適当な箱に腰掛けた。
そして黄色い果実をかじってみる。
皮はザラッとした舌触りだが味はない。では実の側は?
舌で上下を反転させてみる。
すッッッッ
ぱい!!
痛いほどに!!
風味は凄くいいのに! 口に入れてられない!!
通り過ぎたうちの何人かが怪訝そうな目を向けていることに気付いた。
……もしかしたら、そのまま食べるような果物ではないのだろうか?
と、賑やかな様子の声と物音が聞こえてきた。
そこへ視線を向けると……大勢の獣人たちが、一人を囲んでいる。どうやら、中央に立つ者の話を聴いているらしい。
それは衆人のなかで美しく、光輝くような、気高い存在……
人だかりの中に、それを感じ取った。
きゃぱい:いっぱいいっぱいな様子、またはその状態。テンパっている、キャパオーバーである状態、またはその様子。