表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/110

標的の人と、いつものおんな

 ちょっと風味が違うけど、これはこれで……美味しい!

 香りも味わいも後味のキレも、何にしても……街で飲んだ酒とはレベルが違う!

 『礎界』の炭酸ワインに近いレベルかも? 癒やされる!



「あの、できたら……お代わりくださいな」

 女は逸る心を必死に抑えて、少し遠慮がちに空の杯を差し出した。


「ああ、それは構わねえけど……」

 男は片手で杯を差し戻してから円盤を操作し、片手では持て余しそうな大きさのピッチャーを出した。



 そうか、この円盤? が……あの人達が言ってた『保食璧(ウケモチノヘキ)』か。

 何か粒子が集って、それらの一部が高く励起されて……

 そのエナジーを基にして、原子が造られたのか、他次元から物質が移送されてきたのか……傍目には原理が分からないけど、これは確かに便利そう。

 持って帰りたくなっちゃう。けど我慢。



「で、飲みながらでいいんだけどさ……結局お姉さんは何しに来たの?」

 男は話しつつ、ピッチャーから女に酒を注いでやる。



 あの人達にとってはこの『保食璧』こそが重要で、これを壊さずに彼だけを除きたいのだろう。

 話しぶりからすると、あの人達はおそらく……戦略兵器クラスの破壊力を持つ武具を隠している。周囲の被害を承知の上でそれを使えば、彼を殺害できると踏んでいるのだろう。

 ただ、そうすると彼の持つこの道具も壊れてしまうから……それは避けたいのだろう。


 それで、彼の命に関係なく、ただこの宝具さえ取り返せれば良い、と…………



「そうですね、詳しく状況を話すと長くなります……簡潔な話がお好みですか?」

 そこまで言って、女はまた杯を空けた。とても満足そうに。

 胸の内はまだ明かさない。



 そして、私にとっては……そんな宝具よりも、彼……この『遣体(けんたい)』こそが重要。

 彼ほどの……高レベルでの素養付与を受けたにもかかわらず、未調整でこれだけ穏やかな気質を有している『遣体』……


 彼のような『遣体』は……もっと危機的な、その能力と人格を活かせる、そして……もう少し当人の活躍が報われる異界へ……派遣されるべきだと思う。



「まかせるよ……長く話したいなら、全部聞いてもいい。あ、お代わりいる?」

 そう答えた男の目に光は無く、顔には諦めの色が濃く……その背中はまた煤けていて。



 このレベルの『遣体』をこんなところで雑に使われて、傷物にされるのは惜しい。

 レアモノをこんな異界で壊されたら、もったいない。


 もう壊れてるんでなければいいけど。



「心という器は、ひとたび…………ぇ?」

 追加の酒を注いでもらいながら、女は妙なことを呟きかけた。

 それは本人にも不可解な言葉だったのか、女は首をかしげながら口を止める。


「あん、どうかしたか?」

「いえ、ごめんなさい何でもないの」

 女は物言いを誤魔化すかのように勢い良く酒を(あお)った。



 ああ、()()が出ちゃった……のかな。



「なあ、さっきから飲んでばかりだけど、つまみはいらないのか?」

「喉が乾いてたからまだ大丈夫、お気遣いありがとう」

「あんまし飲みすぎんなよ……まあ俺が言えたことじゃねえけどさ」

 見栄えのしない男が、少し赤い顔で力なく笑う。



 取り繕った様子も見えない。下心もまるで無いらしい。

 本来、本当に根の穏やかな、優しく正しい人なのだろう。


 こんな人が現地の人々に疎まれて過ごしているのを実感するのは、あまり気分の良いものじゃない。

 依頼の出所や行動についての要望はともかく、この異界から彼……この『遣体』を回収すること自体は、とても意義深いように感じる。



「さて、喉も潤いました……私の話を聞いてくれますか?」

 そう言いながら、女はようやく杯を手放した。


「うん、で……Youは何しにここへ?」

「お前を殺す」

 まるで売り言葉に買い言葉……男の言い回しに釣られたように、女の過激な台詞が口をついて出ていた。


「あっいえ、まあ間違ってはないのですが……」

 女は、そんな乱暴な言葉をかけるつもりではなかった。

 どうやら、男の妙な言い回しがその一言を引き出してしまったらしい。

 少しきまり悪そうに苦笑する。



 また……今日は、そういう日か。



「……そっか、どうしようかな」

 しかしそんな強い言葉を向けられた男の反応は、淡々としていた。


「それは、復讐というか……拷問とか、苦しめる系?」

「そんなつもりはありません。これ以上貴方に苦しんでほしくないので……」

 まるで生への執着を感じさせない男の声と、これから人を殺そうという意思を感じられない女の声。

 

「苦しんでほしくない、か……それなら、いいかな」

「いい、とは? 遠慮しておく、ということですか?」

「いや……もう未練もないし、本当に苦しまないなら……殺してくれていいよ」

 男は乾いた笑みを女に向ける。


「あっごめんなさい、その前に一つだけ……あの姉妹はどこに?」

「ああ……あいつらなら、うるさかったから縛って地下の牢に閉じ込めたよ」

「殺さなかったのですね、やはり貴方は」

 優しい人。そこまでは口にせず、女は微笑む。



 地下なら、大声を出さなければここでの話し声も漏れ聞こえないだろう。

 ある程度、こちらの素性を明かして……平和裏に事を済ませようかな。




 女はリボルバー式の銃器……おそらくこの異界では、銃の原型となる火砲が発明された頃……ここにはまだ存在しない形状の銃を手にして男に見せた。


「これは……この世界の人間じゃないってことか?」

 男は女の素性と、銃器を見せた意図をすぐに理解した。


「簡単に言えばそういうことです。それが分かるなら、これなら苦しまないこともおそらく分かる……でなくても、なんとなく想像はできますね?」

 男が『遣体』である以上、()()が示す女の能力の程度はよく分かるはずである。


「ああ、信じられそうだ……最期に一つだけ、頼んでいいか?」

「私にできることなら。誰かへの言伝ですか?」

 常識的な範囲のことなら、叶えてやろうと女は考えている。


「俺にそんな相手はいないよ」

 男は自嘲的に笑ってみせた。


「お姉さんに膝枕してもらって、できたらそのまま殺してほしい」

「は?」




 ベッドに腰掛けた女の太腿を枕にして、男は横になった。

 女は男の安らかな顔を見下ろして、安らかでない心地でいる。



 顔近……やっぱこれ若干やだな…………早めに()ろっかな……



 と、銃器を手に取り……処理用の弾丸『六柱緑弾(ベリクプルム)』を装填しようとしたところで、下から嗚咽が聞こえてきた。

 もちろんそれは、腿に乗せた男の頭から発せられたもの。


「あったけえ……ぐッ、グヒ…………あったけえよ……」

 あからさまなほど、まさしく感極まったという表情。声。

 ぼろぼろと零れる涙。




 精神的にかなり参っているのだろうか。

 話くらいはもう少し聞いてやってから、優しくしてやってから殺ったほうがいいか。

 不安定な状態で『霊体』だけ切り離すのは、リスク高いし。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ