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不審者の 正体見たり 例のおんな

 よし、狙い通り……あの子達がちゃんと付いてきてる。

 このまま現場まで着いてきて、目撃者になってね。

 『竜騎兵トーマ』を殺したのはレイ・コムナイ……現地の人間だ、という誤報を広める発見者に。



 黒髪を夜風になびかせる女が一人、星月夜に身を晒している。 

 女は手元の板に映る光をときどき確認しながら、廃城へ向かう獣道を歩き続けていた。



 それにしても、あの子達……

 屋敷では、足音を拾ったのか匂いを追ったのかは分からないけど、光学迷彩で外観だけ消していた私が出ていくのをしっかり察知して、追いかけてきて……良いセンスしてる。


 そしてこの森では、何の気配も感じさせずに、私との距離を維持し続けてるなんて……大したスニーキング能力ね。

 手荷物にこっそり発信器を付けておかなかったら、こっちはとっくに見失ってるとこだった。


 思った通り、いや下手したら想像以上に……相当五感が鋭いらしくて、行動力もある。引き締まった身体してたし、体力もありそう。

 さほど悪知恵に長けたタイプではなさそうに思えるけど、油断は禁物かな。



 獣人の姉妹を遠巻きに引き連れたまま、女は『竜騎兵トーマ』が立て籠もる廃城の正門前にたどり着いた。

 女は事もなげに正門に歩いて近付こうと……して、数歩で立ち止まった。


 女は耳元で、この世界では生まれないはずの……電子的な警告音が鳴ったように感じていた。

 それは、空耳でも耳鳴りでもない。ここへ来る前にインストールしておいた、特異な素粒子の澱みを検知し警告するアプリが聴覚神経に警告信号を発生させたのだ。



 うわ、やな音……


 脳に直接認知させるのではなく、視覚や聴覚などの感覚神経を経由させるこのシステム……人工学、だっけ?

 なんでも生物的な本能に根ざした理論らしいけど、あまり気持ちのいいものじゃない。

 確かに思い込みによるミスを減らせそうな気はしなくもないけど、慣れるまでとても気持ち悪かったのを思い出す。


 いや、正直今でも……幻聴みたいで少し気持ち悪い。

 軽い二日酔いのほうがマシって程度には。


 と、辛いけど仕事しなきゃ。この異界そんなにお酒も美味しくないから、早く帰りたいし。

 さて、この距離では詳しく分からないけど……門の表面? になにかの粒子が澱んでいるのが分かる。おそらくこの世界の『魔法』によるトラップだろう。

 とりあえず、取り除こうか。



 オイさわるな、アタシじゃない。シらない、スんだこと。


 女は金属の棒を鞄から取り出し、意味有りげな単語を適当に……獣人姉妹が聞き取れそうな程度の小声でつぶやく。


 そして一拍間をおいてから、棒を門扉に投げつけた。



 ……あの子達も付かず離れずの距離を維持したまま、今も近くにいる。当然、こちらを見ているのだろう。

 だから、あまり派手にはやらず……それっぽく装う。

 幸いあの子達は『魔法』に詳しくないようだし……この世界の文明レベルとかけ離れた私の道具は、遠目には『魔法』の一種に見えるだろう。


 と言っても、『魔法』と誤認させる……それを狙ってるからこそ、あの子達に近付いたのだけど。

 あの子達が死ぬまで、私の手技、兵装を『魔法』と勘違いしておいてくれたら……それを誰かに伝え続けてくれたら、それが最善。




 女は荒れた廃城の内部を探りながら進む。

 道中、門前で聞いた電子的な警告音に何度も悩まされ、その都度トラップを無効化し……

 歩き疲れて作業に疲れて喉が乾いたころ、それまでとは別の警告音を耳にした。



 標的、この近くか……やっと着いた。それにしても、「彼」はどこまで侵入者を警戒してんだ。

 この異界の人間相手なら、自分で戦ってもすぐ勝てるだろうに。意外とめんどくさがりなのか?


 と、この構造だと……この先は一本道かな、ちょうどいい。

 この辺りで、一旦あの子達には大人しくしてもらおうか。


 本来の「彼」はとても優しい人格の……まさに好漢、英雄の器と呼べる霊体の持ち主だという調査結果を確認してる。

 よほどのことがなければ、あの子達も殺されはしないだろう……



 女は壁をノックすることでわざと物音を立てた。そうしてから、光学迷彩を再起動し姿を消した────





 廃城の最上階、過去には綺羅びやかだったであろう、散らかり放題の寝室で……

 黒髪を伸ばした艷やかな女と、風采の上がらない猫背の男が対峙している。


「こんにちは、トーマさん」

「ンだよ、ここまで来れるような実力者が……こんなとこになんか用かよ」

 男は手にしていた盃を上げて飲み干す。

 それまでにも酒を飲んでいたのか、二人の間に酒の匂いと酔っ払いの臭いが立ちこめる。


「酒を飲んでられるようなら、まだまだ余裕ということかしら?」

「は? うっせーな……俺にはもう、ほかになんもねンだよ」

 男は足元の円盤を拾い上げて水平に持ち、何かを念じるように目を閉じた。

 すると円盤が淡く光を発し……盃と、香ばしい脂の焼ける匂いを放つ塊が盤上に現れていた。


「えっ、肉……料理? それは一体……」

「は? アンタ知らねえの? ってことは、こいつを盗みに来たわけでもないンか……さっきの娘たちといい、マジで何しに来たの?」

 男は、酒と料理を近くの椅子に置きながら女へ問いかける。


胸襟(きょうきん)を開いて話せば、長くなります……せっかくだから、私にも一杯頂けません?」

「きょ……なにそれ? まあ飲むのはタダだし出してやるけどさ」

 男は女の言を理解できなかったらしい。半ば呆れながら円盤を操作し、酒を出してやった。


「……ほらよ」

「ありがとう、頂きます」

 男が盃を手渡すと、女は一息に飲み干す……



「く〜〜ッ、うまい!!」

「……ふ、ふふ……ははっ!」

 酒を(あお)って、すっきりさっぱりしたと言わんばかりの晴々とした表情をする女の……そのさっぱりした態度に、男は思わず……晴れやかに笑っていた。


 それまでの煤けたような表情が綺麗さっぱり洗い流されたかのように。

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