盗人姉妹と濃艶おんな
「お城ってすごいね〜、ジュニ! 共同浴場より広いのに誰もいないし、いつもより垢が落ちてる気がする! なんかすごくさっぱりした!」
「何日ぶりのお風呂だっけ? しかもタダっぽいし、よかったね姉さん」
厳密にいうと、誰もいないわけではないのだけど。
獣人ジュニは姉ジェニの背中を流しながら、少し離れたところで髪を洗う人間の女をチラッと見やる。
すると女は特に嫌な思いをしてなさそうな、そもそもこちらの話を聞いていなさそうな雰囲気に見えて、少し安心した。
とりあえず怒ってないならいっか。けど、それよりアレ……大きいな、揺れてるなあ。
あんな大きいんじゃ、動きのジャマにならないかな?
ジュニは髪を洗う女の、その見え隠れする身体の一部に目を奪われていた。
丸く大きな果実が二つだけ樹に実って、風に吹かれて揺れているかのような……
「どうかしましたか、キャンピールさん?」
それらに見とれていると、突然女から声をかけられた。
「えっ、あっいや…………なんか気配を感じませんか? 外? 少し離れたとこから、私たち以外の気配が……」
何かを誤魔化す際には興味を上書きできそうな情報を与える、そしてその時には極力嘘を混ぜないようにする。
これはジュニが多用するやり口。
「ああ、あの大臣さん? それなら心配ないわ、手を打っておいたから」
女はジュニへ顔を向けて語りかける。
「手? 魔術……ですか?」
魔術、と言ったところでジュニはしまった、まずったかな、と引っかかった。
魔術師だと女から聞いたわけでもないのに、女を警戒し探りを入れているかのように受け取られかねない。
絶対的な味方でない限り、油断させておくにこしたことはないのだから。
「何をしたかは、企業秘密ね」
「きぎょ……?」
と、女は特に表情を変えず……疑問も否定しなかった。
戦士や盗賊として超一流、というほど鍛えに鍛え上げられた身体つきではなさそうな……もうそれを見られているし、わざわざ隠す気はないということなのかな。
つか、きぎょ……みつ? ってなんだろ。
まいっか、それよりこの女も、大臣の変な感じに気づいてた。
冒険者にしては育ちがよさそうというか、大人しそうに見えるけど……ちょっとあなどれない。姉さんも気をつけ……って、姉さんがいない?
てオイちょっと!?
「え〜なにこれ!? ニンゲンはこんなおっきくなるの!?」
「に、人間だからというわけではないと思うのだけど……」
「そうなの? はえ~……」
姉ジェニは膝をついた格好で女魔術師に正対し、顔を寄せてまじまじと彼女の胸を見ていた。
「男ってこういうのが好きなんでしょ? いーな〜」
「そんなの別に、お目当ての人が居なければ関係ないでしょう?」
女魔術師は少し困ったような様子を見せつつ、意見を返す。
使い所がなければ意味はない、とそれ自体はサバサバしたいい意見だと思う。けどその言い方はたぶん、姉さんにとっては……
「そう、そ〜なの! いざってときに必要なのよ!」
「え、ええ、そうね……」
「あたしがもっと色っぽかったら、あんな女に取られなかっだのに゛!!」
ジュニの懸念通り、ジェニは失恋の傷を思い出し涙声でわめく。
はぁ……姉さん、やっぱりまだ引きずってんのか。私たちが駆け出しの冒険者だった頃のことだから、もう何年も前なのに。
だいたい姉さんがあの男と結婚して引退でもしてたら、今の私たちは無かったってのに。いい加減あきらめてよね。
男なんてダマすだけでいいの。私みたいに。
「まあまあ、その辺りの好みは人それぞれ、というし……そうだ、今日は飲んで忘れましょ! ね?」
「ヨユーなのがなんかムカつく! んもぉ泣ぐ!」
「あっ走ったら危ない……」
ジェニは逃げるように浴場から出ていった。
「あの、ごめんなさい。姉がおさわがせして」
「気にしないで、生きていればそういうこともあるから」
女魔術師は謝るジュニを一瞥してから、髪をてっぺんでまとめている。
「それにしても貴女、優しいのね」
長い黒髪をまとめ終えた女魔術師は浴槽へ足を向けつつ、ジュニへ笑いかけた。
「いやその、姉さんのことが心配なだけです」
ジュニは他意のない、姉思いの妹のように振る舞っておく。
とは言え、少なくとも姉を心から心配しているという点に嘘はない。
女はジュニの返答に無言でうなずいてから、浴槽に腰を下ろした。
ジュニはそれを見ながら、近くの浴槽の縁に腰かける。
「あれ、湯には浸からないの?」
「水につかるの、なんか苦手なんです」
「そう」
ジュニはこの場では何事も素直に返しておこう、そして女の反応を見ておこう……と決めて、少し身構えた。
しかしその後、浴場での会話はなかった。
「ん~~」
女魔術師は浴槽のなかでときどき唸り声をあげた。
同時に片肘を上げて回しながら、もう一方の手で肩を揉むようなしぐさをしている。
と、ジュニはあまり姉から目を離しているのもよくないと思い出し、浴場を出ることにした。
「お先です、コムナイさん」
浴場を出ると、ジェニが下着姿のままウロウロしている。
「どうしたの姉さん、荷物はそこにあるでしょ」
ジュニはすぐに脱いだ衣服と荷物へ目を向けて、隣り合った姉の荷ともども確認する。
「ていうか、全部下着と一緒にまとめてあったでしょ」
「あのさ、なんか足んないじゃん?」
辺りを見渡すと……確かに足りない。荷物が私たち二人の分しかない。
なぜそれを姉が言うのか……は、大体予想がつく。
今日会ったばかりの他人のことを心配してやるような姉ではない。むしろ、あわよくば女の持ち物を……と、目をつけている のだろう。
そして、姉の表情からして目当ての品は確保できていない。既にどこかへ隠したというわけではなく、本当に見つかっていないのだろう。
もしかしたら、他の誰かが?
だとすれば、まるで気づかなかった……相当な腕前の盗賊が近くに潜み、私たちか女魔術師のどちらかを狙っているということ……
「とりあえず、まだ手は出さないで」
「あー、わかった」
あの女魔術師も油断できない雰囲気なのに、それ以上のヤツがいたらかなりめんどくさいな……
ジュニはひとまず、女魔術師に状況を伝えようと浴場へ戻ろうと
「わっ!?」
柔らかいような硬いような、とにかく弾力のある何かに跳ね飛ばされ倒されていた。
「っ、痛った……」
「あっ、ごめん……大丈夫?」
ちょうど浴場から出てきた女魔術師と出会い頭にぶつかったらしい。
「ん……大丈夫です」
ジュニは少し頭が揺れるのを感じながら、差し出された女の手を握って立ち上がった。
いくら不意にぶつかったといっても、こんな簡単に突き飛ばされるなんて……
この女、魔術師の割にかなり身体の力が強いのだろうか?
「ところで、ずいぶん慌ててたようだけど……どうしたの?」
「コムナイさんの荷物がないんです!」
それはともかく、とりあえず予定通りに……
「ああ、それなら大丈夫」
「え?」
「手を打っておいた、と言ったでしょう?」
女魔術師は裸のままそう言って、何もない棚の片隅に手をかざして何かをつぶやく。
女がひと息、ふた息ほどつぶやいたところ……服らしき布とカバンがそこに現れた!
「さ、服を着たら戻りましょうか。それと……」
この女の……魔術なのか? こんなの、見たことも聞いたこともない……すごい技だ。
「私のことは、レイでいいわ」
そして、逆に考えると……あの荷には、そこまでするだけの価値があるということだろう……
ジュニがそう考えながら横目で姉を見ると……ジェニはこれまでに見覚えのないほど、とても物欲しそうな顔で女魔術師のいる辺りを見つめていた。