帰るとやっぱりいじめられちゃう(メロメロにされちゃう)
あんな大軍を相手にするなんて予想外だった、だから対集団兵器どころか熱線銃の予備すら用意してなかった。
そのせいで銃のエネルギーが少し足りず、最後は白兵戦に頼るはめに……あ、人型じゃなかったから肉弾戦か?
まあそれは置いといて、返り血? みたいな体液が技術棟の廃水下水みたいに臭ってきて気持ち悪い。もう二回からだ洗ったのに、まだクサい……
メイは無事だった携帯浴室を起動させ、三度めのシャワーを浴びていた。
身体の泡を洗い流したあとも、温かい流水に当たり続けながら考えを巡らせる。
……本来の顛末では、ダン一人でこれだけの戦力を退け、そのうえで王母と相討ちに持ち込んだ……ということか。
となると、彼の戦闘力は並みの『管理官』と同レベルか……それ以上かもしれない。
『干渉』を受けていないはずの現地人が、それだけの力を持つなんて……ああ見えて彼は、とんでもない素質と良質な経験を兼ね備えた戦士だということか。
異生物の軍勢を殲滅したことで、改めてダンの力の程に感嘆する。
おっと、いやそんなことより……
メイは戦闘中に何とか見つけ出した、ダンのものらしき人形を彼に渡す方法を思案する。
茶色い髪の女の子を模したもの、だろうか……依頼内容とその目的を考えると、できれば彼に会わずに届けたいところ。
……いっそ、ここに置いていくか。
大事にしていたようだし、一度は様子を見に戻って来る気がする。
ま、もし戻らなかったとしても……そのうち誰かが見つけてくれるでしょう。
メイは着替えて、まだダンが来ていないことを確かめつつ浴室を出た。嫌な臭いの残る浴室の周囲を見回して……広間の床の汚れていない一角を見つけた。そこにハンカチを敷いて、人形を置いてみる。
そして数歩後ろへさがって人形を遠目に見てみたが、どうも人形が目立っていないような気がした。
見過ごされても困る。メイは適当に瓦礫を集めて台を作り、人形とハンカチをそこへ乗せた。
ここでのメイのお話は、これで終わり。
ここでの、百数十年後……
救世主ダン・ウィンロウが晩年を過ごし亡くなった「ダンの墓所」と呼ばれる場所で、荒天による大規模な土砂崩れが起こった。
墓所や霊廟の保全のために人の手が入り……ダンの亡骸には箱が一つだけ供えられていたことがわかった。
その弔いが当時の一般的な風習なのか、特別な扱いを受けてのことなのかは、他に同時代の資料が見つかるまでは考察もできないが。
ダンは侵略者たちを打倒したのち、防衛隊の整備……後進の育成に明け暮れて、妻子のないまま亡くなったという。
生涯、英雄として称えられたであろう彼が独身を貫いた理由は……「英雄の妻子やその一族」による権力争いが起こるのを避けたためだと言われているが、定かではない。
ダンの亡骸に供えられたその箱は固く封印されていたようだが、経年劣化と災害のせいか半壊していた。作業員たちは中身を取り出して記録を取ったのち、新しい保存箱に入れてダンの枕元へ供え直してやることにした。
箱の中身……副葬品として厳重にしまわれていた二体の人形は、ダンの前半生に関係する形見の品だろうと考えられている。
茶色い髪の少女の人形と、それより少し大きくて新しげな……黒髪の女の人形。
ダンと血縁のあった姉妹、あるいは親子を模したものだろう……と、考えられている。
けれどもそれは、別のお話。
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「報告書……後回しはよくない」
「だぁいじょーぶ、もうだいたい書けたし。見てみ?」
メイはグラスの中味を飲み干しつつ、空いた手でタブレット端末をマリエに向ける。
「飲みながら言うことじゃない……」
文句を言いながらも、マリエは端末を手に取った。
────サンプリングしておいた「彼ら」の一部について技術部門へ分析を依頼した結果、その構成原子や原子配列から「彼ら」も同界で自然に、無作為に生まれた生物体である可能性が極めて高いという結果が得られた。
「彼ら」や後続の侵略者たちに知性があったかどうか、また将来に知性を獲得しえたかどうか、今や確証は得られない。
だが、キュルソン予測……高精度未来予測を行いながら両侵略種族についての事前調査をその対象とせず、一方的に現生霊長へ肩入れする格好で介入したことは妥当であろうか。『管理憲章』の原則を鑑みても、果たしてそれで良かったのか……やや疑問が残る。
しかし、それが同界の所有権者が考える自然な在り方であり、求める顛末であり……その要望、依頼を管理局が認めた以上は……『管理官』として依頼の完遂を優先するのみである────
「そんな個人の所信表明をレポートの結びにするものじゃない……貴女らしくもない」
マリエの反応はやや手厳しい。
「ん〜……なんというか、今回ちょいと気になることがあってさ」
と、そんなことは知らぬとばかりに……マリエがレポートへ目を通している間に、メイは貯蔵庫から酒を補充していた。
「うまく説明しづらいんだけどさ、な〜んか……怪しいのよ」
メイは自然に、二人分の酒をグラスに注いでいる。
「説明できないのは飲みすぎてるから……間違いない」
「んっ……ふう、だって美味しいんだから仕方ないでしょ?」
と、そう反論するメイは、またも自分のグラスを空にしていた。
「その『ヴォーダンのネコ』? 私にはわからない」
「そんな馬鹿な!? 華やかな香りと適度なコクのうま味、ほんのり甘くて少し苦い複合的な味わいが深く沁みこんで……それでいて微かに甘酸っぱい、どこか儚い後味……飽きずに何杯もガブガブ飲める! ほらマリエも試して!」
「……いらない」
酒にはあまり興味がない、マリエは冷淡な一言で突き放す。
するとメイはその腕にしがみついて、上目遣いで見つめだした。
「ねぇおねがぁい、ファン増やさないと終売のリスクが……」
せがむような声、腕を包んでくるような柔らかい部分、煌びやかな赤い瞳……
どれが主要因かは分からないが、マリエはドキリとギュッと胸を締め付けられてしまう。
「って、いやそれは今どうでも良くて」
そんなマリエの胸の内など解っていないのだろう、メイは自ずから話を戻す。
「今回の件には違和感を持った、てことを暗に伝えたくて」
いつの間にか、メイの声と視線が真剣に……凛々しく変わっていた。
「けど疑問だ……で〆ると、なんか感じ悪い気がして」
「よく分からないけど、貴女の考えが有るなら私は止めない」
メイの姿に、マリエは思わず視線を反らしていた。
よく分からないけど、ドキドキしてモヤモヤする。
課のミーティングへ向かうマリエを見送って、メイはまた酒を手にした。
ちびちび飲りながら、今回の依頼について考える。
管理課の誰か……数名が失敗し、おそらく殉職した案件。
それを、いくら緊急だといっても、詳細な事後調査もなしに……
それに、こっそり侵略者の勢力を削いでやるとか……他にもやりようがあったはず。単独での遂行を必須とするような案件ではないはずなのに。
局長には、個々の案件まで確かめてる時間はないだろうから……いや、だからこそ……誰かが巧くねじ込んだ?
私が出向くように、単独での任務遂行が必須だと仕組んで、首尾よく決めつけてしまえば……?
……と、自分なりに考えをまとめていると……
ガチャリ
と、解錠される音が聞こえた。
マリエを見送ったあと、間違いなく鍵をかけた。キツめに酔ってはいるけど、そのくらいは覚えてる。
つまりこれは、マスターキーによる解錠。
局長にしか使えないマスターキー。
私の心をこじ開けるマスターキー。
ショボーはメイに寄り添って何も言わず、上目遣いで口を尖らせながら首を上下させている。
まるで小鳥の雛のようなそのしぐさは、キスをせがむときのもの。けれどその本当の目的は、別のところにある……メイの手を使わせながら、自由になった自分の手でメイに何かを仕掛けること。
メイはそう確信している。けれど察したうえで、けしてそれを拒みはしない。
それを受け入れてあげることが私の、彼女への……
二人は寄り添ったままベッドに腰掛けた。
そこでメイはショボーの小さな顔を挟むように両手を添えて、目を閉じ……深く口づける。
と、すぐさま……ゴムバンド? のようなものを頭から目の辺りに引っかけられ、目隠しされていた。
そのあとは、彼女の手がメイの手に添えられただけ。
身体を……手も脚も縛りつけようとはしていない、それならあまり過激なことはしないつもりなのだろう。
メイは唇を離してから身体の力を抜き、ベッドに横たわる…………
「んゔんっ……!?」
どこかで感じたような触感が、全身に悪寒を拡げる。
「こ、これって……フヒん!?」
メイは思わず目隠しを取ろうとしたが、それはグッと堪える。
「いつもの人が「疾風ペドロにお任せですゾ」とか言って秒で作ってくれたよ〜、気に入ったぁ?」
それは……異界で触れられた、あの触手の感触と同じ。
「ヒッ、ちょっ待ってあっくぅっ……」
ぬるりと舐められた、と思えば今度は軽く引っ掻かれ、次は羽根のような微かなタッチでなぞられて……
「あハッやっくクくッヒゥッヒ……クフフっやぁっ」
息も継げないほどくすぐられて、酒の酔いもわからなくなるほど目が回る……
全身を隅々まで抜かりなくくすぐられ、いつしかメイは前後不覚に陥っていた。
「うハッ、くあ、んふ…………」
「ねえ、メイ? わかる?」
声ははっきり聞こえる。
しかし返事をする余力は身体のどこにもない。
「わたしがいちばん、おねえさんのことを……カラダも、ココロも……わかる? メイ…………」
本投稿をもって、この章『異星の侵略者 相対するは異界の管理者』を結びます。
(次回投稿の際には、次の章が立ちます)