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なにも、うしなわずに

 所用により遅くなってしまいました。申し訳ありません。

 それと唐突ですが、今投稿が最終回となります。

 早くも、次の日……事態は大きく動いていた。


 細やかな装飾に飾られた演壇の上。

 肢体を純白の一枚布で包んだ、有翼の顔のない女体が……正対するメイの手を取りながら(ひざまず)いている。



 

 この日は朝早くに目を覚ましたところ、娘のタムを起こす間すらなく事務員から連絡を受け……完成はまだ数日先、と聞いていたはずの使座堂(アポストリス)へ呼び出されていた。


「おはようございますですナ、代行どの」

 使座堂への入り口前では、ペドロが門前に立ちふさがっている。


「おはようございます、ペドロ課長……貴方がここへ?」

「貴女に……代行どのと言えるのは、今日だけ」

 ペドロはよく分からないことを呟きながら、メイへ向けて手を振った。その手先から何かが伸びてはためき……メイの肩に貼り付く。


「……マント?」

 メイが左の肩に目を向けると、ところどころに刺繍の入った白い外套がかかっていた。


「失礼ながら、その服では格好がつきませんからナ……では行きましょうかナ、代行どの」

 メイは察した。察してしまった。

 この後、この先で何が行われるのか……


 というのが、今朝ここまでの顛末である。




 肢体を純白の一枚布で包んだ、有翼の顔のない女体が……正対するメイの女の手を取りながら声を発する。


「貴君を、中異界(ナカツイカイ)管理局 局長に任ずる。今後も従前どおりの、管理局の柱石たる活躍を期待する……との、主上の御言葉をお預かりいたしました。よって、この場にて貴君へとお伝えいたします」

 メイに向き合った有翼無貌の女と、更に後方に控えた数体の女の姿は、一人がそう言い切ったと同時に淡い黄色の光に変わり……


「我らからも、何卒よろしくお願い申しあげます」

 無貌の女だった光の全てが一瞬の狂いもなく、同時に同じ速さで挨拶を()べながら……徐々に薄れて消えていった。


「……微力を尽くします」

 メイは有翼の女に手を取られて屈んでいた時の体勢のまま、目を閉じて(つぶや)いた。



 結局、メイは何も知らされぬうちに管理局局長に任じられてしまった。

 いつの間にか完成していた使座堂、その記念すべき最初の催し……新局長メイの叙任式。

 おそらく何もかも、誰も彼もがメイの知らぬところで動いていたのだろう。

 しかし、既に『主上』がメイを局長と定めてしまった。こうなってしまっては……今更、拒否することはできそうもない。


「主上ノオ言葉、仔ハ受ケ入レタリ。小生ハ、ソノ証人ナリ」

「もちろん、吾輩も証しますゾ」

「メイ新ぎょく()長の叙任、祝着至ぎょく()……我等で彼女を支えましょう」

 局の課長たちとして認められている三名……スローニン、ペドロ、ジャムがそれぞれに伝達使ローテの声へ、『主上』の決定に従う意思を込めた『誓詞』を返す。


 この三人が誰も反対しないのは予想どおり、かな。


 それにしても……なぜ私抜きで『主上』への上申が通ったのだろうか?

 そもそも、上申が通った結果こうなった……とも限らないけど。


 ま、そんなことより……こうなっちゃった以上は、何とか勤めあげるしかない……か。

 ただ、心配がある。

 「元」局長になったあの子に、ペドロ課長は今後も蘇生試験をしてくれるのだろうか?

 私が局長となったことで、あの子の存在意義が無くなって……処分されたり……したら、困る……



 メイは恋人(ショボー)の処遇について、つい考えこんでしまう。


「……どの、局長どの」

 考えに(ふけ)ったところを、ペドロの声で呼び戻される。


「久々の叙任式に、疲れておいでですかナ?」

「我等ヘノ挨拶ナドハ、抜キデモ構ワヌガ……」

ぎょく()員へのスピーチは、早めに……で()れば本日のう()にお願いしたい」


 そう、もう逃げ場はない。

 けど、考え方を変えれば……後継者さえ育てられれば、早めに引退……なんて、気長な話だけど。


「すみません、急な話で心の準備ができてなくて……夜までに就任挨拶の準備をします」

「ふむ、確かに……そうですナ、挨拶の文言も考えていただかねば」

「デハ、一時解散カ」

「わかりました、ぎょく()長」



 四人はメイを先頭にゆっくり歩み出し、使座堂から立ち去った。

 そして外に出たところで、解散しようとしたが……


「あ、そうそう局長どの」

「どうしました、ペドロ課長?」

 門前で声をかけられ、メイは振り向いた。


「ワタシから個人的に、局長へのプレゼ……いや、ワタシから言うのは野暮ですかナ」

 ペドロはメイへのプレゼントがあると言いかけて、首を左右に振りながら取り消していた。


「……期待しておきますね、ありがとうございます」

 プレゼントがあるということは分かったので、メイは一応礼を言っておいた。

 ただ、そこでタムを放置していることに気付き……帰路へ足を早める。



 と、帰路の中程……突然脳内へ声が響いた。

 耳と脳内、同時に声が響くような感覚……


主人(マスター)、お久しぶりです!」

 聞き覚えのある、高めで細い……可憐な声。

 周りには、そんな声を出しそうな者は……いや、そもそも誰もいない。


「ヴィネア? どうして?」

 メイは過去にサポートを受けた、ある者の名を思い出した。

 臨時居住デバイス『保育館(インキュベーション・モーテル)』の環境構築・維持防衛を担う最新鋭の情報処理知能体……ヴィネアの名を。


「覚えていてくれたんですね! 私うれしいです!」

「そりゃ、ね……でも、どうしてここへ?」

 ヴィネア、彼女は最新鋭の存在とはいえ……あくまで『保育館』管理用の情報処理知能体だったはずだ。


「はい、この度大型アップデートを受けまして、局長専属秘書として……」


 大型アップデート……か。

 ペドロ課長のプレゼント、このことだろうか?

 ……そこまで、準備万端だった……のか。してやられた、か。


 メイは周囲の動きをまるで把握できていなかったことに気付いて、少しだけ気が沈んだ。


「あっ申し遅れました、局長就任おめでとうござ……あれ?」

「……どうかした?」

 しかしそれは、ヴィネアには関係ない。メイはつとめてヴィネアとの対話に集中しようとする。


「あの、すごく早い出世なのに……あまりうれしくなさそうですね」

 そのヴィネアは、メイが局長就任を喜んでいないことを見抜いているようだった。


「ふふ、わかる?」

「もちろん、専属秘書ですから! 主人(マスター)の体調や心理状態を把握し、(おもんぱか)り、気遣うのは当たり前です!」

 彼女の姿は見えないが、その声の調子から……彼女が胸を張っているのが容易に想像できる。


「ありがとう、じゃあ早速ひとつ仕事を頼んでもいい? 個人的なことなんだけど」

「はい! なんなりとどうぞ!」

「タム……私の娘の様子はわかる?」

「少々お待ちください……あ、お家で眠っているようですね。周囲も安全なようです」


 メイはヴィネアの反応の良さに感心しつつ、帰路を急いだ。

 そして、居室の玄関をくぐる……




「おかえりなさい、あ・な・た」

 前方から、メイを出迎えるような声がした。


 ……誰の声だ?

 タムに似ているけど、タムがいつこんな言葉遣いを……?


 メイは左右を見回してみるが、見える範囲には誰もいない。


 突然の局長任命に、少し疲れて……気を病んでいるのだろうか?

 と悩みかけたところ、今度は背後から声が聞こえた。


「ごはんにする? おふろにする? それともぉ……」


 わざとらしく、甘えるような語尾。

 忘れはしない、忘れられない調子。

 心身を溶かす、甘く熱いささやき。



 小さな手が背後から、メイの腰に、胸に巻き付いていた。


 それが誰なのか、見なくてもわかる。

 振り向きもせず、伸びた手に触れる。



 メイはその存在を察して、思わず笑みを浮かべながら……涙を溢れさせていた。



 この温かい手、悪戯そうな声、身体に食い込む細い指……

 そう、それは……

 いつでも私を(しび)れさせる、彼女の存在……

 これにて完結となります。

 今作はかなり好き勝手に書いてしまったように感じてますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いでございます。

 読者皆様におかれましては、ご一読、ご支援いただきありがとうございました!

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