ですぎずに
「代行どの、親子水入らずのところ申し訳ありませんナ」
「いえ……ご用件は?」
なぜ娘と二人だと分かる……?
と、いうのは考えすぎか。だいたい予想はつくだろうし。
それより、用があると言うなら……早く済ませよう。
メイは娘のタムが家の奥へ走っていくのを見ながら、ペドロとの通信を続ける。
「二件ありましてナ……一つは異界新領域への干渉について、もう一件はジャム課長の治療状況についてですゾ」
……それは、わざわざ時間外に連絡してくるほどの問題だろうか?
ペドロ課長から用件を聞いたメイは、率直にそう感じたが……ひとまず話を聞くことにする。
「詳細をお聞かせください」
「以前に調査されていた、東上部辺境エリアの先……そちらの宙域へも、管理領域を拡げられそうですゾ。微弱ながら複数のエネルギー反応が感知されているので、事前対応は必要でしょうがナ」
「待ってください、ペドロ課長。以前から調査されていた、となると……局長が承認した開拓調査のはずです。であれば局長の調査結果レビューと承認が必要では?」
局の管理領域の拡大については、メイは携わったことがないため詳しくないが……この手の業務には、だいたい区切りとなるタイミングで指示者のチェックと承認が入るものだと理解している。
「ふむ、確かにナ……確認しておきますゾ。それにしても、今になっても局長がおられぬのは面倒ですナ」
「早く戻って来てほしいのですが」
局長に早く復帰してほしいと思っているのは、メイも同じ……いや、ペドロ以上にそう願っている。公私ともに。
しかし、日々局長の蘇生を成功させようと試行錯誤しているペドロを責めるわけにもいかない。
「それは一旦置いておいて、別件ですゾ」
「わざわざご連絡いただくということは……」
そちらは、あまり状況が思わしくないのだろう。
いや、それにしても……この件も、わざわざ帰宅後に聞くべき話なのだろうか?
どうも腑に落ちないメイは、ペドロとの通信を続けながら夕食の準備を始めることにした。
「お察しのとおりでしてナ……しかし手がないわけではないのですゾ」
「解決案は検討済み、ということですか。流石です」
「患者……ジャム課長の体質に合わせた特製の人工関節を十数点作り、傷んだ本来の関節群と取り替えようと考えてますゾ。ただ、これにはレアメタルを多く使うのと高周波コート処理で一時的に電力を大量消費するため、資源管理規則に引っかかるようでしてナ」
規則に引っかかる……と言っても、課長級なら……
「特例処置……ですか?」
年に数回は、特例処置を発動できるはず。
たしか、規則ごとに回数が決まっていた。それも、業務上の必要があり、関連する他課の承認があれば可能……なはずだが。
「ええ、許可をいただけませんかナ?」
「え……私に何か関係が……ペドロ課長の責任で進められるのでは?」
「いや、それが今年はいろいろと対応するために、特例処置を使いすぎてましてナ」
色々と……それはそうかもしれない。
エステルの反乱から今まで、ペドロ課長は……表で裏でと、さまざまな難題に対処してきたのだろう。なんならメイよりも重労働、数多の課題をこなしてきたかもしれないのだから。
「局長権限で承認を得られないと、本件を進められないのですゾ」
「そう、局長が……」
メイは夕食用の保存食パックを調理機に入れ、加熱設定の操作をしながら相槌を打ったところで……疑問を抱いた。
局長がいれば……って、あれ? 話の筋が違ってないか?
どのみち局長権限が必要なら、私の許可があったって意味がないような。
「局長がいなければ困りますナ、早く……」
「早く戻ってきてほしいですね、やっぱり」
その疑問自体が気のせいかもしれないし、そこを突っ込んだところで今の話題が解決するわけでもない。
メイは深く考えず、ペドロに同調した言葉を並べてみる。
それにしても、ペドロ課長……今日はやけに局長に絡めた話が多いような。いや、前からこうだったか?
「ええ、そうですナ……しかし、いつまでも……」
と、ペドロの「いつまでも」という物言いがメイの意識に引っかかった。
「いつまでも、何か?」
メイはその引っかかりを、率直に尋ねてみる。
「あいや、つまり……いつまでも蘇生試験に失敗していてはいけないナ、と思っただけですゾ」
「そうですか……私も、局長の蘇生を期待しています」
「さて、今日のところはこのくらいで……では、さらばですナ」
ペドロはそこまで言い切って、通信を閉じていた。
メイは加熱を終えた二人分の食料パックをテーブルに並べて、屋内にいるはずのタムを探す。
それにしても、いつまで局長の復活を待てばいいのか……メイには公私両面で重い課題となっている。
メイはあくまで局長代行であり、局長としての権限を持たない。少なくともメイ本人はその権限を持っていないと考えている。
そして、局長権限がないことによる当面の問題は、正式な人事配転ができないことだった。
メイはおぼろげながら、既に今後の管理局の組織体制を思い浮かべている。
もちろん本心では、管理局の職を辞して娘とのんびり過ごしたいと考えて……忘れてはいない。だから、理想的には……局内の各課を再編成し次第、全権を人に渡してしまいたい。
その頃までに局長が復帰していれば、何の問題もないのだが。
上手く局長と再会しつつ、自分は管理局を辞める。
その理想形に、少しずつ向かっている……と考えているのは、実のところメイだけであった。
その理想形が、管理局にとっても好形……と考えているのも、やはりメイ一人だけであった。
娘のタムと朗らかに夕食を取り、暖かい風呂に入り、互いを軽く抱き寄せて眠るメイ……
その立場は、崩されつつあった。メイ本人は知らぬうちに。