くさらずに
ここで失敗、それも原因不明だなんて……
そんなのってあり? しっかり期待させといて……
……いや、勝手に期待しすぎただけか。しっかりしろ私。
メイは強い目眩によろめくも、尻餅をつくのを何とか踏み止まった。
グッと身体に力を込めて踏みとどまったのとほぼ同時に、メイの後ろで……腰砕けて座りこんでしまった音が、大げさなほどに聞こえてきた。
「ま、まさか……こんなときに、ここぞの試行で失敗するとは……」
メイは震え声が聞こえた後方へ振り向いていた。そこでは、ペドロが座りこんだ体勢で眼鏡もズレたまま……呆然とシリンダーを見上げている。
「ばかナ……いや、しかし……」
「どうかなさいましたか、ペドロ課長?」
「オペレーター! 検体の変調も、三軸の不調和も……数値上は見られない、ですナ!?」
部下のオペレーターから返事を受けてすぐ、ペドロは立ち上がりながら声を張る。
ただし、眼鏡は鼻までずり落ちたまま。
「はい、これまでの蘇生試験成功例で得られたデータから考察すると……処置状態は極めて良好……な、はずです」
「機器の側には、何か異状はありますかナ?」
「いえ、何もおかしな点はありません。どこにも……」
オペレーターの話しぶりからは……失敗など考えにくい、とでも言いたげな様子に思える。
「ふむ、被験者にも機器にも、損壊や異常はみられない……ならば……」
しかしペドロの側では……眼鏡が鼻に掛かったまま、神妙な顔つきで呟いているペドロは……どこか蘇生の失敗を受け入れているような雰囲気を感じる。
それにしても、眼鏡なしで周囲は見えているのだろうか? それとも、それどころではないと思考に集中しているのか……
「よし……明日、改めて再試行しましょうゾ」
ペドロは一つうなずいて言いながら、中指で眼鏡を上げた。
どこか蘇生の失敗を受け入れたような雰囲気に見えたが、その言葉からは局長の蘇生を諦めないという意思も感じ取れる。
「大丈夫なのですか? 今日、また明日と連続でも?」
設備はともかく、局長の霊体や精体に悪影響はないのだろうか? とメイは考えて、率直にペドロへたずねてみる。
「各データを見る限り、問題はないはずですゾ。それにこの失敗は良いサンプルになるかもしれませんナ……っと」
するとペドロはメイの質問につらつらと応えつつ、
「あいや、代行どのにとっては良くなどないでしょうがナ。術式の改善という意味では貴重な事例ですゾ」
途中で失言したと感じたのか、それを取り繕っていた。
「ひとまず、今日はお休みくださいナ。私も少し眠りますゾ」
「分かりました、明日まで司令部で待機しますね」
「じゃあタム、帰ろっか……タム?」
タムはメイの隣で呆然としていたのか、しばらく無言だった。
メイが手を軽く引いて声をかけても、なんの反応もない。
「眠ってしまった……のかもしれませんナ」
ペドロがタムに視線を向けている。
「……立ったまま?」
メイはそんなことがあるのかと、訝しげな声を上げてしまう。
「ま、とりあえず……連れて帰りますね」
が、そんなこともあり得なくはない……かもしれない、メイはひとまずタムを抱き上げて連れ帰ることにした。
帰り際、タムを抱いたメイがシリンダー内の局長の肉体、ペドロに背を向けて数歩歩いたところ……
「ふう……これで、あとは……」
ため息と独り言が聞こえた。
「どうかしましたか?」
メイはその音に一旦振り向いて、ペドロの様子をたずねてみるが……
「え、あいや……明日の準備の話ですゾ、お気になさらず」
ペドロの言う通り、それは気にせず司令部へ戻ることにした。
……結局、この日は夜まで誰も司令部を訪ねてこず……メイたちは早めに眠ることができた。
夢を見た。
あの子にきつく抱きしめられながら、意識が飛びかけるまでいじめられる夢。
冷静ではいられない状況なのに、これは夢だと……分かっていた。
夢と分かっていて、身体を委ねて……覚めるなと願ってしまった。
夢から覚めるより先に、ぜんぶ吹っ飛んだような感覚がしたところで……頭痛とともに目が覚めた。
あの子の居ない暮らしを、少しは受け入れられたのかもしれない。頭では。
けれど、まるで受け入れられそうにない部分がある。欲している。身体が。
ただ、ある意味では……そんなことを願えるくらいには調子が出てきたってことなのかもしれない。
今は、前向きに考えるしかないか。
メイが目覚めると、隣で眠っていたタムもちょうど目を開いていた。
大量の汗などを流しがてらシャワーを浴びて、のち二人は食事をとることにした。
食事といっても、まだしばらくは緊急用保存食のお世話になるほかなし。
そこでメイは、ペピィ……先日タムが嫌がっていた緑色のおかずを食器から除けようとするが……
「えーそれとらないで、ととさまぁ」
タムはおかずを除けないでほしいと言う。
「あれ? 嫌いじゃなかった?」
数日前には、食べ進めようとしなかった……だから別のおかずを食べさせたのに?
「おいし〜!」
タムは数日前に拒んでいた緑色のおかずをほおばって、満面の笑みでよく噛んでいる。
美味しそうに、しっかり味わっているらしい。別段、無理をしている様子にも見えない。
美味しそうだから良いんだけど……なんで急に?
子供のうちは食事の好き嫌いとか、感性が変わりやすい……のだろうか?
と、そんなメイの疑問をよそに……タムはいつの間にか大人一人分の保存食を平らげていた。
しかし食べ過ぎたせいか、タムはうとうとと船を漕いでいる。
無理に起こすのもかわいそうだと思ったメイは、睡眠装置にタムを寝かせて一人でペドロの研究施設へ向かうことにした。
そして今日も、局長の蘇生に失敗する一部始終を見せられてしまった。
「ううむ、もう一度だけ……チャンスをいただけませんかナ」
「それは構いませんが、原因の調査も進めてみては……」
「それはもちろん取り組んでいますゾ、ひとまず別室でお茶でも……」
メイは落ち込む気持ちをなんとか抑えて、冷静に振る舞おうと心がけていた。
提案を投げかけつつもペドロの誘いに乗り、一旦局長の身体が浮かぶシリンダーから離れようと……背を向け……
クスッ
「!?」
局長の笑い声が聞こえたような気がして、メイは思わず振り返る。
「……どうかなさいましたかな、代行どの?」
「いま、あの子の声……すみません、気のせいですね」
メイは思わず目を閉じて俯き、首を左右に振った。
……まだ、割り切れていないのかな。
「……行きましょうか……っ!?」
顔を上げたメイの目に映る、無意識無表情なはずの局長の肉体が……微笑んでいた。
「代行どの?」
「局長の、顔……いま、確かに……」
「いや、なにも変わりはないですゾ? 疲れておいでですかナ?」
疲れて……そうかもしれない。
クスッ……
再度局長の肉体に背を向けたメイの耳に、また……笑い声が届いていた。




