意外な美味しさ見つけちゃう
タイトル等、少しいじってみました。
赤茶けた壁から音もなく生え出た何かが、女の背後に忍び寄る。
それは女の身体をこわごわと触れて確かめるかのように、ゆっくりとゆらゆらと身体の真ん中のくぼみ、背骨のある辺りへ接した。そしてそこを、下から上へヌルッ……となぞる。
「んぅん……っ!?」
思わず背筋が伸びた。
べったりと貼りついたようでいて、軽く柔らかいタッチ……笑い声漏れそうなくらいくすぐった……えっ?
いや、ここには誰も!? いなかったはず!?
メイは冷や汗が浮かぶのを感じながら壁へ振り返る。
すると…………
ずるずるとずるずると、いくつもの縄、あるいは綱状の物体が壁から湧きだしている。そしてそのうちのいくつかが、メイの身体に触れようとすぐそばまで伸びている。
身体に伸びてる!? まずい、捕まる!?
そう考えると同時、反射的に飛び退いていた。
「ひぅっ」
が、ちょうど捕らえられる間際に身体を引いたため、触手の先端が身体のあちこちをなぞるように浅く引っ掻いていた。
「んっくっ……」
少し暑いくらいの部屋なのに、全身に寒気が走り、鳥肌が立つ。
気持ち悪いはずなのに、そうとも言い切れない奇妙な触感と身体の反応。
しかし、そんなことを気にしている場合ではない。
触手は数を増やし、互いに絡まり合い、自ら分泌する粘液らしきもので姿をぬめらせながら蠢いている。
その様子は、メイへ手を延ばすタイミングを窺っているようにすら見えた。
銃で焼き払ってみるか? 一旦距離を取るか?
と、メイはひとまず銃を取り出したが……
「おーい、あんた大丈夫か!?」
どこからか男っぽい声が響いている。
「待ってろ、今行くからな! うおぉぉぉーッ!!」
雄叫びとともに、ガガガッと何かを削るような音が頭上から響いてきた。
見上げると人影が一つ、壁沿いから肉片のようなものをあちこちにまき散らかしながら降下してくる!
べチャリべチャリと、あまり弾力のなさそうな肉塊が床に落ちて……少し生臭い。
メイはその臭いに気付いて、肉塊が顔に当たらないよう手で頭と顔をかばう。
と、ちょうどいいところに人影が降り立って、巻き上がった埃も防がれた。
「ん? 見かけねえツラだな姉ちゃん……」
「って、後ろ、後ろ!?」
「あン」
男は振り向きざまに一撃、壁を殴りつけた。
ドォンと衝撃が壁や床に伝わり……
壁一面見渡す限りの全域にヒビが入り、その生物めいた動きもピタリと止まっていた。
男はそれを確認してから、メイに向き直す。
「ま、こんなもんや!」
男はモジャッと癖の強そうな剛毛を被らせた、不敵な笑顔を見せる。
自信に溢れた挑戦的な眼差し。
ギラギラ輝く野性的な眼差し。
濁りのない真っ直ぐな眼差し。
誇り高く美しい求道の精鋭、そういう存在を想起させるような……
もしここへ来たのが私でなくレイナだったなら……
何となく、レイナなら彼をすぐに気に入るように思う。
今の私ではなく局長と出逢う前の私だったなら……
以前の初心な私なら、どうだったろうか。
あの日から、すっかり彼女のものにされてしまった……そんな私でなかったなら?
ま、意味のない仮定だけれど。
そんな、昔のことを思い出させるような雰囲気を男は持っていた。それでいて……
どこか無邪気な明るい眼差し。
それを感じたメイが最後に思い浮かべるのは、結局ショボー……局長の、幼気でいたずらっぽい顔と声であって。
「ところで、姉ちゃん名前は? この辺に……住んでんのか?」
男が声をかけてきたのを機に、メイは思考を切り替えようと……
ぐぅぅ〜っ
「あ……」
気が抜けたところであれこれ思い馳せていたせいか、はっきりと腹が鳴ってしまった。
「よし、じゃあ先にメシにしようか!」
ちゃんと男にも聞こえたらしい。
「……お気づかいありがとう」
メイには、はにかむことしかできなかった。
「へへ、こいつが意外とうめぇんだ。火を通せば臭みも消えるしな」
男は火をおこし、携帯していたらしい手鍋で肉塊を茹でている。先ほど壁から削り落としたものだ。
「そ、そうなの?」
「ん、この辺に住んでて知らねえのか? まあいっか、なら今日覚えてけ、な」
男はそう言いながら鍋の水面に浮かんだ肉塊だけをすくい上げて、皿に取り分けてくれた。
皿に乗った肉塊は少し湯気をあげているが、何度か息を吸ってみても……悪臭は感じない。
何度かの息の合間に鍋を覗いてみると、鍋底に暗い赤色の粒が沈んでいた。が、男がそれに手を付ける様子はない。
別の使い道があるのだろうか、ひとまず様子を見てみることにする。
「くぉ〜〜、うめぇ! やっぱうめぇ!!」
男は自分の皿に盛った一口サイズの肉塊を串で口へ運び、噛みしめて……顔をくしゃくしゃにしながら震えていた。
そ、そうなのか……? しかし嘘や大袈裟、紛らわしさを含んだ態度には見えない……
メイは渡された肉塊を串でもてあそんで、その柔らかさを確かめてから口へ入れてみた。
やはり柔らかい、それにツルツルしている。
しかし……この表面を破いたら、またあの臭みが出てきたり……しないよね?
肉塊を舌には乗せたものの、それを噛むのにはまだ少し躊躇していた。
「ところで……俺はダン、ダン・ウィンロウってんだ。姉ちゃんは?」
話しかけられてしまった。しかも、この男が今回の護衛目標、英雄「候補」ダンだったなんて。
早めに口の中を空にして、答えなきゃ。
あまり待たせるわけにもいかない、恐る恐る噛んでみる。するとそれは手触り舌触りから予想できた通り、歯への抵抗をまるで感じないほど柔らかい。
そして、そこからの衝撃に思わず目を見開く。
肉塊は、噛んだ途端口中に味を溢れさせてきた。
そこにはうま味しか存在しない、まるでうま味の原液を固めたゼリー……それも、普段口にする料理の肉汁や、ブイヨン、出汁などとは比べようもない濃密さを持った。
それでいて、まるでくどくはなく……純粋にうまくてあまくて。
それでいて、床に落ちたときのような生臭さは……ゼリーのどこにも存在していなくて。
「なあ、どうかしたのか?」
「……んー! すごい、味、味とろけてる!!」
メイの反応を見たダンは、少しの間豆鉄砲を食ったようにきょとんとしてから……優しい目をして笑っていた。