猫、擬人化。③
「最低。だから男子って嫌い」
南さんが、僕に冷水をあびせたような、冷たい目で睨む。
僕は、のどがヒューと鳴った。初対面の南さんに軽蔑されて、僕は精神的に凄くまいったようだ。
「南、それ言い過ぎだ。男子と一括にしないよ」
「うるさい。藤田に関係ない」
「夜月は、友人なんだ。関係あるよ」
「友人? さっき少し話しただけで、『友人』になるんだ? 藤田の友人って軽いやつばっか」
「僕は自分に、『人を見る目』があると、思っているからね。だから、南のことも、僕は友人だと思ってるよ」
「迷惑。藤田も、朋里も。『友達ごっこ』にボクを巻き込まないで」
「うわあー『ボクっ娘』だ。リアルにいるんだ。凄ーい!」
僕は思わず嬉しくなって、大きな声がもれてしまった。
そしたら、また、南さんは、蔑んだ目で、僕を睨んだ。僕ののどがまた、ヒューヒューと鳴る。
「大丈夫? 夜月、喘息? 吸入器ある?」
「喘息?」
また彼が、僕のことを心配してくれた。
さっきも、彼こと、藤田くんは、南さんと口論しながら、僕を擁護してくれた。
彼は聖人か?
『藤田 稔』くんは、僕の憧れるアニメやマンガの、主人公か、主人公の親友だろうか?
彼が魅力的すぎて、うっかり惚れそうになった。
鈴木くんが、彼を『タラシ』と言っていた。あながち否定できないと思う。
「だ、だい、じょう、ぶ。僕のは、ストレス性だから」
「吸入器は?」
「家にあるよ。もう、落ち着いたよ。大丈夫」
「吸入器は、持ち歩けよ? 発作が出るとキツいだろ」
「ありがとう。藤田くん、優しいね」
……
僕と彼が、アイコンタクト?をとった。
これは、本気で、友人フラグが立った?
僕に、友達が出来ました!!!
僕はレベルアップして、レベル1から、レベル10になりました。
でもまあ、南さんにブリザードを浴びせられて、HPが100から、50になったけど。いや、MPかな?
夜月蒼 レベル10
HP100
MP50(MAX100)
「喘息、出すなんて、弱過ぎ」
「いやー、メガネ。まーた、タラシを発動させたな? 夜月がメガネに惚れました」
「夜月くぅん、ホォモォ、だったのぉ? でもぉ、稔くんは、モモッチのだからぁ、だぁめぇだお?」
うわあー、みんな好き勝手言ってる。
これ、どうするんですか? と、彼におどおどと視線をむけると、彼は小さく溜息を吐いた。
「南、LINE、教えて」
「嫌だ」
「夏休み、僕に『勉強』を教えてほしいんだろ? 南、頭良いのに、『物理』だけ苦手だろ」
「そーだけど」
「夜月のLINE、教えて。この5人で、夏遊ぼう」
「嫌だし!」
「そう。南は物理で毎日、『居残り』するんだね」
「わかった! ほんっっと、最悪」
彼の巧みな話術によって、予定通り、『南 遥』の連絡先をゲットした。
そして!
僕も、鈴木くん、彼こと藤田くん、朋里ちゃん、そして、南さんと、LINEが出来る権利を手に入れた!
僕はまた、レベルアップした!
僕のMPが0から、100になった!
てれれれってれー♪
……
「メガネのくせに、リーダー気取りすんな」
「心外だな。このメンバーで、1番優れている僕が、船の舵をとった方が、効率良く動けるよ」
「自分が優れてる、とか言うな。藤田、ほんと性格悪」
「ねぇねぇ? モモッチって、どぅしぃてぇ、だいすきぃなぁ、稔くんに、辛口なのぉ?」
「藤田くんって、聖人だと思ってたけど、性格が歪んでて、ギャップがたまらない。凄い、好き」
あ、みんなが、僕の発言に、ドン引きしてる。
僕のなにが、いけなかった?
鈴木くんは、いつも、彼か、朋里ちゃんに、イチャモンをつけてる。真の仲良しだから、できる芸当だよね。
彼は、ニュートラル。本当に器用で、尊敬する。
南さんは、外見が女神なのに、中身が悪魔だ。もっと仲良くなったら、ツンツンだけじゃなく、『デレデレ』も見れるのかな?
朋里ちゃんは、天然記念物。とにかく可愛い。しかし、言動には振り回される。
うーん、4人とも、尋常じゃないほど、個性的。僕の個性は、どうやって出す? 僕だけ、普通過ぎて、つまらない人間だ。困ったぞ。
「なぁ、夜月。オマエも天然か?」
「違うよ。多分、アホなんだ」
「ホモだろ? いや、無節操だな」
「なーに? せっそうぉ? 夜月くんはぁ、優しぃけどぉ、よーくぅ、わからないけどぉ、なんかぁ、おもしろぃ♪」
「なんだろう。僕、みんなに、嫌われてる?」
図書室で、南さんを見付けて、南さんが、美術部に行こうとしているのを、邪魔している。
図書室の一角に陣取り、テーブルやイスに座って、南さんを巻き込んで、あれこれ話している。
僕は、そろそろ、この環境に慣れてきた。
いや、自分でも、慣れるの早すぎと思うけど。明日は、また、僕は『ぼっち』かもしれないけど。
落ち着いてきたら、『夜子』のことが心配になった。
黒猫の夜子、どこに消えたのかな?
……
「もうすぐ5時だ。腹減ったなー。マック食いに行こうぜー」
「南、来る?」
「はあ? ボクは部活に行くんだ。やっと開放された。清々する」
「ええー? 南ちゃんもぉ、きてぇ? マックはぁ、稔くんがぁ、ごちそぅしてぇ、くれるよぉ♪」
「ごめん。僕は、今日だけは、用事があって」
僕は右手を小さくあげて、自分の気持ちを伝えた。
本当は、一緒にマック食べたい。中学生になって、初めてできた友達。
とても、とても、残念だけど。僕は、『夜子』が気になって、気になって、仕方ないんだ。
「なんだ? 金ないのか?」
大柄な鈴木くんが、心配そうに僕を見る。
「探し物? 手伝おうか?」
彼が提案をしてくれたけど、僕は、首を横にふった。『夜子』は特別だから、今の僕には、『夜子』を、彼に紹介していいか、わからない。
「ぼっち。お前また、『ぼっち』になりたいのか」
「本当は、みんなと一緒にいたい。けど、今の僕があるのは、『夜子』のおかげだから」
「夜子?」
「あ、うん、昨日、拾った黒猫。いなくなったから、探さなきゃ。夜子は、迷惑かも、しれないけど」
「黒猫、探すのか?」
南さんが珍しく、普通に、僕に、聞いてきた。僕は、不思議だったけど、小さくうなずいた。
「にゃんにゃん!? 里もぉ、さがすよぉ?」
「ありがとう。でも、夜子、人見知りするし。僕も夜子が、どこにいるか、全然わからないし。ひとりで探す方が、気が楽なんだ」
「そぉっかぁ♪ にゃんにゃん、無事にぃ、みつかりますぅ、ようにぃ♪」
僕は、4人にバイバイした。
これから僕は、夜子を探す。
……
僕は中学校の中を、軽くちらちらと、夜子を探した。時計は5時30分。
学校は諦めて、朝来た通学路を、足早に進みながら、『夜子ー?』『夜子どこ?』と、声に出しながら探す。
『みゃあ?』
『なぁなぁ』
「あ、虎男! 雉人! 夜子、見てない? えと、黒猫、見てない?」
茶トラ猫と、キジ猫のコンビ。僕は毎日、野良猫の、虎男と雉人を可愛がっている。
しかし、今は、夜子を探さなきゃ。
『みぁああ?』
(ご飯、持ってきた?)
『なおなおなお』
(毎日、お腹ペコペコよ)
「ごめんね。虎男、雉人。わかった! 一回家に帰って、ご飯持ってくるね! 黒猫の夜子、見てないか、思いだしてみて?」
僕は猛ダッシュで、家にたどりついた。家のテレビの時計は、6時だった。
僕は自分の部屋へと走った。2階へとどたどた上がる。
「夜子ー!」
僕の部屋に、夜子の姿はなかった。家の中をあちこち見て回る。
走り回り、名前を何度も呼んだせいで、僕ののどは、からからに渇いていた。この暑い中で、動き回ったので、全身汗でびっしょりだ。
僕はめちゃめちゃ、くたくただった。けど、休む時間がないと、なぜか思った。
おじさんとおばさんは、今日は夜中まで、仕事らしい。
僕は、キャットフードを持って、虎男と雉人の場所へと向かった。
……
僕が急いで、虎男と雉人のもとに行くと、2匹とも、ちゃんと待っていてくれた。
「遅く、なって、ご、めん」
『みゃあ?』
(うち、良い子やろ?)
『なぉぉ』
(私、食べないと、考えられない)
僕は、キャットフードを入れるための容器を、そっと地面に置く。それぞれに、ご飯をつぐ。
近くに、違う容器も置いて、ペットボトルに入れて持ってきた、猫が飲める水をそそぐ。
虎男がすりすりと、僕の足に絡んできたので、虎男の体を優しく撫でる。それに安心した虎男は、キャットフードを食べ始める。
雉人は、一言『なううう』(いただきます)と鳴くと、無心にキャットフードをがつがつ食べた。よほど、お腹が空いていたんだろう。
「ごめんね。お腹ペコペコだったね。たくさん食べてね」
僕は、虎男と雉人が、キャットフードを食べている間、地面に座り込み、ひと休憩した。
ふと、僕は、夜子と出会った場所を思い出した。
海がすぐ横にある、堤防だった。
僕はスマホを見ると、時間は6時30分過ぎだった。夏だから、辺りはまだ明るい。
夜子と出会ったのは、夜遅かった。確か、9時過ぎていたはず。コンビニによった帰り道だった。
『みぃーこ』
(ごちそうさま! 夜子ってだれ?)
『なうおー?』
(黒猫? 私は知らないわ)
「虎男、雉人、黒髪のツインテールの女の子、見なかったかな? どこに行ったか、知ってるかな?」
『みゃーあ!』
(多分、海の近くにいたわ)
『なぅ。なお?』
(たまに会う、コンビニの近くじゃ、なかった?)
僕がダメ元で、夜子の居場所を2匹に聞くと、虎男も雉人も、方角的に、海の堤防がある場所を見た。
「ありがとー!」
僕は虎男と雉人に、お礼を伝えた。容器の中は、空になったので、容器とかは持ってきたビニール袋に入れた。
僕は、期待と不安を胸に、夜子と出会った、海がすぐ横にある、堤防を目指して走る。
……
夕陽にさらされた、夜子はそこにいた。
「夜子ー!」
僕の大声に驚いた夜子は、緩慢な動作で、僕の方を向いた。
「夜子! 心配したじゃないか! なんで、急に、消えたんだ。夜子、一緒に帰ろう?」
僕は夜子が見つかって、めちゃめちゃ嬉しかった。柄にもなく、にこにこしながら、夜子へと、自分の右手を差し出す。
夜子としっかり、手を繋いでいないと、夜子がまた、どこかに消えてしまうようで、恐かった。
なにも言わない夜子。手を出さない夜子を見て、僕は不安になった。だから僕は勝手に、夜子の右手首を握った。
「力が強い。痛いわ」
「夜子、君は、僕にとって、大切な友達なんだ。だから、これからずっと、そばにいてよ」
僕は夜子の目を見つめた。満月のような、金色の双眼。
なぜだろう。悲しそうな色が滲んでいた。
「夜子?」
「なんで、きたの? 蒼、友達ができて、青春して、幸せでしょ?」
「うん。夜子のおかげで、僕、さっきまで、学校で楽しかったよ」
「あたし、もう、蒼に必要ないわ」
「必要だよ! 夜子が必要だ」
「勘違いしないで。あたし、自分のために、あんたに協力したの。あたしが、『あたしの願い』を叶えるために、あんたを利用したの」
「夜子の願いって、なに?」
「人間に、なること。人間の女の子として、生まれて、死ぬこと」
「夜子?」
「あたし、死なないの。猫でもない。人間でもない。人間の女の子になって、それで、幸せになれるか、なんて、わからない。けど、あたしは、『あたしが幸せになる』って、信じてるの」
「その願いは、僕のそばにいたら、叶わないのかな?」
「そうよ。だって、蒼、あんた、今、『楽しい』でしょ? あたしは、不幸な人間に『楽しみ』を与えること。数えてないけど、『千人の楽しみを叶えたら』、あたしの願いが叶うはず、なの」
「僕が今から、不幸になれば、夜子は、ずっと、僕のそばにいる?」
「ないわ。一度『楽しみ』を与えた人間に、また楽しみを与えても、あたしには、意味がないの。『楽しみ』を知らない人間は、たくさんいるの。だから、心配いらないわ」
「じゃ、夜子は、役目が終わるまで、『夜子の幸せ』はないのかな?」
「なに言ってるの! あたし、蒼と一緒にいて、楽しかったわ。ありがとう。さよなら」
「夜子!!!」
夜子は、『さよなら』を言うと、黒猫になった。
そして、僕は、夜子の手を離してしまった。
黒猫の夜子は、素早く走って、僕の前から、姿を消した。
僕は、『夜月 蒼』は、黒猫の女の子、『夜子』に、大切なことを教えてもらった。
僕は、自分の小さな幸せを大切にしようと決めた。
夜子、楽しみを与えてくれて、ありがとう。
もし、また、どこかで、夜子に会えたら、今度は僕が、夜子に協力するよ。
Fin。
……