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3 電車からの脱出

 俺は窓を見た。

 そして窓に向かって「うおらあああああ!!!」と叫んで勢いよく飛び蹴りをした。

 しかし、ばいーん、と弾かれ後方に跳ね、俺は座ってゲームをしている太った男の膝に落ちた。


「でゃああああああ!!!」


 再び起き上がってガラスを蹴る。

 また、ばいーん。

 蹴った箇所の近くに座っていた薄毛の会社員が揺れた。


「ありゃああああ!!! ほらああああ!!!!!」


 何度も窓ガラスを蹴るが何の変化も起きない。

 っていうかなんか足の裏と足首と膝が痛くなってきた。


 これで決める!

 と最後の力を振り絞ってガラスを蹴ったら足に変な衝撃が走って俺は転げた。


「いってええええ!!!」


 床で悶える俺を見下ろして女子高生は言った。


「何してんの」


「足いってえええ! いや「何してんの」って、窓割ろうとしてんだよ!」


「なんで」


「電車から出るためだよ!」


「割っていいの?」


 と問われて俺は少し冷静になった。

 確かに。

 割っていいのか。


「え、でも、だって、電車出れないじゃん」


「出れないけど、待ってたらみんな動き出すとかないのかな」


 なるほど。言われてみれば。

 確かに一生このまま、って訳ではないかもしれない。


 でもそんなの分かんない。

 どうしたらいいんだろう。

 俺はどうしたいんだろう。

 

 俺は今、確証が欲しい。


 何もかもが不明の今、「これは可能です」っていう確証が欲しい。

 停止した世界がどうなるのか分からないのなら、今欲しい確証は「この電車から出る事は可能です」って事だ。

 だから俺は、ガラスを割る必要がある。

 ガラスが割れるなら、出れるという事。

 確証が得られるという事だ。


 ガラスを割るのは犯罪だろう。

 けど、誰も動いてないんだ。法律とかじゃないんだ。

 

「いや、動くかどうかは分からん」


「うん、分かんないね」


「だから割る!」


「……ガラスを?」


「ガラスを。俺は、ガラスを割る!」


 そう言って俺は女子高生をまっすぐ見据えた。

 

「でも、全然割れないね」


「でも、全っ然割れないんだ!」


 そう。全然割れねえ。

 決意はいいんだけど、全然割れない。割れる気配がない。

 すげえ、電車のガラス。

 足の痛みは引いてきた。折れたりとかはしてなさそう。危ねえ、これで骨折とかしたらシャレならん。世界が停止してるのに。


 視線の先では、女子高生が足でガラスの硬さを確認している。

 足がスラッとして長い。

 

「硬いんだね、電車のガラスって」


 女子高生はガラスを軽く蹴りながら言う。


「強化ガラスなんだろうなー。まじ蹴ったぐらいじゃ割れないわ」


「強化ガラス」


「うん」


「強化ガラスってさ、確か、尖ったもので突くと割れるんじゃなかったっけ」


「え?」


「テレビで見た事ある。強化ガラスは尖ったハンマーで叩くと割れるらしいよ。力が一点に集まると割れるんだって」


「そうなん」


「うん」


 尖ったもの。

 硬くて尖ったもの。


「でもそんなもん、電車の中に……」


 と言い掛けて俺は「あ」ってなった。


「ちょっと来て!」


 と言って俺は女子高生を呼び、車両を走り出し、連結部のドアを開けた。

 さらに進んで最初にいた車両まで戻る。そしてあの、本を読んでいる上品マダムの元まで駆け寄った。

 マダムの傍らには、高級そうな傘。

 俺は傘を手に取って言った。


「これ! いけるんじゃね!?」


 日傘だろうか、骨はしっかりとした木材で、先端が金属で出来ている。

 床を突いてみると、ゴツゴツと重そうな音がした。


 マダム、ごめん。

 この傘は、あなたの大切なものだと思う。

 もしかしたら、かけがえのない大切な思い出の品かもしれない。

 でも、俺らはここから出なければならないんだ。

 ごめん、マダム。

 

 そんな思いでマダムを見た後、俺は窓を睨んだ。

 外は相変わらず動いていない。

 天気も変わらず、雲も流れていない。


「おらっ!!!」


 全ての体重を日傘の先に集めるような気持ちで、一息にガラスを突いた。

 だん! という音がしてガラスに無数のヒビが蜘蛛の巣状に広がった。


「っしゃおらあああ!!!」


 割れた! すげえ!

 俺は女子高生を振り返った。


「割れた! ほんとに割れた!」


「おー」


 ぱちぱちぱち、と彼女は拍手をした。


「まじで割れたわ、すごい、ありがとう。教えてくれなかったらやばかった」


「この人に感謝だね」


「あ、そうだね、マダムありがとう」


 マダムは変わらず、本に目を落としていた。

 傘は何ともなかったのでそのまま元の位置に戻した。

 こんな強化ガラス割る傘、怖えな。マダムと戦っちゃダメだわ。


 ガラスのそばにいたOLを移動させ、俺はヒビ割れたガラスを蹴って破った。さらに周りのガラスを靴底であらかた除去し、窓枠の下辺に鞄を置いた。


「ここに手を突いて、一気に飛び降りるか」


 と言って俺は窓の下を見た。

 思ったより高さがある。

 俺は女子高生に言った。


「結構高いよ」

 

「へー」


「いける?」


「そっからしか行けないんでしょ?」


「まあ、そうだけど」


「じゃ、がんばる。ていうか」


 そこで言葉を切ると、女子高生は座席から窓の下を見下ろしていた俺に近付いてきた。

 そして、すぐ隣まで来て言った。


「先に下に降りてよ」


「え?」


「そしたら、何かあった時、受け止めて欲しい」


 そう言って俺の顔をじっと見る。

 まつ毛が長い。これはつけまじゃない。瞳は潤んだようにきらめいている。


「あっ、ああ! う、うん! そうだね、俺が先行くわ」


 慌てて顔を逸らし、俺は鞄の上に手を置いた。

 砂利が敷かれた地面までどのぐらいあるんだろう?

 でも、行けない高さではない。


「よっ!」


 と思い切って飛んだ。

 どしゃあ。ってよろめいたけど、なんとか無事に着地した。

 俺は膝を払って立ち上がると、上を見上げて声を掛けた。


「大丈夫? いけそう?」


 女子高生は窓から顔を出した。

 長い髪が垂れている。

 ひゅっ、と一度顔が引っ込み、あれ? と思ったら、いきなりスカートが見えた。


 彼女は、後ろ向きに降りようとしていた。


「えっ、ちょ、まっ、え!? そうやって降りんの!?」


 俺は電車の下で右に左にわたわたした。

 え、どうなる?

 どうなんの? これどうなんの!? 落ちてくんの!!?

 と焦ってたら、そのまま女子高生は落下してきた。


「ふぐっ!!」


 受け止めきれるはずもなく俺は彼女の下敷きになった。痛い。

 痛いけど。


「大丈夫?」


 と女子高生は俺の上で言った。まったく心配そうな口ぶりではなかった。


「いや、うん。まあ」


 と曖昧に答えて俺は彼女の重さを感じていた。

 そして、相手の肩をずっと抱いている事に気付き手を離した。

 人間、それも女性の体重を感じたのはこれが初めてだ。

 柔らかいようでもあるし、自分の骨と相手の骨が当たってるような、硬質な感じもある。体の痛みよりも、そっちの方に意識がいった。

 

 俺は彼女に会った時、最初に言われた言葉をそのまま返した。


「ごめん、そこどいてもらえる?」


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― 新着の感想 ―
[一言] 面白いです! ただ主人公達が非常脱出コック みたいなのがあると気が付かなかったのかな?と思います
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