2 二人きり
あれー???
動いてる。
この人、全然普通に動いてる。
世界が停止したっていうのは俺の勘違いなのか。
女子高生は俺から視線を離さない。
あれ? あれ? ってなってると、
「ごめん、そこどいてもらえる?」
と言われてしまった。
俺は「あっ」つってどいた。
女子高生はそのまま別の車両に移っていった。
その後ろ姿を見送って俺の頭の中はクエスチョンマークで満たされた。
え? 何これ。
普通に動いてる人がいるって事?
動いてる人と動いてない人がいるの?
確かめるべく俺は女子高生が来た方向の車両へ移動した。
で、どんどん確認していくけどやっぱ誰も動いてない。一番端の車両まで来てさらに乗客を調べる。と、一人の男子高校生に当たった。
俺と同じ制服。俺はこいつを知っている。
同じクラスの男子で、俺が休み時間とか寝たふりしてると聞えよがしに、
「俺がぼっちだったらとっくに学校辞めてるわー」
とか、
「ぼっちって修学旅行来んのかな? 一人旅でよくね?」
とか、
「ぼっちって孤高の存在だと思ってそう」
とかとか、恐らく俺への当てつけだろう言葉をよく言っているやつだった。名前は知らない。
最初は気にならなかったけど、わざわざ近くまで来てその話をしてるから俺の事を言ってんのかな、と思い始めて注意してると「ぼっち」というワードを出すため無理やり話題転換している様なども見受けられてああ、やっぱ俺に対して言ってんだな、ってのが分かった。
なんでそんな事をしてたのかは不明だけど。
それに対して特にどうとも思わなかったものの、シンプルに声がでかいからうるさいな、とは思っていた。俺はクラスメイトの名前をほぼ一切知らないけど、そういう事があってこいつの顔だけは覚えていた。
そんな彼も動いていない。
目を半開きにして頭を掻く瞬間、みたいなポーズで固まっている。
俺はさらに残りの乗客を見て、運転士まで確かめて全ての人を確認し終えた。
全員動いていなかった。
ただ動いていないんじゃなく、例えば、今のぼっち煽りしてたクラスメイトもそうだし、途中で見掛けた女性三人のグループなどは爆笑の一瞬で固まったらしく、のけぞったり拍手をしていたりして動画再生中にいきなり停止ボタンが押されたみたいに止まっていた。
なんで人々が止まってしまったのかは当然分からない。
でもひとつ確実に言えるのは、この電車内、活動してるのは俺とあの女子高生だけ、って事だ。
あの女子高生に慌てた様子はなかった。かなり沈着に「そこどいてもらえる?」と言っていた。もしかしたら何か知っているのかもしれない。
どうする。
話を聞いてみようか。
でも気持ち悪がられたらどうしよう。
こんな他の乗員乗客が停止している中、接触を試みて、キモがられたらどうしよう。
んー、と頭をひねって悩み、ふと思ったのは、あの女子高生は何のために電車内を移動していたんだろう? という事で、もしかしたら俺と同様、動いてる人を確認するために移動していたのかもしれない。
でもそれなら動いてる俺を見つけてもっとこう、テンションを上げるというか、それなりのリアクションがあってもいいはずなのに普通に「そこ、どいてもらえる?」と言ったりしてよく分からない。
やっぱ、何か知ってるのかな。
会いに行こうか。
いやだってこんな異常事態、話し掛けられてキモいとかないだろ、たぶん。
よし、って俺が隣の車両に移るべく連結部のドアを開くと、同じタイミングで向こうのドアも開いた。
「あ」
と俺は思わず声を漏らしてしまって女子高生と目が合った。
彼女もまた、自分の来た車両を戻ってきたらしい。
俺が他の乗客みたいに固まっていると女子高生はスタスタこっちに向かって歩いて来る。
そんで俺の目の前で立ち止まると、
「なんか止まってるぽいね」
と言った。
「えっ」
「ここにいる人達」
「あ、ああ、そうだね」
めっちゃ普通に話し掛けてくるじゃん。
俺の逡巡は何だったんだ。
女子高生は何となく窓の外を見てから言った。
「時間が止まってるみたい」
「時間?」
「うん。時間が停止してるみたい」
「え? 時間って」
俺は慌ててスマホを出した。
っていうのもさっき、電車が動かなくなってからスマホを見てた時、30分経ったのを時計で確認したからだ。
今一度、スマホの時計を見た。時間はさっきよりも進んでいた。
「いや、時間動いてるよ。時計動いてるもん」
「うん知ってる。あたしもさっき時計見た」
「あ、そう」
「でも太陽が」
と言って女子高生は黙った。
俺は思わず窓外に目をやる。
電車の外は静かなまま。
空はよく晴れている。
俺は訊いた。
「太陽、動いてないの?」
「分かんないけど、そんな気がする」
「あーはっきりは分かんない?」
「うん。気のせいかも」
「異変に気付いてから、まだそんな時間経ってないしな……」
「いへん」
「ん? うん、異変。異変じゃね、これ」
俺は改めて女子高生の目を見た。
彼女は最初と同じ、無感情みたいな目をしていた。
無感情ではあるけど、涼しげ、って感じの、透明感のある顔立ちだった。
女子高生は言った。
「そうだね、異変だね」
「ね。何が起きてんだろね、まじで」
そう言ってから俺は呆然と車内を眺めてしまった。
でも人と話してる内に何故か、なんとかなるかも、みたいな気分になってきた。人と会話するのにはそんなポジティブな作用があるのかもしれない。
なんとかなるかも。
――なんとかなるかも?
何がなんとかなるんだ?
「出たいね」
という声を聞いて俺はハッとした。
「え?」
「出たくない? 電車」
彼女がそう言ってから、俺は3秒ほど黙った。
そして叫んだ。
「ああ! あああああ!!! そうだよ! 出れねーじゃん!」
「うっさ」
「ごめん! いやでもまじで、電車出れなくね俺ら!?」
「そうかも」
「いや「そうかも」て! いやそうだよ! え、どうする!?」
「出たい」
「いや「出たい」じゃなくて!」
俺は意味なく車両の中央まで早足で歩いた。
そして立ち止まり、連結部のドアを見つめた。
そうだよ、電車、出れねえじゃん。