閑話・中年は夢を見ていたらしい
当初の構想では弓や銃器も使う世界観で考えていたけれど、そうなると銃が普通に使える世界で銃規制が厳しい日本だけが半ば肉弾戦というトンでも世界になる事に気が付いたので、世界中を肉弾戦にしちゃえと設定変更。
その結果、水子兵器となってしまったコンパウンド和弓がどうしても書きたくて書いた話です。
「これは?」
見せられたそれは全長約3mという長弓だった。
「真部さん、弓道やってたって言ってたじゃないですか。だから、作ってみました」
ハァ?と思わなくもない。
全長3mにもなる弓を扱えと?
「和弓の基準でも大きすぎることは理解しています。ここまで大型になれば普通は扱えません。
しかし、妖装専用弓ですので、そこはちゃんと考えてありますよ!
矢は真部さんに合わせると86㎝になりますが、これは95㎝の長さを持ちます。
その分の補助として、洋弓、それも三角ボウという変わった弓を参考に胴を作りました」
確かに、和弓は上から下まで一つの弓なのに対し、それは洋弓の如く、3つのパーツで構成されている。
洋弓、とくに現在競技で使われるリカーブボウやコンパウンドボウと呼ばれる弓は手で握る部分、ハンドル(ライザー)をアルミやマグネシウムで作り、その上下に分割された弓部分を持つ。
ハンドル(ライザー)は矢を番える構造、スタビライザーやスコープなどのを取り付ける構造を持っており、現代の洋弓は和弓に対して、銃やクロスボウに近い考え方を持った道具と言えるだろう。
目の前にあるそれは洋弓のそうした構造を備えていた。
しかも、持ち手となるグリップ部分はさらに弓自体より弦側へオフセットされ飛び出し、三角ボウと呼ばれる特殊なコンパウンドボウの特徴を備えている。
三角ボウは左右両用で扱う事が出来る様に完全に弓の中心にグリップを配置し、矢を番える。
洋弓でも旧来の弓に近いベアボウなどは中央部を切り欠いただけの構造をしており、和弓により近い。
和弓も誤解されがちだが、弓自体に反りを付けることで矢を番える胴を少しオフセットさせているのだが、その形はベアボウのようなアカラサマなモノではない為、一見して分からない。
切り欠きであれ、反りであれ、それは左右専用の配置となるので、左利き専用の弓を用意しなければ逆手で撃つことは出来ない。
対して、三角ボウは左右どちらからも撃てる完全中心に配置されている。
「さすがに弓道部の方に怒鳴られましたよ、コレを作った時には。『なぜ素直に洋弓にしないのか』って」
そりゃあそうだと真部も思う。
「でも、妖装で扱う弓を洋弓仕様で作ると扱えないんですよ。
全長3mの弓なんて、中央部にハンドル付けたら地面が近すぎるじゃないですか。
その点、和弓ならば下3分の1の位置に胴が来るので、長弓を作りやすいんです!!」
それも分かる。
和弓は世界一大きな弓と言われる。
そして、長弓でありながら馬上弓として扱える特異な弓である。
その特性を利用した長大弓を作りたかったと云うのは分からなくもない。
しかも、長い矢を番え、必要な力を加えて飛ばそうと思うならば、最も適した形式であるだろうと真部も納得する。
しかしだ。
「コンパウンドボウ形式で3分の1に振動節を持ってくるのは非常に難しかったですよ!
本当にこれは大変でした!
しかし、その成果がこれです。
器具による試射では問題なく矢を射る事に成功しています。問題ありません」
そう言って自信を見せる目の前のマッドな姿には真部も賛同出来そうになかった。
「・・・・・・そうですか。それは苦労したんですね」
ひきつる笑顔でそう返すのがやっとだった。
「試射で分かったのですが、この弓は計算以上に振動がありません。
つまり、銃やコンパウンドボウのように正確な射撃も可能です。
知ってます?コンパウンドボウの射程記録は1kmを超えるんです。これならば更に倍は可能でしょう。
あ、もちろん、有効射程はより短くなりますが、直射で200mは可能ですよ。ライフルに引けを取りません」
と、うれしそうだが、だから何だというのか、全く分からない真部であった。
電線ではないが、魔力を送れるコードの製作に成功したという。
確かに、妖装やMA,MSといった外骨格と大剣や戦斧と言った武器をしっかり魔力で融合するにはコードを用いた接続もあってしかるべきだろう。
だからと言って、飛び道具を作ろうなどとは。
「欧米でも試作は始まっているでしょうけど、使えるコードの強度から初速はあまり上げられません。
しかも、1発で1体しか倒せないのでミサイルを使うのはコスパ悪すぎますから、銃か弓になるんですが、銃やクロスボウを超えるコレであれば!!」
と、目を輝かせる姿にまるでついて行けない真部。
どうぞと示されて弓を手に取る。
きっと裸身では持てないであろう事がこの時点で分かった。
「分かりましたか?
バネ鋼を芯材に炭素繊維を被覆しています。当然、弦も鋼線を芯材にした特製です」
アホ過ぎて言葉も出ない。一体いくらするのか。
薙刀や小太刀、大盾もかなり特殊な鋼材を利用し、そこにサヌカイト粉をコーティングしている。
どれもこれも安い代物ではない。
「国の予算がありますから、使い切らないと次年度の予算が減らされるんですよ」
無駄遣いじゃないか。
などと、高価な妖装を着る自分が言うのはおかしいと口をつぐむ真部だった。
手にした長大な弓は持ち手が下3分の1にあるためかあまり邪魔になるものではなく、構えることに問題がない。
「コンパウンドボウではリリーサーを使うそうですが、弓道経験者の真部さんにはこちらが良いでしょうか」
そう言って手渡されたのはちょうど右手親指の指装に装着する弓かけユニットだった。
怒ったと言いながらも協力する弓道部にも感謝である。
「因みに、通常素材で作ったドロー・ウェイト20kgの試作弓は弓道部で大好評でしたよ。
『こんな未来的な弓で試合がやりたい』だそうです」
その辺りも大学生か。新しいものを受け入れる素養はあるんだな。カッコいいし、コレ。
しかも、コンパウンドボウは引き絞っていく毎に重さが軽くなる。最も引き絞った状態では約半分の重さと言われ、その分狙い易いとの事だった。
「因みに、この弓のドロー・ウェイトは約1tです」
真部はアホかと思った。
「そして、矢も通常30グラム程度のジュラルミンやカーボンとは違い、サヌカイトをコーティングしたタングステン製なので300gほど。
初速は拳銃と並ぶ音速に達する事になりますので、ジュール数表示ではライフル以上の威力になるかと」
呆れるしかなさそうな威力に引いて良いのかと不安になる。
「一般の射場では不可能なので、あちらへ」
そう言って連れていかれたのは大学の近くにある土砂採取場跡地であった。
「ここなら大丈夫ですよ。ソレを射ても」
そう言われて、弓道をやっていたころの型を思い出しながらゆっくり体の前で弓を持ち上げる。
そこから左手を前へ。
右手で引きながら、左手も前へと押し出して口元辺りまで降ろしてくる頃にはかなり引き絞られている。
さらにそこから耳の辺りまで最大限引き絞って狙いを付ける。
不思議な事に、そこまで下げて来ると研究室で何度も習った通り、スコープが目に入り、的を照準しているという実感がある。
的までは200mある。
妖装の能力を使い、左腕を固定し、的を狙う。
スッウと息を吸って止める。
タイミングを見計らって弦に掛けられた親指を少し動かし弓かけを弦から外す。そして、息を吐く。
パン!
そんな衝撃音がしたかと思うとすぐ後には的も吹き飛んでいた。
ハァ?
真部にはそれしか感想が無い。
威力がどうしたとか、弓の感覚がウンヌン。
そんなチャチなもんじゃない武器を自分が手にしているという事にただただ思考力が追い付いていなかった。
「真部さん!!」
ふと声がしてあたりを見る。
「良かった。心配しましたよ。
真部さんでも魔力枯渇になるんですね」
「お前、さすがに24時間耐久はきついって」
そんな声が聞こえて真部は思い出す。
ああ、そうか、団体のトレーニングではしゃいでいたんだと。
・・・・・・弓は、どうやら夢であったらしい。