幕間 最強
「ああ…痛いなぁ…こんな思いをしたのは初めてだ」
ガクガクと震える足を強引に腕で押さえつけ、ハデスは言った。
ひどい状態だ。
口から血を吐き、体から折れた鋭利な骨が飛び出している。
だがそれでも、ハデスは強い意志を持ってそこに立っている。
「全員生きて帰さないからな…!」
「…撤退は無理だ。ここで倒すぞ」
ハデスの目に灯った憎悪の炎を見て判断したのだろう。
ソートは悔しげにうめいた。
「リーフ、サウザントオーブを使え」
「無理だ、今ここで使えば…守れるはずの味方を失ってしまう」
万が一暴走リーフがハデスに味方しようものなら、それこそ終わりだ。
まだサウザントオーブの力を使わない方が勝機がある。
だが、ソートはそんなふうに思っていない。
「守れるはずがない!いいから使うんだ!」
「揉め事か!若人よ!」
怒鳴るソートに、ハデスは『滅剣』で斬りかかった。
「『インフェルノ』!」
だがマレンのフォローによってハデスの軌道がずれ、危ういところでソートは難を逃れた。
動きが異常に早かった。
化身を生み出した張本人だ、自分の戦意をいじっていてもおかしくはない。
そして…
「邪魔だ」
マレンが、消された。
「あ…」
ただ地に落ちた紫の髪を、一同は見つめることしか出来なかった。
「『暴風儀クアランド』———ッッッ!!!」
ただ一人、ルイネだけが魔法を放った。
その後隙も、ただハデスに狩られるだけ———
「ルイネ!」
マーカスがルイネの背中を押し、自分がハデスの視界に入った。
そして直後には、マーカスの姿も消えていた。
「リーフ、サウザントオーブを…」
「…嘘だ…」
地に膝をついて崩れ落ちるリーフを、ハデスは見逃さなかった。
「死ね!コノハ!」
ハデスが振りかぶる『滅剣』、それによってリーフが切られる。
だが、白い化身がリーフを突き飛ばした。
ソートだ。
そしてソートに、容赦なく『滅剣』が振り下ろされる。
「俺は…信じているからな」
その言葉を最後に、ソートは消え去った。
何が守れるはずの味方だ。
何が守るための力だ。
守るための力でも、守れる力でなければ、守れるはずの者など存在しない。
躊躇した結果がこれだ。
もう迷っている暇はない。
ただ目の前にいる相手に勝つために、戦意を抱け。
「『魔法強化【千意】』———ッッッ!!!」
※
真っ赤な世界の中を、リーフは歩いていた。
淀んだ戦意の世界、そこは遥か遠くの地平線まで赤い。
「…また新入りか?」
「違うみたいなの。まだ命は消えてないみたいなの」
不意に現れたのは、少年と少女だ。
そしてその後ろには、無数の人々が佇んでいる。
「君たちは?」
「ハデスに殺された人たち」
背後から声がかかり、リーフは慌てて振り向いた。
リーフと瓜二つの少女、コノハだ。
「コノハ…君が僕の体を動かしてるんだろ?なんとかしてくれ」
「無理だよ、私にはハデスを止める力なんてなかったんだもの。あったなら、そこにいる人たちはとっくにあの世にいるはず」
そういえば、墓地でハデスと戦った時にリーフの方が劣勢だとエイルスが言っていた。
「でも君がこの体の主導権を握れば、ハデスに勝てる」
「じゃあどうやって握ればいいんだ!渡してくれ!」
苛立ち混じりにリーフは叫んだ。
早く向こうの世界に戻らなければ、ルイネが殺されてしまう。
もう失いたくないのに。
「いい?リーフ」
だがコノハは、宥めるようにリーフに言った。
「君はなんのために武力を使うの?」
「…守るためだ」
「私も同じ、サウザントオーブは守るために作った。それじゃあ君はなぜ戦意を抱くの?」
「……」
「君は勝つために戦意を抱いている。ただ相手を負かすことを考え、勝利に貪欲になっている。だから憎悪を抱く私の思念が出てきてしまうの」
「…じゃあ…」
ようやく答えを導き出したリーフに、コノハは微笑んだ。
「守るために戦意を抱いて。そうしたら、君は守れる」
※
空気が変わる。
リーフの魂に刻み込まれた『化身王の加護』が、サウザントオーブと溶け込み合う。
200%の解放力が、1000の戦意に宿る。
「なんだ…?」
困惑するハデスの前で、リーフは剣を構えた。
見たこともない量の赤いオーラが、リーフの周囲を漂う。
その戦意の量は、吐き気を催すほどだ。
この瞬間、リーフの戦意解放力は…20万に達した。
「『暴風儀クアランド』———ッッッ!!!」
「『シールドオーラ』!」
リーフがアネモスを振りかぶるのに合わせ、ハデスは防御魔法を展開した。
しかし魔法と共に放たれる赤い斬撃によって、ハデスに無数の切り傷が刻まれた。
周囲の景色が遅れて見える。
解放力20万によって、超高速で動いているからだ。
その速度は、約マッハ600。
ハデスの目では間違いなく追いきれない。
「く…死灰儀ゲヘ…」
「遅い!」
上級魔法を唱えようとするハデスの背後にリーフはすでにいた。
ハデスが何か行動を起こすよりも先に、リーフはすでに行動を終わらせているのだ。
「終わりだ!『暴風儀クアランド』ッ!」
やがてハデスの胸部をアネモスが貫き、傷口から風の上級魔法を放った。
ハデスの体は風の刃によって粉々に擦り切れていく。
「まだ…まだだ…!俺はまだ…魔法の極致を…」
最後まで言い切れずに、ハデスの頭部は風にの見込まれ、消失した。
最悪の戦いは、ようやく終わった。
リーフとルイネ以外の、全ての仲間の命と引き換えに。
「…僕が…迷ったせいで…」
先ほどまで仲間がいた場所を見て、リーフはつぶやいた。
自分には、皆を守れる術があった。
なのに少し迷っただけで、全てを失った。
人の命の損失というものはあまりにも残酷で、一瞬の出来事なのだ。
「うあああああああああああああああああああ!!!」
※
「ナリムは無事異能士団に入ったようだよ」
ヴァルタイユは、目の前の男に言った。
そそくさと魔法の研究を進める少年、アラスタ王だ。
「君はなかなかうまくやったと思うよ。まさか僕が渡した情報だけで、ナリムを虚界に追放する選択をするとはね。おかげで計画は上手く進んだ」
「全て見えているのは君だけではない。世界の全てを見渡す『覇王の宮殿』を作ったのはワタシだ。ワタシの城に同じ細工が施されていても何もおかしくはあるまい」
「それじゃあ教えてくれないか。あの灰色の髪の剣士の正体を」
そう言われて、アラスタ王は一瞬眉を顰めた。
そしてすぐに思い出したように手を打った。
「君は彼を知らないのか、なるほど。彼は剣聖の弟だ」
「…なのに灰色の髪だと」
「おそらく『封剣士』を継いでいる。それでいて『覇王の魂』をも継いでいるのだから、間違いなく最大の脅威となるはずだ。脅威として匹敵するのならば、リーフ・グラウィスくらいだろう」
「リーフ・グラウィス…彼のサウザントオーブは大した力だけど、僕の『残虐の雨』の前では無力だ。あまり気にしなくてもいいさ」
そう言うと、ヴァルタイユは研究室を立ち去ろうとした。
「待ってくれヴァルタイユ、ワタシはエイルスの行方が気になるのだが…彼女はもう舞台から脱落したのかな?」
「いいや、まだだ。楽しみにしておくといい、彼女がこれから為すショーを」
口元に嗤いを浮かべ、ヴァルタイユは立ち去った。
第六章終了しました。
第七章も引き続き見ていただけると幸いです。




