第五話 アネモス
銀色の灰となって散っていく矢を見て、リーフは驚愕した。
魔力が込められ、威力も増していたはずの矢が一瞬で切られたのだ。
「『テンペスト』———ッッッ!!!」
即座にリーフは風の中級魔法を放った。
戦況を掻き乱し、再びナリムの矢が放たれる時間を稼ぐためだ。
だが、ハデスの『滅剣』は魔法すらも銀色の灰にしてしまった。
「驚いたか、俺はこの最強の剣を完成させたんだ。この剣の刃が触れたあらゆるものを一瞬で灰にする!」
そう言って、ハデスはリーフに斬りかかった。
まずい、リーフはピンチになると『魔法強化【千意】』を発動できるが、一瞬で灰にされてしまうのならば意味がない。
「『シールドオーラ』!」
少しでも剣を振り下ろすのを防いでくれるのではないかと期待して、リーフは防御魔法を張った。
しかしそれを最も容易く破壊して、『滅剣』は襲いかかってきた。
「くっ…」
前転回避で身を交わし、リーフはハデスから距離をとった。
すると…
「『王拳』ッ!」
地下の壁を破壊して純白の拳が横からハデスに襲いかかり、ハデスは館の壁に激突した。
いうまでもなくその純白の化身は、ソートだ。
「戦いの音が聞こえた」
「来てくれてありがとう」
油断なくハデスを見据えるソートは、リーフ達に逃げるよう合図した。
出口を見ると、すでに黒い化身は倒されていた。
「さすが」
ナリムがそう言って全力で逃げた。
リーフもその後に続く。
「ソート、死なないでくれよ」
「こんなところでは死なん」
巨大な背中をこちらに向けて言い放つソートに安心し、リーフは駆け出した。
※
「じゃあ、ソートが帰ってくるまでサウザントオーブをいじらせてください」
「え、嫌だよ」
「いやいや、私も似たようなもの作りたいんですよ。なんたって私は天才ですから」
塔に帰ってくるなり詰め寄ってくるナリムに、リーフは顔を引き攣らせた。
全く、この少女の魔法への探究心は凄まじいものだ。
それに自信があるようにも見える。
「ナリム、君はどういう経緯でここに来たんだ」
思えば、ナリムがここに来た理由を聞いていなかった。
「六年前、アラスタ王の道具を盗んだからです」
「え」
まさかそこまで後先考えないとは思っていなかったので驚いた。
しかしよくよく考えてみればやりかねない。
「私は特に回復魔法が優れているので、現代の回復魔法の限界を知る実験として虚界に送られたんです。私が万が一虚界から帰って来れば、王国の魔法使い達に気合が入りますしね。虚界の調査も進めば尚のこと良い」
「無茶苦茶な…」
六年前といえば、ナリムはまだ7歳程度だっただろう。
そんな小さな少女にここまで酷い罰を与えるだろうか。
「まあ、私はここで好きな研究が出来ているので問題はないんですけ……ど」
笑顔でそう言うナリムの背後の扉が唐突に開かれ、2人は身構えた。
「あ!」
そこには、血だらけのソートが立っていた。
血だらけどころではない。胸部に巨大な穴が空いている。
致命傷と言ってもいいレベルの怪我だ。
おそらく上級魔法あたりをまともに喰らったのだろう。
「ソート、大丈夫なのか!」
「…少しまずいな」
壁にもたれかかるソートは、血を吐きながら笑いをこぼした。
直後…
「『コンティニュー』」
聞いたこともない魔法をナリムが呟くのと同時に、ソートの周りが眩い光に包まれた。
そして気づいた時には、何事もなかったかのような姿をしたソートがそこにいた。
「い、今のは…?」
「異能『恋人』の能力です。対象が生きてさえいればどんな傷でも治せる代わりに、一日1回しか使えない魔法『コンティニュー』が使え、『ヒール』と『リカバリー』を魔力消費なしで使うことができます」
「…ナリムって異能者だったんだ」
『死神』以外の異能を見たことがなかったリーフにとって、今の出来事は衝撃的だった。
世界に22個しかない能力…その力は確かなものだった。
「さて、ハデスの居場所も分かったんだ、リーフはどうする?」
「え?」
「見つけるのがお前の仕事だ。もし現実世界に帰りたいなら送ってやる」
そう言われて、リーフは黙り込んだ。
ハデスを見つけ、学校の皆の元に帰るのがリーフの目的だ。
しかしハデスの『滅剣』を見てしまった以上、あれを野放しにしてはいけないという正義感が湧いてしまう。
「僕は…ハデスを倒す」
「…そうか、ありがとう」
ソートは小さく微笑むと、やがて顔を引き締めた。
「ナリム、お前は先に現実世界に戻って報告してきてくれ。俺たちが後で向かい、作戦会議に参加する」
「了解、リーフはどうするんですか?」
「アネモスを渡す」
アネモス、その単語を聞いてナリムはあんぐりと口を開けた。
「あ、わかりました。なるほど」
やがて納得したように頷くと、蛇を従えて塔を出て行った。
「ソート、アネモスって…?」
聞いたことがない単語に首を傾げていると、ソートは言った。
「限りなく最強に近い魔器、コノハが作った魔剣だ」
※
城の地下にある大広間の中心に、それは突き刺さっていた。
眩い緑の魔力を放つ魔剣アネモスの刃は、まるでそこに嵐があるかのように思わせるほど、強大なエネルギーを放っている。
柄の部分は見たことがない金属でできていて、刃の魔力を抑え込んでいるように見える。
「剣を振るたびに風の上級魔法を放てる」
「…なんだって?」
「この剣を振ると同時に剣先から『暴風儀クアランド』を放てば、魔力消費と準備段階を無くせる」
平気な顔でそんなことを言うソートに驚き、リーフは思わず硬直してしまった。
風の上級魔法『暴風儀クアランド』は、その場に竜巻を起こすような強力な魔法だ。
そんな魔法が、魔力運搬さえできれば何度でも準備段階なしで、剣を振るたびに放てる。
そんな魔器があっていいのだろうか。
「…リーフ、なんでお前がサウザントオーブを持っていると思う?」
「…考えたこともなかった。異能みたいな感じで偶然僕に宿ったとか?」
「多分違う。何故なら、お前はあの子と瓜二つだからだ」
あの子、とはおそらくコノハのことだろう。
そんな彼女とリーフが瓜二つであるのなら、リーフはもしかしたら生まれ変わりなのかもしれない。
「俺たち被験者は、ただハデスに怯えるだけの生活をしていた。そんな中で、コノハだけが拳を上げたんだ。戦えない無力な者たちの戦意もサウザントオーブに込めて、皆でハデスに立ち向かった。勇敢だったよ」
「…でも、ハデスに捕まってしまった」
「ああ…コノハも、俺も、同胞もな…」
硬く拳を握りしめ、ソートはうめいた。
「双蛇の化身は、兄妹だったんだ。黒い方は妹思いで、最後までハデスに抵抗した。だがそれをハデスが面白がって、妹を感情がなくなるまで痛めつけたんだ。結果として、全く話せない白い蛇が出来上がってしまった」
「……酷い」
「ああ、到底許されるべきじゃない」
ソートはやがて拳を開き、リーフに握手を求めた。
「惚れた女が男に生まれ変わったなんてゾッとする話だが、お前のハデスを倒したいという思いは本物だ。最後までよろしく頼む」
「もちろん」




