第三話 笑う者
「いい朝だな、朝だってことも分かりはしないだろうが」
城の図書館の中で資料を読み漁っているリーフに、ソートが言った。
図書館は暗い上に、寂寞の虚界は外に出ても夜と朝の区別はつかない。今言ったのはそう言うことだろう。
「何を読んでる?まさかお前も魔法の研究に明け暮れるタイプなのか」
「いや、違うよ。確かに一時期は訳あって研究に明け暮れる日々を送っていたけど、今はハデスの手がかりになりそうなものを探しているだけだ」
今リーフが目の前に並べているのは、過去にハデスが書いたとされる人体構造の論文や、他の数多くの研究データだ。どうやら向こうの世界の王立図書館にある本がそのままここにあるらしい。
これらから、何かハデスの手がかりになりそうなものを探している。
「考えてわからないのか、俺は千年間ここにいるんだぞ。とっくに手がかりになりそうな本など読み漁った」
「でも、この図書館は千年間じゃとても読みきれないほど本が多い。君が全部読めるのか?」
「全部とは言ってない。手がかりになりそうな本を全て読み漁ったと言ったんだ。事実、そこに散らばっている本は全部読んだ」
「ふむ…」
確かにこれだけ本が多くとも、全てがハデス関連の本というわけではない。
ハデスの本を探して読むだけなら、千年あれば読み終わるだろう。
「かといって他に手がかりがあるわけでもないし…」
「念のため言っておくが、寂寞の虚界内でハデスがいそうな場所は全て調べた。残っているのは地下くらいだろう」
「でも地下掘ったら色々地形が崩れて、現実世界に影響があるかもしれないし…」
「確かに、虚界と現実世界のつながりはイマイチ分かっていないな。彼女に聞いてみよう」
「彼女…?」
ソート以外にも、この世界に人がいるのだろうか。
「ついでにお前も会っておくか?」
※
10m程度の塔に辿り着き、リーフは目を凝らした。
まさか虚界を研究している魔法使いの拠点が塔だとは思いもしなかったからだ。
「どうせ虚界を観察したりするなら、もっと高い塔を建てればよかったのに」
「その通りだな。この塔を建てた時まだ彼女は小さかったから、あまり長い階段だと困ったんだろう」
外の階段を登りながらそう言うと、ソートは塔の一番上の部屋の扉を叩いた。
「何ですかー?」
「ソートだ」
「あ、入っていいですよ」
返事を確認し、ソートは中に入っていった。
リーフもそれに続くと、突然目の前に怪物が現れた。
「…マタ新入リカ?」
「ーーーーー」
人間の言葉を使って話すその怪物は、黒くて目がない蛇の怪物だった。
鱗の類は見当たらず、全身が黒く燃えている。
そして言葉を話さないもう一体は、赤い目が三つついた白い蛇の怪物だ。
こちらも鱗はなく、白く燃えている。
そして部屋の中央の机で謎の道具をいじっているのは、黄緑色の髪を三つ編みにした少女だった。
見た目は13歳程度の小さな少女だ。
そして二匹の蛇の怪物は、その少女の背中から生えていた。
「その人は?」
「外からの客人リーフ・グラウィスだ。リーフ、この女はナリム・リーガンと言う」
「よろしくナリム」
「どーぞよろしく」
リーフの挨拶に適当に返すと、再び少女は道具をいじり始めた。
「早速なんだが、現実世界と虚界の繋がりについて、明らかになっていることを聞かせてくれ」
「了解、5秒待ってください」
ナリムはそう言うと、引き出しから分厚い羊皮紙の束を取り出した。
そして…
「現実世界とのつながりの一つ目は寂寞の虚界への扉です扉は謎の魔力によって絶対に壊れないため過去から現在までずっと存在し続けています二つ目は王立図書館です図書館の内部は何者かによって現実世界へと結び付けられています三つ目は神陸イグリダです神陸イグリダは覇王イグリダによる特殊な結界によって虚界の状況を把握できるようになっていますまたこちら側の神陸イグリダからでも向こうの世界の状況が把握できますこれらの三つ以外の場所では何をしても現実世界には影響は出ません以上です」
一言も噛まずに全て説明し終わったナリムに、リーフは唖然としていた。
ちなみに今の話の内容はほとんど頭に入っていない。
「…つまり?」
「つまりこちらで地下に穴を掘ろうが、向こうに影響は出ないってことだ」
「なるほど」
と言うことは、これから地下を掘って探す作業に出るのだろう。
魔法を使えば一瞬なのだろうか。
「地下を探すのにどれぐらいかかる?」
「一ヶ月あれば終わる」
「…長い」
リーフとしては、なるべく早く現実世界に帰りたい。
まだエイルスに学びたいことが山ほどあるのだ。
ようやく成長してきたマーカスとのチェスも、まだ決着がついていない。
「じゃあ、お前も個人的に探すといい。なるべく早く終わるなら俺も助かるからな」
「分かった、それじゃあまた」
「待ってくださーい」
ソートとリーフが別れを告げて塔を降りようとすると、ナリムが呼び止めた。
「私も行きます、リーフについて気になりますから」
「僕について?」
ナリムは魔法について研究している少女だ。
そんな少女が気になるような特徴がリーフにあるだろうか。
「はい、実は私の塔には簡易的に身体測定ができる機械が入り口についているんです。そこであなたのことを『サウザントオーブの使い手』と見破った訳です」
「…簡易的とは…?」
天才魔法使いコノハの技術の結晶を最も簡単に見破るとは、この少女の研究に対する執念は凄まじいものだった。
※
クアランド城の頂上にある研究室、そこで少年は大量の道具に囲まれて何か機械のようなものをいじっていた。その機械には王立図書館の構造と、寂寞の虚界へのゲートの設定をまとめたデータのようなものが入っている。
そして部屋の中央にある魔力的なモニターに映し出されているのは、人間の関係図だ。
ジンやリーフ、ディルセイやアゼルスなどの、それぞれの国で問題を解決してきた面々の関係図を見て、少年は爽やかに口元を歪めた。
その笑い方は限りなくヴァルタイユに近かった。
「君はワタシを脅威として見ているようだ、ハデス。だが君が真に脅威として見るべきは…」
リーフの姿を眺め、少年は言った。
「世界最強の戦士の誕生を祝おう、君へのレクイエムと共に」
アラスタ・グレモル・クアランド、ハデスが恐れる2人の中のうちの1人はすでに未来を見ているようだった。
《キャラクター紹介》
○ナリム・リーガン
寂寞の虚界に住む小さな少女。二匹の化身を従えている。
魔法に対する強い探究心を持っている。
○アラスタ・グレモル・クアランド
クアランドの国王を務める少年。
正体は謎に包まれている。




