第八話 最強の剣士
「おめでとう!晴れて剣技が出せたわね!」
「うるせぇ!全然晴れてねえよ!」
散々アゼルスに爆笑された後、皮肉たっぷりの称賛をいただいたジンは、拳を地面に叩きつけた。
ああなるのは当たり前だったかもしれない。かなり無理やり剣技を出したのだ、当然だろう。
イリアはまだ肘へ魔力を運ぶ訓練をしていて、こちらを見ている余裕はなさそうだった。
「はあ、弱い剣型ならこんな作業しなくても感覚で剣技を出せてしまうのに、何でよりによってあなた達はこんなに手がかかる剣型なの?」
「剣聖の才能ってやつ?」
「そういうことは私に勝ってから言いなさい」
ぴしゃりと言い捨てられ、アゼルスはイリアの方へ行ってしまった。
とにかく剣技は出せた。あとはこの作業をより繊細に行なって行けば、アゼルスと同等の剣技が放てる。
彼女はこの網目から外れることなく魔力を運び、最高濃度で魔力を放出したのだろう。
あとはただの作業のように思えるが、実際は甘くない。
今のジンでは、少しでも集中を途切らせてしまうと簡単に魔力が道を外れるため、これからが本番といっても良いだろう。
ジンが気合を入れてまた特訓を始めようとすると。
「それじゃあ今日はこのくらいにしておきましょう」
アゼルスが唐突に終了の合図をかけた。
「は?まだこれからなのに」
「ごめんねジン君、私の魔力が切れてきちゃったの」
「魔力が切れてきた…ってまじか、俺はまだ全然有り余ってるぞ」
ジンが現在の体の状況を伝えると、イリアはびっくりしたような顔、アゼルスは訝しむような顔をした。
「この練習時間で魔力が有り余ってるなんてことは有り得ないわ、強がりはやめたほうがいいわよ」
「強がりじゃねえって!ほんとに余ってるんだよ!」
ため息混じりの言葉に、ジンは慌てて言った。
むしろ、魔力が尽きるなんて状況は想像したこともない。
「とにかく今日は終わり。ジンに関してはもう私の指南は必要ないんだから、あとは自分で頑張りなさい」
「わあったよ、俺はもうちょっと練習していくからな」
「じゃ、私も残るね」
ジンが頭をかいて放った言葉に、イリアも賛同した。
魔力は尽きても、ジンの練習を見ることに意味はありそうだと考えたのだろう。
アゼルスはジンを一瞥すると、そのまま建物の中に入っていった。
「さて、もうひと頑張りだな」
※
アゼルスが建物に入ってからさらに二時間が経ち、夜空に浮かぶ満月を見上げながら、ジンとイリアは草原に腰掛けていた。
この二時間の練習で、ジンはある程度の魔力を運搬することに成功していて、もう少しで『屁のような剣技』を卒業できそうというところだ。
「…良かったねジン君」
ぽつりとイリアが呟いた。
彼女はまだ剣技を出せていない。落ち込んでいるのだろうか。
「まあ、お前もすぐ出せるようになるさ。元気出せよ」
「…違うの、別に自分の実力を責めてるんじゃない」
あまり元気がなさそうなイリアの声に、ジンは驚いて彼女の顔を見た。
何故か、彼女は泣いていた。
「なっ、おい!どうした!だ、大丈夫か!?」
「えっ!?あれ、何で私…」
彼女は急いで笑顔を取り繕うと、涙をゴシゴシ拭いて言った。
「ジン君の努力が実って、嬉し泣きしちゃった」
「…はあ……?」
予想していなかった言葉が飛び出し、ジンは困惑する。
確かにジンは剣技が出せて嬉しかった。でもイリアが泣くほどのことではないはずだ。
「お、お前別に俺の母ちゃんとかでもねえのに、何で嬉しいんだよ」
「だって!」
イリアはすっと立ち上がると、拳を握りしめて真っ直ぐジンを見た。
「ジン君は凄いのに、今まで凄く辛い思いして頑張って、やっと今日それが実ったんだよ!ずっと幼い頃から一緒に練習してきて、嬉しくないわけがないよ!」
「……」
なるほど、イリアの気持ちはよく分かった。
母親というわけではなくても、イリアはジンとずっと一緒にいたのだ。彼女のように優しい性格であれば、喜ぶのも不思議ではない。
ただ——
「何でお前は俺に、凄いなんて言うんだよ」
——これだけが、ジンが抱く疑問だった。
ジンが結果を出せたのは今回の剣技の件が初めてだ。
何故イリアの中のジンは、そこまで凄い人間なのだろうか。
「ジン君は凄いよ」
イリアは先ほどから、全く視線を逸らさない。
これは、彼女の本心をそのまま言っているからだ。
「いつも他の人の何倍も努力して、結果が出なくて折れそうになった時も、絶対に諦めないもん」
「…そんなありきたりな理由じゃあ『凄い』ことにはな——」
「——なるよ」
ジンが頭をぽりぽりとかきながら言った言葉に、イリアは言葉を重ねた。
そんなイリアの鉄の意思にジンは一瞬硬直したが、やがて呆れたような顔をして、
「分かった、お前が俺のことを凄いと思ってくれてるってことは理解したよ」
まだ自分を凄いとは思っていないけど、イリアがそう思ってくれているのなら。
自分はもっと強くなって、『凄い』やつにならなければならない。
※
「彼…少し自分に厳しすぎないかしら」
アゼルスは風呂から上がり、寝巻き姿で談話室のソファに腰掛けていた。
アゼルスが今呟いたのは、他でもないジンのことだ。
ジンは周囲の環境が高レベルなため劣等感を抱え込み、必要以上に自分を追い詰めてしまっている。
あのままだと、彼はそのうち大きな失敗をするに違いない。
「アドバイスをもらって三時間で黒炎の剣技が出せるなんて、かなり良い方なんだけど…」
先の特訓、自分を「剣聖の才能ってやつ?」だなどと言って自賛していたが、彼の表情から納得したような意思はなかった。
おそらくあの発言は、剣聖の息子なんだということを自分に戒めるために放ったのだろう。
「でもきっと大丈夫…」
なぜなら、イリアがいるから。
彼女がジンのことを褒め称えることで、ジンの劣等感は和らぐ。そしてジンはその期待に応えようと、努力をする。
それも、イリアが危険だと判断したら止めてくれる。
そしてイリア自身も、ジンに憧れて努力をする。
あの二人は、互いに自分を高め合えるように出来上がっていたのだ。
「……なんか私だけ仲間外れみたいで少し惨めになるわね」
自分にもイリアみたいに慰めてくれる人がいればいいのだが。
アゼルスは思わずジンに嫉妬してしまった。
※
「アゼルスはね、騎士団長になるのが夢なんだって」
イリアは嬉しそうに話した。
「村に妹がいたらしいんだけど、その子があまり才能がなくて、アゼルスが代わりに頑張るってことで王都に来たの。それで騎士団長になって、白竜族にもっと安全な暮らしをしてもらいたいんだって」
「安全な暮らし?白竜族って危険なところに住んでるのか?」
「うん、なんか村に守らなきゃならない聖域みたいなのがあって、王都に引っ越したくないみたい。でも村は危険な状態だから、騎士団長になれば待遇も良くなるんじゃないかって」
「そうだったのか、あいつ大変なんだな」
あんなに堂々としているのだから、彼女は村長の娘とかだろう。
幼い頃から騎士団長を目指して鍛錬するなど、少女が普通はするものではない。
きっと自分の家系と才能に誇りを持っていたからこその実力なのだ。
立派なものである。
「ジン君は将来何目指してるの?」
「俺?」
「うん、そういえばまだ一度も聞いてなかったから。やっぱり剣聖とか?」
そういえば、ジンは将来の職については考えていなかった。
エルドが剣聖となるのはもう確定だし、職につくのは意識したことがない。
ただ、
「俺は、守りたいものを何でも守れるくらい強くなりたい。それだけを胸に頑張ってきた」
「守りたいもの?」
「ああ、強けりゃ大切な人を守れる。それが出来るんなら、俺はどんな職だっていい」
ジンは迷うことなく答えた。
守れる人こそが、最強の剣士なのだ。
剣は武力だが、その本質は人を守るためにある。だからこそジンは、剣に惹かれたのだ。
「じゃあジン君」
「なんだ?」
「…私もその、『大切な人』の中に入ってるのかな…?」
イリアは顔を、彼女の髪みたいに真っ赤にして言った。
その言葉の意味を理解した瞬間、ジンも顔を真っ赤にした。
それは少し、意味が違うと思うのだが。
「…当たり前だろ」
それでも、ぽつりと答えてしまうジンであった。




