幕間 振り出し
「トアペトラを敵にした…か。私が世界を支配すれば、トアペトラは私の傘下に入るというのに」
含み笑いをしながら、アルダレオは手に力を込めた。
その力は間違いなく『偽炎』、彼も偽りの剣型を自らの身に宿していたのだ。
「『地獄炎』———ッッッ!!!」
手に宿した業火を床に放ち、アルダレオは叫んだ。
床に放たれた炎はあっという間に広がり、ディルセイ達は完全に炎に囲まれてしまった。
もうアルダレオの姿も見えない。
だがそれすらもルフには通用しない。彼は味方の周りの炎を操っていた。
「やったな、お前さんの能力があれば怖くないぜ」
「いや、見るんだ」
呑気な声をあげるディルセイに、ルフは鋭い目つきでアルダレオを睨みながら言った。
「僕は、炎を消す能力を有していない。ライターで作った炎はライターを消せば消えるが、父さんの炎は出続けている」
「…つまりあれってことか、一酸化炭素やべえってことか」
これもアルダレオの戦略だったのだろうか。
この部屋は何でできているのか分からないが、炎は燃え移っていない。
だからルフに永久に炎を提供し続けても、実験データに影響は出ないということだ。
「早いとこ仕留める必要があるな」
そういうと、ディルセイは研究室を見渡した。
狙撃が行えそうな場所を探しているのだ。
しかしどこにも見当たらなかった。
「俺の特技も把握済みかよ」
「大人しく死ぬが良い」
歯軋りするディルセイに、アルダレオは床に散らばる炎をけしかけた。
この男の能力は、おそらく部屋を炎で包み、その炎の部屋自体を操る能力なのだろう。
「ディルセイ!」
ローダの拳が、アルダレオの炎をかき消した。
彼の高威力の打撃なら、どうやら炎を消せるようだ。
「親父ィ!ぶっ殺す!」
部屋中に溢れた炎の海を全て殴りながら、ローダはアルダレオに近づいていった。
だが———
「ルフ、お前はこの畝る炎をこう呼ぶのだったな?『ジャッジメントフレア』」
——ローダの体は、炎に掴まれてしまっていた。
「あっぢィィィィ!!」
涙目で悶絶するローダは、もう身動きが取れないようだ。
いつもルフが極悪人を捕まえるときのように縛り付けられている。
「『古代龍』」
直後、鋭利な岩石がアルダレオに向かって突進した。
グレイの剣技、土の龍を召喚する術だ。
しかしアルダレオはそれを交わし、龍はジュリアのガラス管に突進してしまった。
「ば、馬鹿!」
「すまん…」
謝罪するグレイを無視し、ルフが慌ててジュリアの元へ向かった。
その途中黒い液体を踏むと、何か痛覚を感じたのか慌てて水溜りから離れた。
「…痛ぅ…ッ、気をつけてくれ!黒い水を踏むと激痛が襲ってくる!」
「あの野郎…ジュリアをなんてもんに入れてやがる…!」
湧き上がる憤怒を抑えながら、ディルセイはあっと声を漏らした。
アルダレオの炎がルフに襲いかかったからだ。
「愚か者どもめ…目を覚ましたらジュリアは激痛に襲われるぞ」
炎を交わしながら、ルフは信じられないと言ったような表情をした。
「父さんが言うのか」
「そんなつまらんことで精神が崩壊されてはたまらんのでな」
相変わらずブレないアルダレオに、ルフは歯軋りした。
本当に人を道具としてしか見ていないらしい。
だが、同時にルフは口元を歪めた。
勝機が来たからだ。
「ッ!」
危機を感じ、アルダレオは横に飛んだ。
背後から飛んできたのは、セルヴィアのレーザービームだ。
炎の中に身をひそめ、チャンスを窺っていたのだ。
「馬鹿め、せっかくのチャンスを無駄にするとはな」
「優秀な私が失敗などするはずがあるまい」
満足げな笑みを浮かべるアルダレオに、セルヴィアはどこまでも冷静だ。
「この戦いは簡単だった。もうクリアしたも同然だ」
「何…」
笑みを浮かべるセルヴィアに危険なものを感じ取り、アルダレオは慌てて飛び下がった。
だがもう遅い。
アルダレオは先ほどまで、部屋の中全員の状況を把握しつつ戦っていた。
だが今はセルヴィアに対して真っ向から勝負を仕掛けた。
この時点で、もうこちらの勝ちは確定していたのだ。
ディルセイは絶対に、狙撃を外すことはない。
「『黒雷の弾丸』」
そう呟くのと同時に、電磁狙撃銃から黒い雷が放出された。
あらゆるものを貫き、必ず標的を撃ち抜くディルセイの必殺技だ。
ぐちゃっという音をたて、アルダレオの頭部は弾け飛んだ。
アルダレオの命は、間違いなく潰えただろう。
「問題はジュリアの回収だな」
喜びを分かち合う暇もなく、ディルセイはジュリアがいた黒い水溜りを見た。
そして驚愕した。
ジュリアの姿は消えていたからだ。
※
「ようこそ、ここが君の部屋だ」
穏やかな嗤いを浮かべて、ヴァルタイユは少し大きめの部屋に案内した。
その嗤い方に違和感を覚えつつ、ジュリアは中に入っていった。
「いい部屋じゃねえか、あたしにぴったりな感じがする。…何もないけど」
「僕の異能を使って、君が何も文句を言わなそうな部屋を作ってみたんだ」
その言葉に、ジュリアは苦笑した。
ヴァルタイユの異能はかなり強力で、それゆえに幹部にしか知らされていない。
特別に二年前からジュリアは教えてもらっていたが、ヴァルタイユの能力を考えればいつ教えようが構わないのだろう。
「まあ、私はゆっくりさせてもらうけど…他の幹部と仲良くしても良いんだよな?」
「ああ、誰とでも好きにしてくれ」
彼が問題ないと判断すれば、それは絶対なのだろう。
相変わらず便利すぎる異能に呆れながらも、ジュリアは他の幹部に挨拶をしに行くことにした。
「今は幹部3人が全員中庭に集まっているはずだ」
「どうも」
ヴァルタイユに教えてもらい、廊下の窓から中庭を覗いてみると、確かに3人いる。
1人は赤髪の青年リオ、前からヴァルタイユに聞いている情報によると、彼はヴァルタイユに次いで強いらしい。
異能士団でも、彼と互角に戦えるものは3人しかいないという。
ちなみに本気を出したリオにはエルドしか勝てないらしい。
2人目は銀髪の少年、数ヶ月前にここへきた『死神』ディオン・エイリミだ。
ヴァルタイユから教わった『死神』の能力を着々と使いこなし、今では幾つもの死者を操れるらしい。
3人目は白髪の少女、氷の魔法に長けているということしか聞いていない。
「ま、知らないことはだんだん知ってけばいいんだ」
ディルセイと会った時もそんな感じだった。
そんなことを考えて、ジュリアは心を痛めた。
「ごめんみんな…私は…」
硬く拳を握りしめ、ジュリアはつぶやいた。
「お前らのために世界を滅ぼす」
※
ジュリアが失踪してから数日が経ち、ディルセイの仕事のモチベーションは急激に下がっていた。
二年間彼女のために費やしたのに、また振り出しに戻ってしまったからだ。
「旅に出るのは、俺とルフで良いんだよな」
「ああ、戦闘部は俺に任せとけ!」
「万が一のこともあるから、ローダには脱獄犯だけ任せることになる」
胸を張って答えるローダに心配そうな視線を向けながらも、グレイはディルセイたちの方に向き直った。
「何度も言うが、ジュリアは多分変なことに足を突っ込んでいる。セルヴィアたちが言うには、誰かと密会していたらしい。大丈夫なんだろうな」
「ありがとう、心配してくれて。僕は良い仕事仲間を持った。死なないと約束するよ」
「そうか」
微笑むルフに、グレイは安心したように頷いた。
何年も一緒に仕事をしてきたのだ。心配して当然だろう。
3人が別れを惜しんでいると…
「戦闘部はここか?」
強引に扉が開かれ、黒いマントの男が入ってきた。
「『審判』のルフの噂を聞きつけて、異能士団の勧誘に来た。最強の狙撃手の勧誘も兼ねてな」
「君は…」
予想だにしなかった人物の登場に、ルフは目を丸くした。
剣聖エルド、その男本人が姿を現したのだ。
「異能士団とは何かな?」
「詳しいことは後で説明するが、簡単に言うと世界を救うボランティアだ」
その言葉に、ルフは何か感づいたようだ。
世界を救う、それがもし今活発に行動しているのだとすれば、ジュリアが関わっている可能性がある。
何かしらのヒントが必要な状態で、その申し出はありがたかった。
「…ッ」
剣聖と聞いて、不意にディルセイは思い出した。
『黒炎』のことを。
「なあ…ジンは元気でやってるか…?兄貴さんよ」
「ジンの知り合いか。異能士団にいるぞ」
やはり、あの少年は入っていた。
『みんなを守る最強の剣士』を目指しているのならば、入るのは当然だったかもしれない。
「どうやってあいつに『黒炎』のことを伝えりゃ良いんだよ…」
一生懸命剣技を出す練習をするたびに、自らの手で死定者を増やしていた。
そんな彼に『黒炎』の正体を明かすのは、なんと残酷なことだろうか。
第五章終了しました。
第六章も引き続き見ていただけると幸いです。
《キャラクター紹介》
○ジュリア・ウィアン・マンセル
組織の幹部で、剣型の魔力を武器を通さずに放つことができる。
剣型は『偽炎』(主属性:禁、副属性:炎)




