異能記『審判』
トアペトラの中央区にあるただ一つの学校で、同じクラスのディルセイ、ルフ、セルヴィアが背筋をただして授業を受けていた。
進んで挙手をし、ハキハキと答えるディルセイやルフとは違い、セルヴィアはどこまでも教師に厳しい。
「先生、先程のその古代語の発音、少し違うのではありませんか?」
「げっ…」
セルヴィアの指摘が入ると、どの教師も顔を顰める。
その指摘が細かすぎるのもあるが、恐ろしく的確なのだ。
それでいてセルヴィアは成績も優秀だ。教師を見下すような態度さえなければだが。
とにかくこれらの理由が重なって、セルヴィアはある意味での問題児として有名である。
「お前絶対ボロが出たら教師にボコボコにされんぞ」
「大丈夫だよ、優秀な私はボロを出したりなどしない」
放課後、すました顔でそう言ってのけるセルヴィアにディルセイは苦笑するしかない。
なんせこの男、学校では成績優秀だが、決まった時間に家に帰らなければならないという規則を破っているのだ。
教師にバレればかなり痛い処罰が下るだろう。
「おーい!行こうぜー!」
駐輪場で手を振り叫ぶジュリアの傍には、腕を組んでローダが待っている。
また今日もいつもの場所へ行くのだ。
※
ローダとジュリアはバイクで登下校をしている。
自転車を途中でディルセイの家に置いて、そこからディルセイもようやくバイクに乗り換えるのだ。
そして5人は外区に向かう。
家に帰りたくないマンセル兄弟に、ディルセイは付き添いで行くのだ。
外区はあまり治安が良くない。
そのせいか、田舎の不良が大量に湧いているのだ。
「金出せやあ」などと言って突っかかってくる者もいる。
なんせこちらにはルフとセルヴィアという俗に言うシャバい2人がいるのだから。
そして当然のように、ディルセイとローダが殴って終わる。特にローダはケンカが強いのだ。
「お、空いてる空いてる」
普段は不良たちが屯っていて使えない自販機の前が今日は空いていた。
この場所が一番時間潰しにちょうどいい。
「思ったんだけどさ、不良ども蹴散らせば毎日ここ使えるくね?」
「兄さんは頭が弱いね、そんなことをしたら有名になってしまうだろう」
眉を顰めるローダに、ルフは呆れたように返した。
この地域で有名になってしまえば、当然自分の実力に自信がある不良がよってくるだろう。
あとは順調にことが進んで、学校にバレてアウトだ。
「でもカツアゲぶっ飛ばしてんだから、あいつら私らの事探し始めててもおかしくはないぜ」
「強いのはローダなんだし、こいつ1人だけ突き出しときゃ問題ねえべ。別にもう2年留年してんだから、ぶっちゃけまた増えても気にしねえだろ?」
「そ、そりゃねえって…」
眉を八の字に曲げて情けない声をあげるローダに、4人は笑い声を上げた。
そうして、5人の幸せな時間が始まる。
くだらないことで談笑したり、時にはテスト勉強をしたり。
ゲームをしたり、噂話をしたり、夜食を食べたり、恋バナをしたり。
そんな時間が、毎日の楽しみであった。
※
「ディルセイ」
ゲーセンで無双しているディルセイの前に、ジュリアが唐突に現れた。
「お、ちょうど今やめようと思ってたところだ。どっか食い行くか?」
「それじゃあいつもの喫茶店にしようぜ。…少し話がある」
どことなく元気が少ないジュリアに不安を覚えながらも、ディルセイは同意した。
あそこの喫茶店はどのメニューも美味しいので、いかない理由はない。
「私が奢ろうか、ルフいねえし」
「はは、ありがとな」
奢られると遠慮しないルフの性格に苦笑しながら、ディルセイは席についた。
しばらく考え込むようにしているジュリアを、ディルセイはただ待っていた。
切り出しづらい内容なのかもしれない。
「先に言っておくが、俺はお前のことを1人の女性として見てたりはしねえぞ」
「き、急に何言い出すんだよ!私がそんな理由で呼び出したわけねえだろ!」
顔を真っ赤にして憤慨するジュリアを宥めながら、ディルセイはメニューを開いた。
切り出しづらいのならば、先に何か頼んでおこうと思ったのだ。
「ディルセイ、はっきり言うと…私たち多分卒業後にはお前と会えねえと思うんだ」
「……」
ふと、メニューを眺めるディルセイの視線が止まった。
「…なんでだ」
「ちょっと訳があってな、私たち卒業後は忙しくなると思う」
残念そうに俯くジュリアを、ディルセイは疑いの目で見た。
何か隠し事があるのだろうか。
高校卒業はあと一ヶ月後。
セルヴィアは大学に行くと言っていたが、姉弟全員が忙しくなるとはどう言うことだろう。
「厄介ごとがあるんなら聞くぞ」
「ありがとな、でもこればっかりはお前を巻き込むわけにはいかねえ」
「……」
これはディルセイの身を案じてのことなのだろう。
おそらく他の兄弟3人も同じことを言うはずだ。
それが気に食わない。
ディルセイは今まで、マンセル家の姉弟と何年も過ごしてきた。
それこそ、小学生からずっとだ。
だからもう彼らの輪の中に入れたと思ったのに。
「なんでお前らは…肝心な時に俺を当てにしねえんだよ」
拳を握りしめるディルセイを、ジュリアは悲しげに見つめていた。
何も言わなくなってしまったジュリアにディルセイは歯軋りし、やがて立ち上がった。
「じゃあな」
※
なんであの時、ディルセイに助けを求めなかったのだろうか。
そうすれば、ジュリアは悲惨な目に遭わずに済むのに。
「つきましたよ、ディルセイさん」
タクシーの運転手にそう言われ、ディルセイは嘆息した。
いつまでもあの日のことを引きずっているわけにはいかない。
早急にウエラルドで得た情報をルフ達に伝えなければ。
「アルダレオ・ウィアン・マンセル、待っていやがれ」
憎き男の名を呟き、ディルセイは戦闘部の本部へ入っていった。




