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鈍色の封剣士  作者: 沙菩天介
第一章 黒炎の剣技
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第七話 アゼルスの指南

 誰もいなくなったベッドを見て、ジンは物思いに耽っていた。

 先日まで一緒だった仲間が不意に姿を消すと、何とも言えない気分になる。

 しかもその理由が、『レクトがサイコパスだった』なんてものだったので、にわかには信じられなかった。


 ザパースは皆に言う時、「こういうサイコパスもいるから気をつけろ」の一言だけで済ませてしまったが、もしかしたらレクトにも理由があったのかもしれない。


「はあー、何でここ来てまだ一ヶ月も経ってねえのにこんな思いしなきゃならねんだよ…」


 もう何度目になるかも分からないため息を吐き、ジンはベッドに転がり込んだ。

 今日はアゼルスとの特訓だというのに、こんな調子で大丈夫だろうか。


「滅多に無いチャンスだし、調子整えとかねえと」


 パンっと頬を思い切り叩き、ジンは気合を入れ直す。

 そして頬の痛みに悶えることとなった。



 朝食の席はジン、エリック、マルクの3人になってしまった。

 食器の音がただカチャカチャと鳴っているだけだったので、ジンは居心地が悪くなった。


「エリック、傷はもう大丈夫なのか?」


「ああ、レクトがつけた傷が思ったより浅かったからな。まるで害を加えたという事実だけが欲しかったように」


 害を加えたという事実が欲しい、とは奇妙な事を言い出したものだ。

 そんな事実は、退所する以外の何の役にも立たない。


「何でそんな事実が欲しいんだ?」


「そんなの俺に聞かれても分からないさ」


 エリックが首を横に振ると、マルクが信じられないと言った素振りでため息をついた。


「そんなの、彼が違和感のないように退所したかったからに決まっているだろう?」


「…ん?つまりどういうことだ」


「所長に自主退所をさせてもらうとすれば、レクトは何かしら訓練生に心配をかけることになる。しかしサイコパスを演じれば、ただ危険人物が罰則で退所しただけと言うことになる。彼はおそらく、君たちに心配をかけないようにこの場を去りたかったんだ。まあ、だいぶ分かりやすい小細工だったがね」


 それだけ言うと、マルクは再び食事を再開した。

 分かりやすいと言っても、サイコパス説もだいぶ可能性が高い。よくもまあそこまで自分の説に自信が持てたものだ。


 だがもし彼の説が本当だとすれば、レクトは一体何を理由に退所したのだろう。


「まあレクトのことを考えている暇はない。剣交祭までもう1週間程度しかないからな。俺たちもより訓練に力を入れていかないといけない」


「それもそうか、俺もさっさと剣技出せるようにしねえと」


 今日のイリアとアゼルスとの特訓で、剣技が繰り出せれば良いのだが、そううまく行くだろうか。



 ※



 午後の6時半、ジンは訓練所の正門を訪れた。

 二人はもうすでに集まっていて、イリアは歩いて来るジンに手を振っている。

 ジンも手をあげて挨拶をすると、二人の元へ駆けた。


「よく来たわ、早速訓練を始めましょう。それじゃああそこのスペースまでついてきて」


 アゼルスは腕組みをしてそう言うと、庭の平らなスペースへ行くよう促した。



 この日は月が綺麗な円形で、ジンはその光景に目を奪われた。

 月明かりに照らされた青白く美しい草原はどこまでも続き、木々のさざめきは何故か耳に心地よい。


 アゼルスは髪を靡かせて言った。


「そうね、それじゃあ二人は戦意の操作を始めて」


「おう」

「はい!」


 そう言うと、ジンとイリアは戦意を集中させた。

 心なしか、赤いオーラが出ているような気がする。


 イリアの構えは前傾姿勢で、両手で剣を持って下に下げている、いつでも走り出せるような形だ。

 彼女は足が速い。そして剣型も『純光』なので、剣技が出せるようになった時の為の構えなのだろう。

 光属性の特徴『超高速』を活かすために。


「その構えのまま、私の剣技を見て。そして魔力の流れを肌で感じて」


「え?今ここで剣技を出すの?」


「あなた達に向けてじゃなく、ただ繰り出すだけよ。戦意は使わないからきっと見えるはず」


 そういうとアゼルスはこちらに背を向け、構えを取った。

 ジン達に戦意を集中させるよう言ったのは、アゼルスの動きをスローで見るためだろう。


 彼女は再び繰り出すつもりだ、あの漆黒の剣技を。


「いくわよ」


 アゼルスは一呼吸おき——放った。


「『神氷刃イエロ・ラル』ッッッ!!!」


 かつてジンの目には一瞬の内しかうつらなかった必殺の剣技は、今ではしっかりと見て取れる。

 まず最初に黒く鋭利な氷塊が、二方向から前に出て包むように攻撃、その後一本の黒い剣のようなものが前方へ真っ直ぐに突き出した。

 相手のガードを崩し、狙ったものを確実に仕留められるように出来ている。おそらく前のアゼルスとの決闘でジンはガードを崩されてから、ジンの剣に向けて放たれた剣技の衝撃で、武器を手放してしまったのだろう。


 そして何より、繰り出された剣技から感じる魔力、これが強烈にジンの肌を叩いた。

 やはり彼女の剣技だけ、ほかの生徒とは比べ物にならなかったのだ。

 もはや高密度の魔力が湧いている魔窟ででも育ったのではないかと疑いたくなる。


 アゼルスは剣を納めてこちらを見た。


「剣技が出る時の魔力の流れは分かったかしら」


「少しだけ…なら」


 イリアは自信なさげに答えた。

 ジンも分かった部分はまさに『少しだけ』だった。

 彼女が剣技を繰り出す一瞬、体内に流れる魔力が網状になって腕へ集まり、剣先から放出されるのを感じた。


 しかし理解できたのはそこまでだ。

 網がどれくらい繊細なものかは感じることができなかった。


「おそらく今あなたたちは、複雑な網目を感じた。剣技は身体中の魔力を腕に魔力を満遍なく漲らせ、放出するの。この網目は強力な剣型であればあるほど複雑で、剣技習得までに時間がかかるのよ」


「そ、それじゃあ俺たちが剣技を出せなかった理由って…」


「『黒炎』と『純光』だからよ」


 なんてことだ、そんなことなど家の本には書いていなかった。

 その知識がもう基礎中の基礎だと言うのか。


(そりゃそうか…訓練所生活一年目で学べちまう内容だもんな…)


 まだまだ自分の未熟さを思い知らされる。

 アゼルスは髪をかきあげると、自分の二の腕をとんとんと小突いた。


「まずはこの二の腕の部分に集中して、魔力を肘まで運ぶことに専念した練習をするわよ」


 こうして、魔力を運ぶ訓練が始まった。



 ※



 三時間の練習を経て、ジンは肘までかなりの濃度の魔力を運ぶことに成功した。


「その魔力量が安定して肘まで持っていければ、かろうじて剣技が繰り出せるわ。ジンはそろそろ放出の訓練を始めても良いでしょう」


 アゼルスは満足げに頷くと、次のステップへの移行を促した。


 ジン自身もかなり満足していた。

 肘まで運んだ魔力は一瞬でまた身体中に還元されてしまうが、運ばれてきた魔力の量は感じて取れる。


「同じ感覚で、網目を探していけば良いんだな?」


「そうよ、今はただ魔力が運びやすい通路を探して、剣先にたどり着くことだけを考えて」


 アゼルスの言葉に頷き、ジンはまた網目を探す作業へ入る。


 網目は本当に複雑で、5分ほどかけて1cm進めるか進めないか程度のものだった。

 それもジンの感覚と運が良かっただけで、イリアはまだ肘まで少しの魔力しか持って行けていない。


(こんだけの作業を幼少期にこなすって、アゼルスはバケモンかよ)


 だめだ、作業に集中しなければ。アゼルスが強いのなら、自分がもっと強くなれば良いだけの話。


 この数時間の作業で、網目を探す作業に慣れてきた。

 多少荒くはあるが、なによりも魔力を運ぶことだけに集中した。


 しかしそろそろ脳が疲れてきた。流石に戦意操作と魔力の運搬を同時に行うのは体に来る。

 これは早めに終わらせなければ。


 ジンは一呼吸おくと、戦意を全力で解放して、脳の処理と魔力の循環を極限まで向上させた。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 網目を切り開く、限界まで力を使って。

 さっきまでは体内で立ち止まっていた魔力が、強引に腕を突き進んでいく。

 やはり感覚だろうか、それとも運か、魔力が進む速度は先程とは比べ物にならない。

 そしてついに剣までたどり着き——


 ポウ


 ——とマヌケな音を立てて、驚くほど小さな黒い炎が剣先から飛び出した。

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